13.これが、ティーラウンジなんだ。
現在、話の切れ目を調整中につき、微妙にキリの悪い部分で終わったりしています。すみません。
※2018/9/13 みんなで喫茶店に向かいたい!から改題しました。
※2018/12/28 次回予告を追加しました。微調整しました。
※2019/8/4 スマホフレンドリーに修正しました。
事務室の方から走ってくる足音が聞こえる。受付の人だろうな。
今のうちにとりあえず、こっそりバングルは着け直しておく。受付の人が見抜く事はないだろうけど、魔術師先生がひっついていると困る。
「何かありましたか!?」
ほら、やっぱり、受付の人だ。とりあえず、他には誰も来ていないみたい。
「す、すみません、何でもありません」
「いや、何もなかったら、そんな声上げないでしょう!」
そりゃそうだ。
「えー、あ、そうそう、シャイラさん、さっき、その辺を大きな鼠が走ったのを見たみたいで……」
我ながら、説得力がない……
受付の人は、眉間にしわを寄せながら、シャイラさんに確認した。
「本当ですか?シャイラさん」
シャイラさんも少し落ち着いたのか、まだ顔に赤みは残しているものの、すっくと立ち上がった。
「あー、すまない。油断して驚いてしまったが、大丈夫だ。問題ない」
「本人がいいというのなら構いませんけど……皆さん、合格が決まったからと言って、余り騒いでは困りますよ?」
「「すみません……」」
うーん、不機嫌そうに両手を腰にやって仁王立ちしている受付の人の前では話しづらいな。
と思っていたら、リチャードさんが助け船を出してくれた。
「余り長居してもご迷惑だし、いったんここは引き揚げようか」
受付の人がリチャードさんの存在に気がついたようだ。リチャードさんの顔を見て驚いたのか、目を見開いて口に手を当てて息をのんだ。そして、リチャードさんに声を掛ける。
「あの……もしかして、錬金術師リチャードさん、ですか?」
「そうですが?」
「しょ、少々お待ちください!」
受付の人、慌てて事務室の方へ走っていく。はて、何の用だろうか?
少しすると、またバタバタと走ってくる音が聞こえてきた。手に何か持っている?
「すみません、お待たせしました」
「なんでしょうか?」
心なしか、リチャードさんの反応が冷たい気がする。ともあれ受付の人は、手に持っていた本とペンをリチャードさんに差し出した。
「こちらに……サインを頂く事はできますか?その……私、リチャードさんのファンなんです!」
「サインを?」
「はい、それで、できれば『アニャさんへ』と書いて頂ければ……」
少しの間、沈黙がよぎった。リチャードさんは険しい表情で受付の人の方を見据えている。なんて言うか、こんな表情のリチャードさんは初めて見た気がする。少し怖いよ。
「――ま、いいでしょう。こちらもご迷惑をおかけしているので。今回だけですよ?」
でも、表情を緩めて本とペンを取った。そして、さらさらとサインしてから、受付の人に返す。
「す、すみません、ありがとうございました!」
そしてアニャさんは、スキップしかねない勢いで事務室まで帰っていった。
クリスさんも言ってたけど、リチャードさんって、ホントに街で有名人だったとは……で、ホントにこうやって寄ってこられるのが嫌いみたい。
リチャードさんは、ひとつため息をついてから、私たちの方に向かって話しかけてきた。
「すまない、変なところを見せてしまったね。君たちもまだ話し足りない部分もあると思うから、その辺りの飲食店にでも入るかな? 確か、近所に、お菓子で有名な喫茶店があったと思う。費用は私が出すから気にしなくていい。皆さんの合格をお祝いさせていただこう」
おお、リチャードさん、太っ腹だ。
「む、お菓子か……この国のお菓子はなかなか優れているからな。祝いというのであれば、遠慮するのも失礼だし、ありがたく頂こう」
「教会勤めですから、贅沢はダメなんです。……でも、お祝いと言う事であれば、それをいただくのも教会のお勤めなのです。と言うわけで、ぜひ、いただきます!」
「ただでそんな美味しいもン頂けるなんて、悪いなぁ。そらもう遠慮のぉ頂きます。いやあ、今日は人生最良の日やわぁ。冒険者学校には受かるし、えらいお人と知り合いになれるし、おもろいモンは見られるし、お菓子は食べさせて貰えるし。今後もいろいろオモロイ体験させて貰えそうやわ。ホンマ、おおきに!」
