121.見つけてしまった隠し部屋
書斎にあった文献の調査により、この洋館の家主は魔術師で、精霊による「健康で文化的なより良い生活」を研究していた事が判明した。
そして、部屋そのものを調査していたクリスが、怪しい仕掛けを見つけたと口にしたのだった。
「それでクリス、何が見つかったの?」
「まあ、まずはこれを見てみぃ」
クリスは鞄から取り出したロープを使って、ドアから本棚までの距離を測った。
「で、外や」
外に出て、再びドアから書斎がある部屋の端までの距離を測る。
「あー、全然長い、ね」
そう、本棚の奥行きを計算に入れたとしても、廊下側で測った部屋の大きさが、実際の部屋の大きさより人一人が歩けるくらい大きかったのだ。
「せやろ? つまり、ここに隠し部屋か通路がある筈っちゅうわけやな」
再び書斎に戻って、部屋一面を埋める巨大な本棚の前で腕を組むクリス。
「この本棚のどこかに仕掛けがあるはず、という訳なんやけどな。その本の左右を何冊か抜いてみてくれるかいな」
クリスが指差した本の左右両隣の本を取り出す。本そのものは、何の変哲も無い魔術本だ。
「その本の背表紙の上、ちょい傷んでるやろ。で、その本の後ろを見てみ?」
確かに、クリスが指差した本棚に残る本の背表紙の上部分は、何度も引っぱったようにほつれて、周りに若干手垢がついていた。そして、本の後ろをよく見ると、金属棒が本棚に向かって伸びていたのだった。
「あー、ダミーか、これ」
「まだ引いてないけどな、これを引いたら仕掛けが動く、はずや。まあ、隠し本棚は男のロマンっちゅう奴やろ」
私はクリスに同意して笑いながら、仕掛けの本に手を掛ける。
「わたしも嫌いじゃないけどねー。引いてみるよ?」
「万一があるからな、うちが引くわ」
と、クリスの申し出に応じて立ち位置を交代したのだった。
そして万一に備えて全員で周辺を警戒しつつ、クリスは仕掛けの本に指を掛け、ゆっくりと引いていく。
かちり。
金属音がしたと思うと、その仕掛けの本を含んだ本棚の一部分が、するすると向こう側に開いていった。
「よっしゃ、ビンゴやな!」
そして、その本棚の奥に、人一人が通れるような狭さの隠し通路が姿を現したのだった。
◇ ◇ ◇
「"マナよ、光となりて我が前を照らせ"――照明」
私はクリスと自分の短剣に対して"照明"の魔法をかけた。うっかり振り回して誰かを斬らないようにする必要があるけど、これなら、いざという時に鞘に納めて明かりを消すことができる。
書斎の本棚で見つけた隠し通路は、すぐに横を向いて本棚の裏を通り、下に向かう階段だった。1階部分に部屋になりそうな空間は無かったから、そのまま突き抜けて地下に向かうんだろう。
ともあれ、人一人が通るのが精一杯で、戦うどころかすれ違うのすら難しい。
相談した結果、クリス、シャイラさん、私、マリアの順番で進む事にした。
クリスが罠などを警戒し、シャイラさんは前に敵が現れた場合に対処、私は予備の明かり持ち、そして最後尾のマリアが後方からの奇襲に備える、と言った案配だ。
急な階段を、足を踏み外さないよう注意しながら慎重に降りていく。
先頭のクリスは、足下や壁に仕掛けがないか調べながら進んでいる。その次のシャイラさんは、主に天井に注意を払っていた。そして私の後ろでは、ガチャガチャ音を立てながらマリアがついてきている。
無言の行進は、それほど時間を要すること無く停止した。地上1階を通り過ぎて地下1階くらいまで降りただろうか、目の前に行き止まりの壁が現れたのだ。
クリスは無言のまま、その行き止まりの横を指差す仕草を示した。そこには飾り気の無い木の扉があった。
鍵穴は見つからないようで、あとは開けるだけのようだ。
(開けるで?)
クリスの、声を出さずに口だけを動かした台詞に私は肯くと、クリスは静かにドアノブを回した。
さあ、冒険の醍醐味、蹴り破って突入だ! もっとも、蹴るスペースもないから、開けるのは手でだけど。
クリスは扉を勢いよく向こう側に向けて開け放ち、私たちは転がり込むように一斉に部屋に飛び込んでいったのだった。
◇ ◇ ◇
クリス、シャイラさんに続いて突入した私は、素早く中を見渡した。
広さは食堂と同じくらい。そこそこ広い、かな。明るさは……ほの明るい。私とクリスの短剣にかけられた"照明"の他、奥の方に光源があって部屋全体を僅かに照らしているようだ。
家具などは見えないが、床には幾つか魔法陣が描かれている。一番奥の隅にある一個だけは光を放っているが、それ以外は光っていない。そして、その魔法陣の中には、碧色に光って立ち尽くす、半透明の人影があった。美しい若い女性の姿で、私達の方を見て驚いたような表情をしているようだ。
そして、その人影の側、壁際には、もう一つの半透明の人影があった。そいつの色は碧ではなく、薄暗い灰色だ。手前にはボロ布に包まれた何かが積み重なっているようだけど、その向こうにだらしなく座っている。
「ここが、この館の制御室って感じかしら。お邪魔してますね」
私が呟くと、その灰色の人影がゆっくりと立ち上がった。
家主だろうか、魔術師のローブを着た老人の姿で、目の辺りが真っ赤に光っている。もちろん、生きた人間じゃない。アンデッド、つまり幽霊のどれかだろう。
私達は、散開したまま幽霊の様子を見守っている。光源の短剣を持っているクリスはそれをかざしているが、シャイラさんは柄に手をやっているものの、まだ抜剣していない。私も魔法を使う可能性があるから、いったん短剣を腰の鞘に納めて手を空けていた。
敵対的か、友好的か?
