118.エピローグ
この回で本編は完結となります。18年8月より1年6ヶ月の連載にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
後書きに今後の予定を掲載しております。
※2020/9/22 後書きを更新しました
バフォメットの事件から三ヶ月が経過していた。季節は五月に入り、春が終わりそろそろ初夏の陽気が感じられるようになっていた。
僅かにちぎれ雲が浮かんでいる青空の下、私は木製の壁に背中を預けて座っていた。私の周りには一緒のパーティメンバーであるシャイラさん、クリスにマリアもそれぞれ座って、ぼーっと時間を潰している。
もう少し季節が進むと、日陰でないと耐えられないような陽気になりそうだけど、まだなんとか直射日光の下でも耐えられる。ほどよい潮風が頬をなでているのも気持ちいい。
背景には、ぎぃぎぃと言う木の軋む音、ざぁざぁ言う穏やかな波音が聞こえていた。甲板の方では、入港準備のため忙しく働く船員さんの掛け声や物音も響いている。
そう、私たちは、王都に向かう定期便の帆船に乗船していた。
旅客扱いで船室は与えられているものの、窓が全く無い、暗くて狭い空間では、正直、息が詰まって仕方が無い。なので私たちは、日中はこうやって船尾楼の邪魔にならない隅っこでダラダラして過ごしていた。
フライブルクを出て五日、今日中には目的地である王都の港に入港するはずだけど、まだ少し時間は掛かりそうだ。私は、青空を見上げながら、知人友人達の近況について、思いを馳せ始めたのだった。
◇ ◇ ◇
まず、シャイロック商会は、残念ながら解体されてしまった。と言うより、跡を継いだジェシカの意向で、財産をすべて今回の事件の被害者に対する補償に回す事になったのだ。更に、それだけでは足りなかったため、彼女個人で莫大な借金を背負う事になってしまった。
ギャリーさんも、シャイロックさんの財産であるシャイロック商会を解体するのはやむを得ないにせよ、ジェシカさんが借金を背負うまでの責任はない、と説得したんだけど、ジェシカは、そもそもの原因は自分だから、と、彼女名義の借金としてでも、賠償金を完全に支払う事を強硬に主張したらしい。
ギャリーさんは最終的には彼女の意志を受け入れた。ただ、その代わりに、彼女への貸し出しはギャリー商会が行い、利息は一切取らない事で同意したそうだ。あと、病気から回復したとは言え、ジェシカさんの今の状態では、お金を返そうにも稼ぐ手段が乏しいから、王都の魔術師ギルドで当面勉強する事を条件としたとか。
後日、ギャリーさんにその理由を聞いてみたら、「なに、たった数年分の学費なぞ、安い物じゃよ。この投資は、あとで何倍にもなって帰って来る事、間違いないですからの」とか言っていたかな。
確かに、彼女の魔法の能力は大したものだから、魔術師ギルドでもう少し技術を磨いたら、冒険者になっても、あっと言う間に借金を返済できると思う。
ちなみに、ミズキさんもジェシカに付き従って王都に向かっていった。給料は払えないから自由にして良いと言うジェシカさんに対し、「私が自分の意志で勝手について行くだけですから、お気になさらないでください」と言っていたそうだ。
ミズキさんは剣術ではないとはいえ、トウベイさん譲りの戦闘力があるから、冒険者になっても良いコンビになると思う。
そういえば、ギャリーさん繋がりで思い出したけど、リズさんは、まだ王都の寄宿舎学校で学んでいる。相変わらず手紙のやりとりをしている仲なんだけど、王都に行く話は急に上がったから、彼女にはその事を伝え損ねてしまった。落ち着いたら会いに行こうかな? アポイント無しで会えるのかどうか分からないけど……
◇ ◇ ◇
アマリエ……アマ姉は、約束通りに領主館に来てくれた。
リチャードさんは、最終的にアマ姉も同居する事を了承してくれた。最初は、適齢期の未婚女性が新たな同居人となる事について、抵抗感を示していたんだけど、「えー、わたし達もそろそろ良い歳なんですけど、そんな目で見てたんですかぁ!?」とか何とか言って、なんとか説得する事ができた。
現在、アマ姉は、領主館でアレックスの立場を引き継いでメイド役をこなしている。一人暮らしも長かったから一通りの事はできるし、大きな家にメイドとして潜入する事もあったから、メイドとして働く事はまったく問題ないようだ。
アレックスは、アマ姉が来たおかげでメイドとして働く必要がなくなった事もあり、フライブルクに家を借りて生活を始めたところだ。もちろん、自動人形のユーリをお供に連れている。細工の勉強の傍ら、小さな道具屋を始めるそうだ。ただ、フライブルクに完全移住ではなく、冒険者学校時代の私と同様に、週末のみ領主館に帰ると言う形にしている。
ただ、フライブルクと領主館間の移動は、日中と言えども女の子一人だと若干の危険がある。その解決のため、リチャードさんが人が引っ張る一人乗りの馬車のような台車を作ってくれた。もちろん引っ張るのは人間以上の腕力を持つユーリだ。ちなみに、この三ヶ月で一回だけ盗賊の襲撃を受けたんだけど、女の子二人しかいないと甘く見た盗賊達は、驚異の近接戦闘能力を持つユーリに対して、高すぎる勉強代を払う事になってしまった。こちらはこちらで、返り血で血まみれになったユーリの服を捨てなければならなかったんだけどね。
そのユーリも、リチャードさんが作った当初は、戦闘技術無しを出鱈目な身体性能でカバーしていたんだけど、アマ姉に技術を教わってから、それはもう非道い事になってしまった。瞬時に懐に潜り込んで、抜き手一発で胸を貫いたり、首をゴキっとやったり、即死攻撃のオンパレードだ。近接戦闘で彼女にかなう人間サイズの敵は、そうそう居ないんじゃないかな?
