124.夢を叶えて魂(たま)送り
一応、今回で書きたい事は概ね書けたかな、とは思います。
地下室の魔法陣に囚われた風の精霊、シルフィを救い出すため、彼女と契約を結ぶ事をレイスに頼まれた私達。
その申し出を受諾する事を伝えた後、私達は早速契約の準備を始めていた。
ちなみに、誰が契約するかについては、全く、ちっとも、揉めなかった。
「私は剣の道に生きるからね。精霊の力を借りるつもりは余りないさ」
「そら、魔法に関する事ならアニさんやろ」
「反対はしませんが、わたし自身は関わりたくないです!」
と、私以外の全員の意見が一致していたのだ。
「まあ、そうなるよね……」
私自身も、まあ、まんざらじゃ無かったけどさ。私自身は使えない精霊魔法に興味があったし、召喚時に必要となる多大な魔力に関しては、無駄に溢れる魔力量で全く問題にならないし。
ともあれ、私は地下室の床に白墨で魔法陣を描いていた。
まずは正円を描き、契約の文言とそれを補助する幾つかの幾何学模様を描いていく。精霊と契約するのはもちろん初めてなんだけど、領主館の図書室で契約用の魔法陣や文言を紹介する魔術書を読んだことがあったんだよね。
その様子をじっと眺めていたレイスは、感嘆の声を上げると声を掛けてきた。
『若き魔術師よ、驚いたな。正しい魔法陣が描けている。君は誰にそれを教わったのだ?』
私は視線を動かさず、描く作業は続行しながらそれに対して回答する。
「師匠はいませんね。独学です、独学。まあ、リチャード・ロンさんの領主館でお世話になっているので、魔術書を読む機会は多かったですが」
『リチャード・ロンか! 会ったことはないが、魔術の造詣が深いと聞いている』
レイスは再び感嘆の声を上げると、少し考えた後にぽつりと呟いた。
『彼の縁者であれば、我の知識も徒に使われることはなかろうな』
その後は、レイスは黙って私の作業を見守っていた。シルフィはレイスが別れを選択した事を知ってか知らずか、穏やかな表情でレイスを見つめ続けている。
ちなみに、シャイラさん他の私達のパーティメンバーは、手持ちぶさたに私の作業を眺めていた。
「さあ、描き終えました」
必要な文言と図柄を描き終えた私は、ポンポンと手をはたいて手に着いた白墨の粉を散らした。
『うむ、完璧だ。――これだけの魔法陣を描けるのだ。詠唱の文言は問題無いな?』
「ええ、大丈夫ですよ」
魔法陣をチェックしたレイスは、その出来映えに納得したらしく、シルフィを私が描いた魔法陣の方に呼び寄せた。
ゆっくりと立ち上がった彼女は、元々の魔法陣のすぐ側に描かれた、私の魔法陣に移動する。
「それでは、始めますね」
私はシルフィの前に立ち、朗々と文言の詠唱を開始した。
「汝、大いなる自然より生まれし精霊よ。我が力を汝の物とし、汝の力を我が物とする契約をここに結ばん」
私の詠唱に応じて、白墨で描かれた魔法陣から光があふれ出した。
「契約の対価として、汝に名前、シルフィを与える。そして契約の証として、汝に我が血潮を汝に分け与えよう」
詠唱を続けながら、私は腰に佩いた短剣を抜いて左手の人差し指をちょいと刺した。ちくっとした痛みと共に、指から血がにじみ出し始める。
「これを以て我と汝、永久の契約を結ばん」
左手をシルフィの方に差し出すと、彼女はその指先に軽くキスをする。そして次の瞬間、彼女は一瞬輝きを増したかと思うと、光の細粒となって四散していった。
「ほえぇ、消えてしもたけど、これでええのんか?」
驚きの声を上げるクリス。他の皆も契約の光景を目を丸くして見守っていた。
「うん、これで契約は終わったよ。――シルフィ、出てきてくれる?」
そして私の声に応じて、先程の逆再生のように虚空から光の細粒が集まったかと思うと、そこに半透明の碧色に光る精霊、シルフィが現れ、私に向かって丁重に礼をしたのだった。
◇ ◇ ◇
魔法陣から出て、私の召喚に応じて出現している風の精霊シルフィ。その姿を眺めるレイスは、まるで肩の荷を降ろしたような柔和な雰囲気を醸し出していた。
『ありがとう、若き魔術師よ。これで心置きなく逝く事ができる』
私に握手しようと右手を差し出そうとするが、肘から先が無いままである事に気付いて苦笑する。
『そう言えば失われていたのだった。それ以前に、うっかり触れてしまう訳にも行かなかったな』
