123.聞いてみようか彼の願い
予約設定を間違えて投稿してしまいました・・・これは11月10日投稿予定分です。
次は11月11日投稿となります。
人里離れた洋館で遭遇したレイスと風の精霊シルフィ。盗賊と疑われたため交戦に至っていたが、今はその誤解も解けていた。
話し合いのため私達は地下室に敷物を敷き、車座になって座っている。私が天井にかけた"照明"によって、そこは十分な明るさで満ちていた。
先程は魔法陣の薄暗い明かりや、私が短剣にかけた"照明"しか無かったから、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた地下室も、十分な明るさがあるだけで、随分スッキリした雰囲気になっている。
まあ、風の精霊のおかげか、地下室にしては妙に清々しい空気に満ちていると言うのもあるのかも知れないけど。
ライフドレインを受けたシャイラさんも少しは回復したようで、顔色は悪いながらもしっかりとした姿勢で座っていた。他の二人はもちろんノーダメージだから、何の問題もなく座っている。ただ、一人残った私が、敵対的なレイスとどう折り合いをつけたのか、聞きたそうな顔で私を見つめていた。
で、そのレイス側の様子を見ると、シルフィと呼ばれていた風の精霊は、魔法陣の中でお行儀良く座っていた。そしてレイスは、その側にあった、恐らく彼自身の白骨死体の前で座っている。
皆が座り込んだ所で、まずはクリスが口を開いた。
「それで、なンでこんなに和やかになっとるんや?」
「まあ、私達が冒険者である、って事をご理解いただいた、って感じかなぁ?」
私の身体に触れたレイスが、原因不明の大ダメージを受けた事はとりあえず割愛しておく。そりゃまあ今更、彼女達が私が普通と違うっぽい事を知って、私を見る目が変わる事はないとは思うんだけど、やっぱり、ねぇ。
『その通りだ。問答無用で攻撃を仕掛けて、すまなかった』
と、私たちに向かって礼儀正しく頭を下げるレイス。
「ふぅン……?」
クリスはレイスの失われた右手をじっと見つめていたが、肩をすくめて呟いている。
「まぁ、アニさんやからなぁ」
「なんだか、変な想像されてる気がするなぁ。結局、派手に戦ったわけでもないし、すぐに誤解は解けたんだよ?」
『そ、その通りだ。――べ、別に攻撃された訳では無いぞ?』
少し慌て気味に話を変えるレイス。
『我から頼みたい事があったために、諸君等にご足労頂いたのだ』
「ほう?」
「頼みたい事、やて?」
軽く首を傾げるシャイラさんとクリス。しかし、マリアは憤懣やる方無い表情を見せていた。
「邪悪なレイスの頼みを聞くだなんて、断じて許せませんっ!」
まあ、正義を司る至高神の神官としては、そうなるよねぇ。アンデッドは不倶戴天の敵のようなものだし。
『確かに我は今や神々の法則に反する存在。神官殿が我を許せないのは理解できる。だが、話だけでも聞いて貰えないだろうか?』
「マリアの気持ちは分かるけど、邪教信者だったり、暗黒魔法で変化した訳じゃないみたいだから、とりあえず話を聞くだけ聞いてみない?」
「…………分かりました」
と、不承不承ながらもマリアは矛を収めてくれたのだった。
「む~~~ん。でも、邪悪な事はダメですからねっ!」
まあ、納得してないの間違いないんだけど。
◇ ◇ ◇
『まずは、我々について説明しておこう』
レイス――ニコラスというのが生前の彼の名前らしい――が語った話の大筋は、彼の日誌等で得た情報と一致していた。
つまり、彼はこの館で、精霊によって「健康で文化的なより良い生活」を実現する研究を行っていた、という事だった。研究はほぼ完成し、植物、水、火、光、そして風の精霊によって彼は快適な生活を送る事ができていた。
『研究内容の公開や販売は、さして考えてはいなかったな。この技術は精霊を使役するのも同然で、精霊の心を理解できない人間には使って欲しくなかったからだ』
ただ問題は、10年ほど前に彼が熱病で急死してしまった事だった。
『我がこのまま死んでしまうと、魔法陣に囚われた精霊達は脱出できなくなる。朦朧とする身体を引きずり、我に仕えてくれた精霊達を解放して回っていたのだが、最後にこのシルフィの魔法陣を破壊する寸前で倒れてしまったようでな。気がついた時には、この身体になっていたというわけだ』