リチャードさんは相変わらず、錬金術の研究やらなにやらに没頭している。何ヶ月後か、何年後か分からないけど、王都から帰った時にも同じ笑顔を見せてくれそうな気がするなぁ。
◇ ◇ ◇
盗賊ギルドの人たちも、余り変わらない毎日を過ごしているようだ。
ただ、以前と比較して、直接的な犯罪行為が減ってきている気がしている。防犯が甘い店舗などに対しては、実際に盗みに入る前に、契約を結んで保護料をとる形を取っている事が多いようだ。払わなかった家は、何者かが忍び込んで勉強代を払う事になるんだけど、いきなり身ぐるみはいだり人を害したりするのではなく、何段階かステップを踏んでいるように見える。
こういう事をされると、基本的に現行犯しか扱わないハニーマスタードでは、なかなか捕まえづらいのよね。
あとは、仕事が無い孤児などに技術を持たせて、なるべく犯罪の道には行かないようにしているようだ。
明確な敵対も無いけど、共同作戦の方も最近は縁が無くなったかな? 本質的には共同作戦の方が異常事態で、フライブルク全体に関わるような危機が無くなった今、平常運転に戻ったと言う事なんだろうけど。
もっとも、クリスの友人として、表向きの立場の彼らと顔を合わせる機会はあったかな。ただ、クリスの友人と言う立場は、お互い崩してないから、当たり障りの無い雑談しかしてないんだけどね。
◇ ◇ ◇
卒業までは活動を継続する事になってしまったハニーマスタードは、変わらずその活動を続けていた。つまり、悪事を見かけたら介入してオシオキして歩いていたって事。
警備部のアニー・フェイとして市中を巡回する事もあるんだけど、市民の人たちは暗黙の了解として、ハニーマスタードとは別々の存在として扱ってくれていた。元ネタがバレた変装を延々と続けるようなものだったから、一緒の存在として扱われると気恥ずかしいんだけど、それが無かったのは正直助かったかなぁ。
ただ、アニー・フェイとしての二つ名は、『魔女様』がめっきり染みついてしまった。しかも「杖に乗って空を飛び、光を放って山を崩す」と言う枕詞つきで。……はぁ。
あ、そうだ。私たちのパーティ、全体としての活動がどうなっていたかと言うと。、
魔族が出没していた期間、冒険者学校は授業を中断して警備部に人材を貸し出していた。でもそれが解決したから、卒業までの三ヶ月間だけとはいえ、学校は通常運転に戻っていた。
ところが、私たちパーティだけは、戦闘力を惜しんだ警備部からの依頼で、インターンだかなんだか知らないけど、結局、ほとんどそのまま働かされる状態になってしまったんだよね。授業せずにタダ働きだなんて、その分の授業料、返して欲しいんだけど。
で、卒業式を迎えた後の話。冒険者学校は授業料が無料の代わりに、卒業した後は、一定期間冒険者ギルドで働くか、高価な違約金を払わなければならない。
私たちは当然、そのまま年季が明けるまで警備部で働くつもりだったんだけど、突然、王都への出頭命令が来てしまったのだ。
一応、例の教団の騒動に対して、王様が直々に褒美を与える、と言う事らしい。気になるのは、王都への移動は永続的である、と言う付帯指示がついていた事。「フライブルクに戻さないって事だから、そのまま王城に仕官させるんじゃないかな?」と言うのは、ギルドマスターの言。
何にせよ、王様の命令である以上、行かない訳にはいかない。そういう訳で、私たちは定期便の乗客となっていたのだ。
で、シャイラさん、クリスにマリアと言った、パーティメンバーそれぞれの動きは、というと。
シャイラさんは、トウベイさんに貰った刀を孫のミズキさんに返そうとしたんだけど、やっぱり受け取っては貰えなかった。元々使っていた先祖伝来の曲刀が折られてしまった事もあり、ありがたく主力武器として使う事にしたようだ。今までは片手剣だったのが、今度のは片手でも両手でも使える打刀だから、それに慣れるための練習を繰り広げている最中だ。
クリスは、速度を生かした軽戦士的な戦い方で、戦闘の属性が似ている事から、アマ姉から手ほどきを受けていた。ただ、彼女の必殺技は、私と同様のデタラメな魔力容量が前提となっているため、非魔法職の人並み程度しかないクリスでは、流用できるものはそれほど無かったようだ。それでも、やはり実戦――暗殺だけど――を背景にしたアマ姉の教えは、なかなか他では得られない貴重な物だったらしい。
