116.大団円(中編)
予約投稿まで済ませていたのですが、オチに納得が行かなかったため、急遽延期させていただきました。それに伴って文章が更に増量、中編後編に分割してしまいました。
次回は、今晩あるいは明日2月9日に掲載予定です。
私とアマリエは、山砦の地下道から地上に向かって戻ろうとしていた。
その途中で、アマリエが私たちには"死ねない"と言う属性があるなんて事を言い出していたのだった。
「え、死ねないの!? なにそれ?」
突然の発言に、私は驚きの声を上げる。
「正確には、自動蘇生、ね。死ぬほどのダメージを受けると、勝手に蘇生と再生が発動するのよ」
「そんな事、あり得るの!?」
私の勢い込んだ質問に、アマリエは小さく頬を緩めた。
「ええ、あなたは既に体験しているわよ?」
「え……まさか……」
アマリエは、地上に向かって再び歩み始めた。そして私に背中を見せながらとんでもない事を言い放つ。
「最初にナイトシェードとして出会ったとき、あなたを殺しちゃったのよね」
やっぱりあのとき、私は死んでたんだ……うえぇ。
私は渋い顔をしながらアマリエの後ろを歩き始める。
「まあ、だからこそ、あなたが妹だって言う事が分かったのだけれど。不幸中の幸いって所かしらね?」
「殺された方の身にもなって欲しいんだけど……」
正直、自分自身が常人離れしているのは自覚していたけど、死ねないってのはまた強烈な属性だ。ただ、そもそもの所に疑問を覚えた私は、アマリエにそれをぶつけてみる事にした。
「でも、なんで、私たちにそんな属性が?」
「私も何故かは分かってないの。両親が関係しているのかも知れないけれど、私も両親については全然、覚えていないわ」
私の疑問に、アマリエは肩をすくめるばかり。
「でも、一つだけ、ヒントがあるのよ」
「ヒント?」
「あなたは覚えていないと思うけど、私たち姉妹には、それぞれ真の名前を持っているのよね」
聞き慣れない表現に私は首を傾げる。
「真の……名前?」
「ええ。アマリエ、アニー、アレックスは、あくまで普段使いの通称の名前」
アマリエは一呼吸置いて、言葉を続けた。
「私は、アムリタ、あなたはアンブロシア、そしてアレックスはアレクサンドラ」
「アンブロシア……?」
「私は、神々の飲み物、あなたは神々の食べ物、そしてアレックスは、神々の身を護る素材、アレクサンドライトから取られているの。いずれも、神話で不死性が謳われている名前よ」
余りにもとんでもない話に、ついて行きかねた私は、冗談交じりに軽口を聞いてみた。
「わたし達のお父さんお母さん、実は神様って事はないよね?」
「私たちが神の子と言う事? そんなの自称したら、教会が怒ってきそうね」
アマリエは微笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「ともあれ、正解は分からないわ。あとは、ホムンクルスとかではない事を祈るしか無いわね。ま、仮にそうだったとしても、私たちは確かに自由意思を持って生きているわけだから、何者なのかは大した問題ではないのかも知れないけれど」
丁度そこで地下道が終わり、地上に戻る階段にたどり着いた。私たちは無言で地上に上がり、勝手口を開けて外に出る。
「やっぱり青空の下の方が気持ちいいわ。まだ寒いのはイヤだけれどね」
アマリエはまぶしさに目を細めつつも、大きく背伸びをしている。
「私から持ち出しておいて言うのも何だけど、不死の事は、こんな事もあるとだけ、覚えておけばいいと思うわ。当てにしすぎは禁物よ」
私は苦笑しながら肩をすくめて同意する。
確かに、不死だからと言って、痛くないわけじゃないし、そもそも死んだ前後は無抵抗になるから、蘇生死亡が繰り返される恐れもあるよね。
「そうだ、これを渡しておくわ」
と、アマリエは何か思いついたかのように、懐に手を突っ込んだ。そして、そこそこ分厚い書類の束を取り出して私に差し出してくる。
「これは?」
「この教団の活動を記した記録よ。教団が誰を殺してきたのか、誰の支援を受けてきたのかが分かるわ。私を死んだ事にするのであれば、貴方が見つけた事にするといいわ。警備部に渡せば、捜査の役に立つ筈よ」