ぽりぽりと左手で頭を掻きながら、レイスは言葉を続ける。
『ついでに、もう一つ頼みがある。この館の書物等は、君が引き取ってくれるだろうか? 放置して盗賊共に奪われ、悪用されるのは避けねばならん。それであれば、君のような魔術を愛する人間に管理して欲しい』
レイスの申し出に、私は少し考えただけで快諾する。
「分かりました。リチャード・ロンの蔵書として、確実に保管させて頂きます」
『ありがとう』
頭を下げるレイスに、私は彼の今後について尋ねてみた。
「あなたはこれからどうするんです?」
『分からないな。願いが叶った今、自然に昇天できるのだろうか?』
レイスの生まれ方については読んだ事があるけど、執念が解消された後については知らないなぁ。
私は肩をすくめて首を振るしか無い。
と、そこに、おずおずと掛けられた声があった。
「あの……わたしがお送りしましょうか? まだ修行不足の身ではありますが」
『ふむ、確かに、神官殿に送って頂くのが正しいかも知れないな。この館を朽ちるのを独り見守るよりは、想い出を持って昇天した方が良さそうだ』
レイスは少し寂しげな笑みを浮かべたが、直ぐに首を振ってマリアに顔を向けたのだった。
『お願い、できるだろうか?』
「わかりました」
ただ、なぜかまだマリアは何やら逡巡している。
シルフィの方にもちらりと視線を向けたりしながらも、マリアはレイスに一つの提案を持ち出した。
「でも、まずは、玄関に行って貰えますか?」
『? 承知した。我は直接向かう事にする。君たちは済まないが上から回り込んで来て欲しい』
レイスも一瞬首を傾げたが、あっさりと承諾し、そのまま天井に消えていく。
「私たちも向かいましょう!」
と、マリアを先頭に、私たちは隠し階段を抜けて2階の書斎に出てから、玄関に向かっていったのだった。
◇ ◇ ◇
私達が玄関ホールに到着した時には、レイスは既に到着していて所在なげに立っていた。私達の姿を見ると左手を挙げて挨拶してくれている。
『さて、玄関には来てみたが、どうするのかね?』
「ここは太陽の光が差し込んでいますが、問題ありませんか?」
『まあ、少々日に灼ける感触はあるが、どこかの誰かさんに触れたときに比べたら、全く問題無いな。ところで――』
と、私の後ろをついて移動しているシルフィに目を向けた。
『先程からシルフィを召喚しっぱなしだが、魔力は問題ないのかね? これだけの時間を出しっ放しでは、並の魔術師なら昏倒しかねないほど消耗している筈だが』
私は自分の魔力残量に意識を向けてみた。制限も何もしていない状況だし、確かに減っている感覚はあるものの、まだまだ余裕がありそうだ。
「問題ないですね! 魔力量はちょっとした物なので」
『そ、そうなのか?』
常人をブッチした私の返答に、驚きの顔を見せるレイス。それに対して私は肩をすくめながら気楽な口調で考えを説明する。
「ま、他の人と少し違うのは自覚してますけどね、私は私ですし、あんまし気にしてませんよ」
『そうか。そうだな。それがいいのだろうな』
私自身が何者なのか、自分でもよく分からない。でも、今現在それを気にしてもどうしようもないからね。今は気にしないで生活するしかないと思う。私の考えを、レイスもそれを理解してくれたようで、それ以上のツッコミは避けられたようだった。
会話が途切れたタイミングで、マリアがレイスに向かって声を掛けてきた。
「レイスさん……いや、ニコラスさん」
そして、私の傍らに立つシルフィに視線を送りながら言葉を続ける。
「あなたは、このシルフィさんと共に旅する事が夢であったと伺いました」
『いかにも。最早叶えられぬ夢であるが』
肯いたマリアは、私の方に顔を向けた。
「アニーさん、レイスは日光の下でも、それほど苦痛は受けないんですよね?」
「らしい、ね」
私の返答を聞いたマリアは、再びレイスの方に顔を向ける。
「では、わたしからの提案です。夢を叶えると言うにはほど遠い、ささやかな機会ですが、シルフィさんと散歩、してみませんか?」
『散歩……かね?』
「ええ。シルフィさんはこれまでずっと、あの地下室で過ごしていたんですよね。この機会に、この辺りを少しお二人で回ってみるというのは如何でしょう?」