「死んでも死にきれないほど、現世に対して心残りがある場合は、レイスとなる場合がある、らしいのよね」
ちなみに他のパターンは、幽体離脱の魔法を使っている時に、本体が死んでしまった場合や、レイスのライフドレインで死んでしまった場合だったりする。シャイラさんは割と危なかったかも。
『この身体では塵一つ動かす事もできん。そんな中、シルフィはこの館の維持管理を行ってくれていたのだ』
風の精霊は、それが当然のことであったかのように、静かに微笑んでいる。
レイスは、そんな彼女をちらりと見てから言葉を続けた。
『我が諸君等にお願いしたい事は、魔法陣を壊してシルフィを解放して欲しい、という事だ。これなら正義には反しないだろう?』
「…………」
レイスの言葉に、マリアはぷーっと膨れながらも反論しない。
「魔法陣って、これを消せばええって事なんかいな?」
シルフィが入っている魔法陣を指差したクリスに、レイスは首を振る。
『いや、それだけではダメだ。この魔法陣の中ではシルフィに魔力が供給されるようになっているが、ここで長らく過ごしていたが故に、彼女にはもう精霊力が残っていない。単に魔法陣から出ただけでは、すぐにその存在は消え去ってしまうだろう』
レイスの言葉に、私は親指の爪を噛みながら、彼が求める解決策について考えていた。
「魔法陣から離れる事によって絶たれる魔力の供給を、別の手段によって補わなければならない……つまり、我々の誰か一人が、彼女と契約して欲しい、と言うことですか?」
『いかにも。よく知っているな、魔術師よ。ただ、君たちにも利益はある話だ。シルフィに願えば、いつでも風の精霊魔法を使う事ができる』
レイスの言葉に私は肯いた。精霊使いが使う精霊魔法は、精霊が存在する場所でなければ使えない制限がある。でも、精霊自身と契約していれば、いつでもお構いなしに使う事ができる。まあ、呼び出している間、ジャブジャブに魔力を要してしまうという問題はあるんだけど。
『そ、それでだ……』
そこまで話したところで、レイスは言葉を濁し始めた。
『その、わ、我は彼女と約束をしていたのだ。いつの日か、我と共に旅をし、彼女に世界を見せるという約束を』
《――――》
「あー、私はここで貴方と一緒に過ごす事ができれば、それで充分です、と言っている」
『君が維持管理してくれているとは言っても、この館が永久に持つわけではない。それよりも、私は君に広い世界を見て欲しいのだ!』
精霊の言葉はシャイラさんが私達向けに翻訳してくれた。
突然いちゃいちゃし始めたレイスと精霊に、微妙な空気が流れる私達のパーティ。お互いに目配せしたり、肩をすくめたりして押しつけ合った挙げ句に、
「ごほん」
『む……す、済まんな、取り乱して』
とりあえず、私が割り込むことにした。
「契約については分かりました。ただ、私たちはまだ学生なので、世界を見せる事については、お約束できません」
まあ、私自身は、行方不明のお姉ちゃんを探すという目標があるから、卒業後は各地を巡るつもりではあるんだけど。
『仮に街から出なかったとしても、この地下室よりは遙かにマシだ。それに、こうして街の外に出ようという気概はあるようだしな、冒険者達よ』
そしてレイスは、改めて受諾可否を確認してきたのだった。
『それで、この話を受けてくれるのかな?』
「相談します。少し時間を下さい」
そしてレイスに背中を向け、顔をつきあわせてヒソヒソ話を始める私たち。
「とりあえず、これは邪悪な事じゃないと思う。理屈も理解できるし」
「私は精霊の力を借りる事ができるが、契約などについては無知だからな。アニーさんがそう言うのであれば問題無かろう」
「うちらにとってプラスなら、ええんとちゃう?」
私は今回の話を受諾する鍵になるマリアの方を向いた。
「マリアはどう思う?」
「う~~~~~ん。――反対は、しません」
口を尖らせて、しばらく唸ってはいたものの、賛成はともかく、反対しない事を明言してくれたのだった。
次回予告。
私たちはシルフィとの契約により、レイスの望みを叶えようとする。そしてレイスは、更にもう一つの願いを口にしたのだった。
次回、「夢を叶えて魂送り」お楽しみに!