「あ、ありがとう」
とりあえず礼を言って、鞄にしまっておく。
「それじゃ、私はそろそろ行くわね。シュタインブルク村の領主館に向かえばいいのね?」
「来てくれるの?」
「ええ、とりあえずは、ね。アレックスともお話ししたいし」
アマリエは厩舎に向かい、一頭の馬を引き出してきた。首筋をポンポンと叩いてから、ひょいっと鞍に跨がっていく。
「少ししたら、ここを吹き飛ばすから、なるべく早めにここを離れてね」
「分かったわ。それじゃ、領主館で。私が先についたら、あなたの名前を出せばいいわね?」
「うん。絶対来てね!?」
私の声に、アマリエは右手を挙げて返事しながら去って行った。
◇ ◇ ◇
アマリエが去って行った後、私はぶらぶらしながら時間を潰していた。アマリエが充分離れる前に魔法をぶっ放して、彼女を巻き込むわけにも行かないからね。
「そろそろ、いいかな? 余り粘って警備部の人達や盗賊ギルドの連中が近づきすぎると、吹き飛ばせなくなるし」
私は頃合いを見て、杖に跨がって離陸した。
そして、砦から離れる方向に進んでいき、高度を上げていく。なにしろ、地上に当たるような射線で放つのは初めての経験だから、どの程度の"お釣り"が来るか分からない。自分が撃った魔法に巻き込まれるなんて間抜けな目には遭いたくないもんね。
数分後、そろそろ大丈夫かなと思われる距離まで離れた私は、空中で静止し、乗っていた杖を鞄にしまい込んだ。
次に、一つ息を吐いて精神を集中させ、魔法の詠唱を開始する。
「"ここに在りしマナの力よ、その力、呼び出しに応じ、我が眼前にその姿を現せ"――魔力励起環」
私の目の前に、一つ目の魔法陣が形成される。そして、蛍火のような光の瞬きがわき起こり、魔法陣の中央に向かって次第に集まってきている。
次いで私は、二段階目の魔法の詠唱を開始した。
「"ここに集いしマナの力よ、その力、共に響き、共に奏で、その鎖に連なる理の力を高めよ"――魔力共鳴環」
最初のものと同規模の魔法陣が、魔力が集中しつつある薬室を挟み込むように形成される。
「薬室内圧力上昇。エネルギー充填70%、80%、90%……」
目の前で魔法陣に挟まれた空間はエネルギーに満たされ、目も眩むような強烈な光を放ち始めた。
そして私は、最後の魔法の詠唱を開始する。
「"ここに高まりしマナの力よ、その力、在るべき場所に留め、在るべき場所に流れ、在るべき場所に放たん"――魔力誘導環」
今度は二つの魔法陣の間に、三つ目の魔法陣が出現した。
「エネルギー充填120%、狙点固定。――発射10秒前。9、8、7、……3、2、1。魔導砲、発射!」
発射の号令と共に光球は自己崩壊を起こし、一気に小さく縮んでいく。そして一拍おいた次の瞬間、光球から青白く輝くエネルギーの奔流が吹き出していった。奔流は螺旋状に旋回を始めて収束し、一直線にひた走っていく。
「行っけぇぇぇぇっ!」
光の奔流は狙い通りに山砦の中心部に着弾した。着弾点に小さい土煙がわき起こったが、光はそのまま地中に吸い込まれているように見える。
「うーん、思ったより、地味? 地面相手じゃどうにもならないのかな」
と、思ったのもつかの間、山砦の地面がぐらりと揺れた。
山砦どころか、周辺の山肌までが、地鳴りのような重低音と共にぐにゃぐにゃと揺れ動き始める。そして、そこかしこで地割れが走り、そこからエネルギーの残滓や土煙が吹き出し始めた。
「ほわあああああああぁ」
少し経つと、大きく広がった土煙で、砦とその周辺までもが全く見えなくなってしまった。それからしばらくの間、エネルギーが吹き出しているのか、煙の中のいろいろな場所でぴかりぴかりと閃光が見えている。
「これは……街中で下に向けなくて良かった……」
しばらく待って土煙が晴れると、そこにあったはずの山砦は完全に消失してしまっていた。
それどころか、山砦があった場所を中心に、山体そのものが見事に崩壊しており、土砂が斜面に沿って下の方に崩れ落ちていた。ただ、複雑な地形が幸いして、人家や山道にまでは届いていないようだ。
「警備部の人たちとか、巻き込んでない、よね? とりあえず、探しに行ってみるしか無いか」