マリアは、過ごし方は事件の発生前後で殆ど変わっていなかったかな? つまり、鋼鉄製のプレートアーマーを身にまとい、至高神の神官として街の巡回を続けていた。流石にそこそこ名が売れたから、彼女に喧嘩を売るような馬鹿はめっきり居なくなってたけどね。その代わり、走って逃げられると追いつけないと言う問題も、有名になってしまっていたようで、ひらひら逃げる盗賊を、ガションガション追いかける姿が偶に見られていたかな。
◇ ◇ ◇
そういえば、私自身は元々冒険者になりたい理由は、行方不明だった姉を探す事だった。でもこれ、冒険者になる前に解決しちゃったのよね。
次の目標はまだ決めてないけど、冒険者になるにはまだ少し猶予がある……というか、年季が明けるまでは、冒険者になれないから、それまでに決められればいいかな、とは思ってる。
――とか考えているうちに、手打ちの鐘を鳴らしながら、船員さんが間もなく入港すると言う事を叫んで回っていた。
その声を耳にした私と他の皆が船首方向を眺めると、そこには城壁内外にまで広がった巨大な市街地と、それを見下ろす丘に築かれた王城で構成された、王都が一面に広がっていた。
さあ、私たちの新しい冒険が、今始まる!
今後の展開についてご案内させていただきます。
まず、次回作を近日中に公開する予定です。
ただ、候補が以下の3点(タイトルはいずれも仮題です)ありまして、どれで進めるか決めかねている状態です。
・フライブルクの魔女 ~最強魔女が旅をすると何故か規格外のボスが出てきます~
(王都に行ってからの話です。女の子パーティで普通の?チート冒険者をする話です。次で書かなくても、いずれ書きたいと考えています)
https://ncode.syosetu.com/n5847gf/
・最強賢者はハーレムパーティを率いて60日以内に魔王城を目指すようです。
(チート賢者と、女の子3人のパーティで、魔王城を目指して進撃する話です)
https://ncode.syosetu.com/n9992ge/
・バージン魔王が婿捜ししていたら、ついでに世界を征服してしまいそうです!
(召喚された魔王が、世界を旅したり征服したり婿捜ししたりする話です)
https://ncode.syosetu.com/n0543gn/
ついては、冒頭数話によるパイロット版を公開し、その反応を見て、本命を決めたいと考えています。
パイロット版は当初、2月中の公開を予定していましたが、本編がずれ込んだため、おそらく3月中の公開になると思われます。
※2020/9/22 追記:パイロット版が各5万文字程度になってしまい、執筆に各2ヶ月半程度を要してしまいました。3本揃うのは年内くらいと思われます。
そして、本命が決まった後、本命本編の執筆を開始します。
本命の公開は10万文字程度の書き溜めを待ってからにするため、4ヶ月~6ヶ月程度要する見込みです。
ただ、その際には、しっかり予算をかけてプロあるいはセミプロ級のイラストを掲載したりしたいと考えています。
パイロット版及び、本命の公開時には、この小説を使って何らかの発表を行う予定です。
そのため、この小説に対するブックマークを維持していただけると嬉しいです。
(作者を「お気に入りに登録」でも、新作公開時に通知が行きます)
この小説では、色々改善すべき点が見つかっています。次回作では、見つかった問題点をできる限り改善してお送りしたいと考えておりますので、次作以降もお付き合いいただければ幸いです。
また、この小説に関する質問・感想等ございましたら、ご遠慮なくお寄せ下さい。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。
※2020/5/18 追記:パイロット版ですが、やり過ぎてしまって全体が後ろにずれ込んでいます。現在、非公開で進めていますので、直リンクを記載しておきます。また、進行状態は活動報告の方で随時入れさせて頂いておりますので、興味がある方は是非そちらを参照いただければと思います。