120.何が出るかな館内散策
人里離れた洋館に忍び込んだ私たち。玄関ホールに入ったところで猛烈な突風に襲われ、それが収まったときには背後の扉が閉まってしまっていた。
慌てて扉を開けようとしてみるが、ドアノブは動くものの、まるで押さえつけられているかのように微動だにしない。
「あの、壊しちゃいます?」
と、両刃斧をかざしながらマリアが問いかけてきた。頑丈そうな扉だけど、所詮は木製。彼女の両刃斧なら破れるだろう。
でも私は首を振った。
「うーん、それは最後の手段、かな」
まず、この館は生きている、つまり、恐らく誰かが住んでいる事が分かった。
そして私達を追い出そうとしているのではなく、閉じ込めようとしている。つまり、私達に何かさせたいんだと思う。
イケニエに使うとか、私達を害しようとしている可能性は否定できないけど。でもまだ、明確に害意を見せているわけではないから、こちらから建物をぶっ壊しに入るのは、まだ早いだろう。
「とりあえずは、せっかくご招待頂いたのだから、探索かな。私達の姿をどこかから誰かが見ている可能性は高いから、油断しないように、ね」
◇ ◇ ◇
各個撃破されるリスクを避け、私たちは一団になって館内の探索を始めた。
ただ、まずは全体構造を把握するために、一カ所あたりにそれほど時間をかけずに一通り回る事にした。
まずは一階の食堂。普段は来客をもてなす際に使われていたのだろう。大き目の長テーブルに椅子が等間隔に置かれている。テーブルクロスは古びているが、埃一つ落ちていない。そして長い時間使われてないようにみえた。
厨房を見ると、コンロやオーブン周りは灰一つなく、まるで未使用のようだった。ただ、フライパンや鍋などはきちんと並べられており、かつて使っていた形跡は残っている。
食糧庫には古い食材が放置されていた。埃こそないものの、完全に干からびていて、食べられる状態じゃない。
使用人室は空っぽで、使われていた形跡はなかった。ここの家主は一人暮らしだったのかも?
浴室も綺麗に維持されている。不思議なのは、厨房もそうだったんだけど、井戸がどこにも見つかっていない。蛇口はあったから、そこから水が出てくるんだろうけど、今は何も出てこなかった。
私が住んでいた領主館も蛇口で水が出る構造にはなってたんだけど、それでも水源は井戸で、そこから給水タンクに汲み上げる構造になっていた。この洋館の水源は今のところ不明、かな。
居間は普通は家族がくつろぐための空間なんだけど、日当たりが良い部屋であるにも関わらず、ソファとテーブルが雑然と置かれているだけで、それほど使われている形跡はなかった。これも家主が一人暮らしという説を補強しているかも。
二階に上がると、まず図書室が私たちを迎えてくれた。リチャードさんの領主館ほどじゃないけど、結構な本が揃っている。背表紙を見ると魔術・精霊関係の本が多いようだった。ここの家主は魔術師だったのかも知れない。であれば、リチャードさんも知っている可能性があったかも。聞いておけば良かったなぁ。
客間は綺麗に整備されたまま、使われた形跡は残っていなかった。家主は一人暮らしだったみたいだし、お客さんを招くような事はなかったのかも知れない。
寝室は、流石に使われていた形跡が色濃く残っていた。ベッド脇には寝酒を呑んだのか、ワインのデキャンタとカップが残されている。ただ、それもやはり、カピカピに乾いているものの、埃は積もっていなかった。ベッドにイヤな染みとか骨とかは無かったから、家主がこの館で亡くなったのだとしても、ここではなさそうだ。
最後に訪れたのが書斎だった。先程の図書室ほどではないけど、本棚には多数の魔術書が並んでいる。そして正面の重厚なテーブルにも幾つかの本が立てかけられ、羽根ペンやインク壺といった文房具も置かれていた。
◇ ◇ ◇
こうして一通り回ったけど、結局、私たちの他には誰の姿も見つけられなかった。そして、何かが居る、と言う証拠も全く見つけられていない。
「うーん、とりあえず分かったのは、家主は魔術師で、一人暮らしだった可能性が高い、と言うことくらいかなぁ」
「次は、どうする? 私達を閉じ込めた何か、の正体に迫るようなものは一切見つからなかったが」
シャイラさんの言葉に、私は思案しながら呟いた。
「まずはこの書斎、かなぁ。筆記用具もあったから、何か書き物が見つかるだろうし。そしたら、なにかヒントがあるかも」
