117.大団円(後編)
変な時間で失礼します。次回はいつもの13時過ぎにしたいと思います。
次回は2月13日に掲載予定です。ただ、これから書き始めるので、数日遅れるかも知れません。16日までには上げられると思います。
私は公安としてのアマリエを行方不明にするべく、ラシードのアジトであった山砦めがけて魔導砲をぶっ放した。ところが予想を超えたとんでもない破壊力となってしまい、山砦があった山ごと破壊してしまったのだった。
「警備部の人たちとか、巻き込んでない、よね? とりあえず、探しに行ってみるしか無いか」
余りにヒドい結果に私は少しの間、遠い目をしてしまう。ただ、すぐに気を取り直して鞄の中から杖を取りだし、再び飛行を開始した。
まずは土石流がどこまで行ったか確認しようと、流れていった方向に向かって下っていく。と、その土石流が流れていった脇の斜面で、立ち往生している十数人の武装集団を見つけた。
私の姿を見つけると、先頭の一人が大きく手を振ってきた。私は、その姿に見覚えがある事に気がつく。
「アーサー……さん?」
どうも、フライブルク警備部のアーサーさんのようだ。と言う事は、これはマリアにお願いしていた警備隊の一行か!
私は早速手を振り返し、アーサーさんの方に向かって降下していった。いつものように、着地寸前にぐいっと杖を持ち上げ、若干滑り込むような形で接地する。
「こんにちは、アーサーさん!」
「やあ、ハニーマスタードさん、それとも、アニーくんと呼べばいいのかな?」
正体をバラした時、アーサーさん以下警備隊の面々は本部で籠城戦していたから、直接は見ていないはず。でも、この反応を見ると、マリアを通して私の正体は伝わっているのかな? ともあれ、私は軽く肩をすくめて返答した。
「どちらでも。でも、ま、今の格好はハニーマスタードだから、ハニーマスタードの方が自然かな?」
「それでは、ハニーマスタードさんと呼ばせていただく事にしましょう。我々は、本件の責任者であるラシード公安部長が、こちらに逃げて行ったと聞いて向かっていたのですが、これは……一体、何があったんですか?」
アーサーさんは目の前に広がる土石流が流れた跡を見つめている。どうも、彼らの目の前ギリギリを流れていったようだ。もう少しタイミングが遅かったら、直撃して全滅していたかも。あ、危なかった……
「えーと、ですね……良い話と悪い話があるんですが、どうしましょう?」
「そうだね……とりあえず、良い話から伺いましょう」
「わっかりましたぁ!」
私は、かくかくしかじかと、ラシードと教団の残存戦力が全滅した事を説明した。もちろん、アマリエについては、ツッコミを避けるために敢えて触れず、教団は全滅した、と言う表現に留めている。正直、嘘をつくのは苦手だし。嘘を見抜くプロであるアーサーさんに対しては、特に、ね。
「ふむ……なるほど」
「で、山砦ではこんな書類が回収できました。これで組織の実体を解明する事ができそうですよ」
私は、アマリエから貰った書類を鞄から取り出して、アーサーさんに手渡した。彼はそれをぺらぺらとめくって中身を確認する。
「ほう、これはいい物ですね。助かります」
「で、次は悪い方の話なんですが……」
「――伺いましょう?」
書類を読んでいたアーサーさん、ちらりと私の方に視線を上げた。
「その、彼らがアジトとしていたこの先の砦なんですが」
と言って私は視線を山の上、つまり、土石流が流れてきた方角に向ける。
「こんな不吉な山砦は、壊してしまおうと攻撃魔法を撃ち込んだら、山ごと吹っ飛んでしまいましたぁ。あはははははは……土石流、当たらなくて、良かったですね!」
「な……こ、これはあなたの攻撃魔法の結果、と言う事ですか?」
流石にアーサーさんは驚きで目を見開き、他の警備隊の面々もどよめきの声を上げている。ちなみにマリアは動じてない。彼女も魔導砲そのものは、まだ見てないはずなんだけど……
「はい。山砦はそれはもう綺麗さっぱり無くなってしまいました。――と、言う訳でぇ。ハニーマスタード、最後の作戦はこれにて終了、ですっ!」
私は、アーサーさんに向かってビシっと敬礼した。
「おや、最後とは……つまり、辞められる、と言う事ですか?」
「ええ、正体、バレてしまいましたし。変身する正義の味方は、正体が公になったら、そこで辞めるものですから」
アーサーさん、腕を組んで考え込む。
「それは困りますね……」
「いや、困ると言われても、これはあくまで、私的な趣味の活動ですから」
「何かあれば神出鬼没に出てきて、法の枠を少々超えてでも正義を貫くあなたの存在は、市民の意識にも好影響を与えているんですよ」
「ネタバレした変装を繰り返すと言うのもイタいでしょ?」
引き留めようとするアーサーさんに、あくまで辞める事を主張する私。
「どうあっても続けてはいただけませんか……?」
アーサーさんは、腕を組んでしばらく考え込んでいたが、何か思いついたらしく、一つ手を叩いた。
「そうだ! ハニーマスタードさんには、いくつか貸し、ありませんでしたか?」
「うっ……」
図星を指されて、気圧される私。確かに以前、「これは貸しですよ?」となった事は何回かあった。バフォメットを倒してアジトを吹っ飛ばしたので十分返済できてると思うけど、アーサーさんに返した訳じゃないからなぁ……
「せめて、活動休止されるのであれば、貸しを精算してからにしませんか? "正義の味方"としては、ね?」
「ぐむむ……」
「なに、長い間ではありません。ハニーマスタードさんの引退に備えた体制を整えるまで……そうですね、三ヶ月ほどいただければ。――いかがです?」
私は頭を抱えて考え込んだ末に……同意するしかなかった。
「わーかーりーまーしーたー! 卒業するまでですからねっ!」
アーサーさんは、晴れ晴れとした顔で感謝の言葉を告げたのだった。
「ご協力、感謝します。なに、警備部としては、ハニーマスタードの正体は知らない事にしておきますから」
この、腹黒め!