私は、幽霊の様子を見ながら、その正体の識別を開始していた。リチャードさんの領主館には、魔術本の他、モンスターを記した書物も収容されていて、私も一通り目を通している。
幽霊系なら、強い順でレイス、ゴースト、スペクター、ファントム。ええと、区別の方法はあったかな……
『貴様等……我が館を漁り回るクズ共。我とシルフィの安住の地を破壊するか』
幽霊は、血のように赤い瞳を更に輝かせ、怒りの言葉を口にした。
あー、ダメだ。確実に敵対的だわ。
そしてその幽霊は、するすると私達の方に向かって前進してきた!
「行くぞ、抜剣!」
まず、シャイラさんが剣を抜き、幽霊に向かって斬りかかっていった。
「"マナよ、彼の武器に宿りて"――って、シャイラさん、ダメ!」
"魔力付与"の魔法を唱えていた私は思わず制止の声を上げるが、シャイラさんは構わずその幽霊に一太刀入れていた。その鋭さは流石ではある。
でも、銀製でも無い、魔法が掛かっていない武器の攻撃は、幽霊系には余り効果はない。シャイラさんの一撃は確かに幽霊がいた空間を切り裂いたものの、そのまま空振りのように通り抜けてしまった。そして、僅かに姿勢が乱れたところに、幽霊が右手を伸ばしていく。
シャイラさんは左腕の盾でブロックしようとするが、幽霊の手はそれを通り抜けて彼女の身体に触れてしまっていた。
「むっ!?」
その一撃でシャイラさんは一瞬動きを止め、そのまま膝を突いて倒れ伏していった。荒い息で起き上がろうとしているが、ままならないようだ。
「一撃!? そんな、まさか」
「"偉大なる至高神よ、汝が使徒の傷をその御手をもって癒やしたまえ"――軽傷治癒」
顔をしかめる私の後方から、マリアの朗々たる声が響き渡った。
シャイラさんの身体が青い光に包まれたが……それだけだった。彼女が起き上がる気配は見せていない。
「回復魔法で治らない……やっぱり、ライフドレイン!」
ライフドレインは一種の呪いのような攻撃で、これを喰らうと普通の回復魔法は効果を発揮しない。自然回復を待つか、"完全回復"や"解呪"のような高度な魔法が必要となる。
「こっちやで!」
クリスが大きな動作で幽霊の注意を引き、幽霊の攻撃を躱しながら後退を始めていた。時間稼ぎをしてくれているけど、立ち回りするにはやや狭い広さで、かつ、防御無効で当たると即戦闘不能レベルの攻撃である事を考えると、余り長い間は持たないだろう。
ええと、ええと……
私は、クリスが作ってくれた時間を使って、思考の加速を始めていた。
物理攻撃は効果が薄い。魔法攻撃なら効果はあるけど、この狭い部屋じゃ、"炎の息吹"や"暴風雪"のようなブレス系は私達もやられちゃう。"雷撃"だって壁で跳弾するから喰らいかねない。
まともに攻撃を通すには、"魔法の矢"をひたすら連打するしかない、か。
ただ、何よりも、幽霊相手に暗くて狭い地下室はは不利すぎる!
「マリアっ!!」
私は大きな声でマリアを呼んだ。
「はい、アニーさん! "死者退散"、行きます?」
マリアは聖印を片手に、神様にお祈りしてアンデッドを退散させる、"死者退散"の準備に入っていた。でも私は首を振る。
「ううん、悪いけど効かないと思う」
正直、格上には効きづらい。そして、マリアは率直に言えば戦士寄りで、神官としての技能はそれ程じゃない。何よりも、この幽霊は私達と同レベルとはとても思えない!
「マリア、シャイラさんを担いで書斎まで撤退を! クリスも一緒に!」
そして、幽霊の気を引くために魔法の詠唱を開始した。
「"マナよ、矢となりて我が敵を討ち倒せ"――魔法の矢、斉射三連!」
三発同時に発動した"魔法の矢"は、幽霊を貫いて通り抜けていった。元々が弱い魔法だし、余り効いている気はしないけど、ともあれ、幽霊の注意は引けたようだ。
『貴様、魔術師か。我が研究を盗みに来たか?』
立ち止まってゆらりとこちらを振り向いているのを尻目に、クリスはバックステップで間合いを取る。
「ちょっ、アニさんはどうするんや?」
「私が殿を! まずは太陽の下に待避して!」
私の発言に柳眉を逆立てるクリス。
「アホな事言いないなぁ! どこに魔術師を殿にするパーティがあんねん!」
「避けるだけなら軽装の私にも分があるから。魔法攻撃もできるし。言い争ってる時間は無いよ。お願い!」
私の目を見たクリスは唇をぐっと噛みしめると、「死んだら、あかんで」と一言残し、扉の方に走っていった。
私はクリスが横を通り過ぎたところで、幽霊に向かって両手を大きく開き、威嚇する、あるいは自分自身を勇気づけるように大きな声を上げたのだった。
「さあ、かかってらっしゃい!」
次回予告。
レイス相手に優勢に戦いを進めていた私だったが、ついに即死級の攻撃を受けてしまう。全身から力が抜け膝を突く私。しかしそのとき、レイスの方にも異常が現れていたのだった。
次回、「当たってしまった即死攻撃」お楽しみに!