みんなも、お菓子の魅力には弱いようだ。女の子だもんね。
と、一緒に外に出かかったところで、ふとリチャードさんの足が止まった。何かぼそぼそ呟いている。
「いや、待てよ……この絵面、周りから見るとどうなる?女の子だけ5人も引き連れた状態でお菓子のお店に足を踏み入れるのか……?」
あ、さっきのクリスさんの噂話、気にしているのかも。
「私にツケといて貰う……のでも、私の名前を出す時点で同じ事か。うーむ……」
ひとしきり呟いた後、こちらを振り向いて、大きな声で話し始めた。
「あー、大人が一人混ざっていると、話しづらい事もあるだろう」
懐をごそごそして、お金が入った革袋を出してきた。そして、銀貨を10枚ほどつまんで、アレックスに声を掛ける。
「アレックスくん。お金を渡しておくので、君が皆の分を払っておいてくれるかな?私は近くの店で時間をつぶしておくよ」
「分かりました。お預かりします」
ちなみに、銀貨1枚あると、庶民向けのお店なら結構なディナーが頂ける感じ。普通のご飯よりは高いお菓子でも、支払うには十分な金額だと思う。
でも、一つ疑問に思ったので聞いてみた。
「ところで、わたしではなくて、なんでアレックスなんです?」
「それはアレックスくんは、普段から家の中の取り回しでお金を扱って貰っているからだね」
ぐむむ、そうでした……村だとたまのお祭りくらいしかお金使う事もないし、街だとそのままリチャードさんに払って貰えるし、自分でお金管理した事ないかも。
「うう、分かりました……それでは、私たちは行ってきます」
「ああ、私はそこの、三月の兎亭にいるからね。ぱっと見て居なかったら、店員に聞くように」
「はい、分かりました!」
リチャードさんと別れ、私たちは話に聞いたお店に向かった。
◇ ◇ ◇
話に聞いた、お菓子が美味しいと言う喫茶店。入り口にウォルターズ・ティーラウンジと流麗な文字で書かれた看板が掛かっている。
近所と言う事ですぐに到着したのは良いけれど……私は思わず呟いた。
「な、なんだかすごく立派な建物ね」
非常にしっかりした門構えで、かなり高級そう。一人銀貨2枚で足りるのかな?
子供だけで使うお店じゃない気がする……門前払いされるかも。
とか躊躇していたら、シャイラさんがすたすたと店内に入っていった。
「いらっしゃいませ。シャイラ様」
立派そうな建物に似合った、執事風のおじさんが立っている。
「5人だ。個室を使えるか?」
「はい、ございます。こちらへどうぞ」
執事風の人に連れられて、奥の個室へ。
10人は掛けられそうなテーブルがある個室に案内された。
「本日はたいへん華やかでいらっしゃいますが、差し支えなければ、どのようなお集まりかお聞かせいただけますか?」
「全員めでたくそこの冒険者学校に合格してな、その祝賀会だ」
「それはそれは、皆様、おめでとうございます」
執事風の人――もう面倒くさいから執事さんでいいや――執事さんは、私たちに向かって優雅に礼をした。
と、アレックスが席を立って、その執事さんに耳打ちしてからぼそぼそと話している。
「かしこまりました。ただ今、メニューをお持ちします」
執事さん、そう言って一礼してから去って行った。
「アレックス、今の、なんて話をしてたの?」
「こちらの予算を伝えました。うっかりオーバーすると恥ずかしいですからね。最初に伝えておくと、こういう店ではよしなににしてくれます」
それを聞いたクリスさんが驚いた顔をして、私に話しかけてきた。
「はえー、アニさんの妹さん、えらいまあしっかりしてはるなぁ」
「私と同じくらいしか街に来ていないし、こんなお店に来たこともないのに、なんで知ってるんだろう……」
「図書室で、姉様と違う本を読んでいますから」
そういう本の存在すら気がついてなかったよ、私。
次回予告。
ティーラウンジに入店した私たち5人。いよいよお菓子と紅茶の登場に、私たちは胸を躍らせてしまう。え、紅茶の選択?紅茶の事は紅茶の国の人に聞けってね。
次回「見たこともないようなお菓子で一杯だ……」お楽しみに!