◇ ◇ ◇
一ヶ月後。
要石の撤去及び魔族による損害の修復も終わり、フライブルクはおおむね日常の光景を取り戻していた。
さすがに、魔導砲によって粉砕された正門は、未だ工事中であって足場が掛けられた状態ではあるが。
季節も冬から春に移り変わり、中央通りもフライブルク市民、そして外部からの商人、旅人などでごった返していた。
突然、その雑踏の中から、下卑た男の声が上がる。
「おいおい、人に怪我させておいて、何も無しってのは無いんじゃねーのかぁ!」
「あ痛ててててて……骨が折れたかも知れねーぞぉ」
「こりゃ痛そうだぁ! そうだなぁ、慰謝料代わりにその荷物、置いていってもらおうかぁ!」
絡んでいるのは薄汚い服装の、いかにもならず者と言った風体の男が二人。そして絡まれているのは、田舎から出てきたばかりのように見える、行商人の中年男性だった。
雑踏の中だったが、あっと言う間に、彼らを中心に空間ができる。周辺には野次馬の群衆がひしめいて、事の成り行きを見守っていた。
「そ、そんな……これを持って行かれたら、生活が!」
「そんな事ぁ、知らねぇなぁ?」
「怪我したら慰謝料払うのが普通じゃねーかぁ?」
どうみてもカツアゲの光景なのだが、なぜか、彼らを囲んだ群衆は、何かを期待しているかのようにニヤニヤしている。
その光景を野次馬の少し後ろで見ていた、若い冒険者風の男性が、不審そうに左右を見回していた。
「お、おい、誰も衛兵とか呼びに行かないのか!?」
隣の大工のおっちゃんが、笑いながらその男に話しかける。
「坊主、フライブルクは初めてか? まあ見てな。すぐに面白い事が始まるから」
「面白い事ぉ!?」
と、そこに、どこからかリュートによる威勢の良い演奏が響き渡った。
「ほら、来たぜぇ!」
大工のおっちゃんは笑みを浮かべて両手の平をバンと打ち合わせた。周囲の野次馬も、指笛を鳴らしたり、「キタぁっ!」とか叫んだりしている。
「な、なんだ、この音楽は!?」
「どこから聞こえてるんだぁ!?」
「これは……?」
ならず者や行商人は、何がなんだか分からず、キョロキョロしている。もちろん、冒険者の男も、これが何の合図なのかさっぱり分かっていなかった。
「あいつ等もフライブルクは初めてのようだな。知らんのか? この街には正義の味方が出てくるのよ」
「正義の……味方……?」
変なことを言い出す大工に、冒険者は首を傾げながら問い返す。
「おうよ。こんなトラブルがあったら口を突っ込んでくるお嬢ちゃんさ。空を飛ぶわ山は壊すわ、強いぜぇ?」
そこに、上の方から女の子の声が響き渡った。
「この美しい街の治安を乱す愚か者よ、天の裁きを受けるが良い!」
声に気づいた冒険者とならず者が見上げると、そこには一人の少女が腕を組んで仁王立ちになり、ならず者を鋭い目つきで睨んでいた。少女はピンクと白のエプロンドレスに、同じくピンクのベレー帽をかぶり、金髪碧眼、さらさらストレートヘアをなびかせている。
そして、群衆から「よっ、待ってました!」とか「正義の鉄槌、一丁頼むぜ!」とか口々に声を掛けられていた。
屋根の上にいた少女――もちろん、ハニーマスタードその人――は、ジャンプして膝を抱えてくるくる回転、そして綺麗に両足を揃えて着地する。そして、人差し指でならず者を指さしながら決め台詞を一発決めたのだった。
「魔法少女ハニーマスタード、ここに参上! 今日のわたしはぴりりと辛いわよ!」
次回予告。
教団の事件から三ヶ月ほど過ぎた頃。私は冒険者学校を卒業し、王都に向かう定期便に乗船していた。そこで、今まで出会った人達の近況について、思いを馳せていく。
次回、「エピローグ」お楽しみに!