そして、家主のテーブルに歩み寄りながら、クリスの方に顔を向ける。
「わたしは本の方を当たってみるから、クリスは、この部屋に何か仕掛けが無いかどうか調べてみてくれない? シャイラさんとマリアは……ごめん、待機、かな。お昼ご飯の準備をお願い」
魔術関係の本なら私が調べるしかないし、その間、他の面々が何もしないのも勿体ない。でも、この館のナニカの素性が分かっていない以上、パーティをここで分けるのもリスクがあるからね。探索関係の技能を持っているクリスなら、うっかりトラップを踏むような事にはならないだろう。
◇ ◇ ◇
一通り書斎の調査を終えた後、私達は床の上にシートを引き、車座になってお昼ご飯を食べ始めた。
と言っても、大した物じゃない。家で作った、パンにハムやらチーズやらを挟んだサンドイッチに、ポットに淹れてから氷で冷やした香茶をお供にしている。
ちなみに出先で冷たいアイスティーを飲む事ができるのは、収集者の図鑑と呼ばれる、本の中に様々な物を格納でき、しかも格納中は時間が止まってしまう魔道具のお陰だったりする。私の保護者であるリチャードさんお手製のを貰って使っているけど、やっぱり便利だよねぇ。
食べながら、私は本棚の本や、研究ノート、メモ書きなどから判明した、この洋館の家主の研究内容をかいつまんで説明し始めた。
この家主はやはり魔術師で、精霊による「健康で文化的なより良い生活」を研究していたようだった。
精霊使いが精霊の力を借りたい場合、普通はそこに居る精霊に頼まなくちゃならない。つまり、風の精霊なら風が吹いている屋外でないとだめだし、砂漠じゃ水の精霊の力を借りる事はできない。精霊と契約してマナを代償にどこでも呼び出したり、精霊の力を込めた道具なんて例外はあるんだけどね。
ところがこの魔術師は、建物に用意した魔法陣に精霊を固定し、精霊達を使役する事に成功したようだった。
外の生け垣は植物の精霊の産物だし、水道からは水の精霊が生み出した浄水が流れ出し、厨房では火の精霊がオーブンに居座り、天井のシャンデリアには光の精霊が、そして風の精霊が洋館全体のメンテナンスを行っていたと記録されていた。
「そんなに精霊パラダイスやったんや。でも、どう見ても……」
「うん、どの精霊もいなくなってる。でも、風の精霊だけは、まだ居そうな気がするんだよね。風なら埃を吹き飛ばせるだろうし、扉を閉じた時に吹き荒れたのも、突風だし」
私の言葉を聞いたシャイラさん、僅かに小首を傾げたあとで目を瞑り、耳をそばだてていた。
「ふむ、確かに、言われてみれば不自然に風の精霊の力を感じる……ような、気がする」
そういえば、シャイラさんは普段はおおっぴらにしていないけど、精霊使いの力も持っていたんだった。「話せそう?」と聞いてみたけど、彼女は残念そうに首を振るばかり。
「いや、少し遠い、な。もっと精霊達と親しんでいれば、遠くからでも声を聞かせられるのかも知れないが」
マリアはマリアで、プンプン怒りながら両手を振り回していた。
「それにしても、自由に生きる精霊を私利私欲のために捕まえて扱き使うなんて、邪悪っぽいです!」
「一応、形式としては契約だからね。さすがに精霊達の意志に反する事はできないと思うよ」
マリアをなだめるべく、私は日記の一節を披露する。
「『便利な生活は実現できたものの、友人である精霊達を下僕が如く使役するのは気が引ける。この技術を世に出すことはあきらめないといけない』って書いてるから、まあ、一応気にはしていたみたいだよ」
「それなら、最初から作らなかったらいいんです!」
と、ぷうぷうフクレながらも、マリアは矛を収めてくれた。
ちなみにこの後には『最後にこの仕事だけ片付けて、シルフィと約束していた、彼女に世界を見せる旅に出たいものだ』と続いていた。10年前のこの記述が最後だったから、家主は旅立っていったのやら、それとも死亡フラグを立ててしまったのやら。
「とりあえず、私が調べられたのはここまで。クリスの方はどうだった?」
と、水を向けると、クリスは満面の笑みを浮かべて答えたのだった。
「よう聞いてくれた。一つ、怪しい仕掛けは見つけたで!」
次回予告。
クリスが見つけた仕掛けにより、更なる深部へ探索を進めていく私達は。その終端にあった扉を蹴破った私たちは、そこでこの洋館に棲まう者と対面してしまったのだった。
次回、「見つけてしまった隠し部屋」お楽しみに!