突然の提案に驚きの表情を見せていたレイスだったが、しばらく考えた後にマリアに頭を下げた。
『ありがとう。神官殿の提案に乗る事にしよう。――シルフィ、ついてきてくれないか?』
シルフィの手を取り、玄関口に向かうレイス。
目の前には玄関の扉がそびえ立っていたが、シャイラさんとクリスが両開きの扉を開け、二人に慇懃に礼をして送り出したのだった。
◇ ◇ ◇
私達は、玄関ホールに留まって外を散歩するレイスとシルフィを眺めていた。
彼らは初々しいカップルのように、手を繋いだような距離感で二人歩いてみたり、何かを指差して笑いながら話し合ったりしている。二人のちょっとしたデートを満喫できているようだ。
その様子を見ていた私は、マリアの意図に気付いて話しかけてみた。
「たいしたものね」
「急にどうしたんです、アニーさん?」
「日光の下では、苦痛はないものの、レイスの抵抗力にかなりのマイナス効果を与えられるわ。そして、シルフィへの想いでレイスになった彼の望みを、少しでも叶える事。それはこの世への執着心を減らし、"死霊退散"の成功率を倍増させる。それが目的ね?」
どちらかと言えば戦士寄りのマリアは、神聖魔法の熟練度はそれほど高くない。高レベルのレイスに対する"死霊退散"の成功率は低い方だろう。
でも、こうやって環境を整えてやれば。その成功率もかなり高くなる筈。流石は神官、よく考えてるね。――って思ってたんだけど。
「いや……えーっと、今までずっと暗いところで、最後も地下室で、なんて言うのも可哀想かなって、思ったからですよ?」
「あ……そうなの」
笑みを浮かべながらマリアが答えた、思ったより単純な理由に、私は苦笑するばかり。
「マリやんはそんな細かい事は考えたりせえへんやろ」
「何も考えてないみたいに、言わないでくださいっ」
「直感のままに正しい行動を行うのが、マリアくんらしさでもあるから、それでいいんじゃないかな」
クリスとシャイラさんにいじられて口を尖らせているマリアだったが、照れ隠しに扉の外に目を向ける。
「あ、戻ってきましたよ!」
マリアが指差した先を見ると、散歩に出ていたレイスとシルフィは、二人で手を繋いだ様子で玄関先まで帰って来ていた。
なんて言うか、二人の間には、長年連れ添った夫婦のような和やかな空気が流れている。
『まさか再び日の光の下でシルフィと歩く事ができるとは思わなかったよ。君たちには本当に感謝する』
「もう、充分ですか?」
『ああ、充分だ。送ってくれ』
マリアの質問に肯くレイス。その返答を聞いたマリアは、首に掛けた聖印を外し、右手に提げる形を取った。
「分かりました。それではお送りします」
一つ息をつくと、右手の聖印を掲げ、精神を集中して詠唱を始める。
「"偉大なる至高神よ、不死なる者をその御光をもって退散せしめよ"――死霊退散」
詠唱に応じて聖印から光が溢れだし、レイスを包み込んだ。
『さらばだ。シルフィ、長い間ありがとう』
《――――》
光に包まれたレイスの身体を構成していた闇が光に替わっていき、シルフィはそのレイスだった光を掻き抱こうとしている。
『君は末長く幸せに――』
《――――!》
そして、レイスだった光は細かく別れ、天上に向かって散っていった。
シルフィは、手の中から失われた光を探すかのように、手を見つめている。
私達は、空高く消えていった光の名残を、いつまでも見上げていたのだった。
◇ ◇ ◇
こうして私達の初めての本格的な冒険は終わりを告げた。
レイスだった彼の遺体は洋館の側に埋葬され、回収した本は、ちゃんとリチャードさんの図書室に納められることになった。
ただ、この冒険の事はリチャードさんとアレックスには事前に言ってなかったから、危ない事をするんじゃないって二人に怒られちゃった。
そうは言われつつも、卒業までに何回か、この四人による冒険行の機会があったんだけど……それはまた、別の話という事で!
ここで一区切りとなります。
もしかしたら、今後も短い話を掲載する事もあるかも知れません。
今後とも、この作品と、姉妹作をよろしくお願いします!
なお、本作品の直接の続編は以下のアドレスの「フライブルクの魔女 ~最強魔女が旅をすると何故か規格外のボスが出てきます~」です。
https://ncode.syosetu.com/n5493hx/