115.大団円(前編)
申し訳ありませんが、更に増量してしまいました。なんと1万文字近くになってしまったため、前後編に分割させていただきました。
後編は本日中掲載を目指していましたが、ぎりぎりで終わりませんでした。まずは明日2月7日掲載を目指します。
私たち姉妹の敵であるラシードは、暗殺者どもを足止めに残して、ホールから逃げ出してしまった。
残された暗殺者達は、改めて剣を構えてこちらを包囲している。ただ、私たちを攻撃しようと言う意思はあまり感じられない。
目的が足止めに変わった以上、無理に攻撃を仕掛けて返り討ちを食らうリスクを負うよりは、一定の間隔を保った方が確実なんだろう。
とはいえ、このまま足止めを食っているわけにはいかない。ラシードに逃げられたのでは、またこんな組織が作られて、手下を揃えるために村が襲撃されて、私たちのような悲劇が再生産されてしまう。
彼らの包囲を突破する方法を考え始めていたところで、アマリエが変わらず視線を周囲に配りながら、小さな声で囁きかけてきた。
「アニー、範囲の広い攻撃魔法はある?」
範囲の広い攻撃魔法? つまり、この部屋くらいの大きさを一網打尽にできて、火事とか起こさないもの。ブレス系はそんなに広がらないからダメで、炎、爆発系は火事になるからNG、と。うーん……あ、アレなら行けるかな? 攻撃力も申し分ないし、壁とか焦げるかも知れないけど炎上までは行かないと思う。
私は少し考えてから、ラシードが通っていった扉にほど近い部屋の角を示しながらアマリエに返答した。
「うーん、そこの角に陣取れれば、一網打尽にできるかな」
「分かった。今からその角の4人を倒すから、残りをよろしく。私はラシードを追いかけるわ」
「オッケー」
私たちの声が聞こえたのだろう、目の前の4人があからさまに攻撃を警戒する態勢を取る。そして、それ以外の暗殺者達は、隙あらば攻撃をしかける体勢になっていた。
「"瞬歩"!」
アマリエが小さくつぶやくと、その姿が一瞬のうちにかき消えて見えた。次の瞬間、一人の暗殺者の斜め後ろに出現、そしてまた消えていく。
うーん、原理としては、マナを使って身体能力を強化する技、私たちが呼んでいる所のいわゆる"必殺技"のようだ。動きそのものはクリスがマスターしている"縮地"に近いかな? ただ、クリスには悪いんだけど、正直言って、アマリエの動きは遙かに洗練されていて、踊るように美しい。コマ送りのように一瞬姿が見えるものの、次の瞬間にはその場からかき消えて、別の場所に現れていると言った具合だ。
こうして一瞬の間に4人の暗殺者の脇をすり抜けたアマリエは、そのまま扉を抜けてラシードを追いかけていった。そして、アマリエの攻撃を受けた暗殺者達は……次の瞬間、首から血を吹き出しながら、人形の操り糸が切れたように、次々とその場に倒れ伏していったのだった。
よし、これで包囲網の一角が崩れた! 幾ら綺麗でも、見とれてる暇なんかない。もちろん私は、この穴を利用すべく行動を開始する。
「やッ!」
修めている武術の技の一つ、長距離を跳躍して突っ込んでいく"箭疾歩"を使い、私はワンステップで部屋の角に飛び込んでいった。結構な速度の跳躍だったけど、前に出した右の手の平で迫る壁を支えて衝撃を緩和する。そして、壁に達する同時に、くるりと振り向いて暗殺者どもの方に向き直った。
目の前には生き残りの暗殺者が10人。私に向かって突っ込んで来ようとしていた。私は予定していた攻撃魔法の詠唱を開始する。
「"マナよ、万物を滅する災厄の雷光となりて、我が前の総ての者に等しく降りかからん"」
暗殺者達は一網打尽になるのを避けるべく、極力散開して私の方に迫ってきていた。でも残念、この魔法の攻撃範囲は充分広いのだ!
「――雷撃嵐!」
力の言葉と同時に魔法は発動し、私の目の前に出現した魔法陣から、"雷撃"と同等の威力を持つ雷撃が、何本も角度を変えて次々と射出されていく。その範囲は非常に広いため、ホールは逃げ場無く雷撃の嵐に覆われていった。
「これで、よし、と。やっぱ人間相手に"雷撃"は、ちょーっとえげつないかなぁ?」
十数秒後に雷撃の放射が終わった時には、最早立っている暗殺者は一人も無く、全員、半ば黒焦げになりながら打ち倒されていた。
「さ、お姉ちゃん?と、ラシードを追いかけないと!」
私は一つ手を叩くと、すぐに彼らを追いかけてホールから駆けだしていった。
◇ ◇ ◇
ラシードとアマリエが通っていった扉を抜けると、そこは階段室だった。外に出る勝手口と奥に進む扉と、そしてそれぞれ二階と地下に向かう階段が備えられている。
私は一瞬考えたが、地下に向かって進む事に決めた。
勝手口と奥に進む扉は閉じられていたから、とりあえず、パス。ラシードとアマリエが通ったのだったら、そこは開きっぱなしだろうからね。
二階は、上がったかどうかは分からないけど、二階から飛び降りる位なら、普通は勝手口を使うだろう。なのでパス。
でまあ、地下に降りる階段が最後に残ったんだけど、何より、その先にある扉が開いていて、暗い地下道が見えていた、と言うのが決め手かな。
地下に入る前に、万一のトラップや逆襲に備えて、私は"夜目"の魔法をかけておくことにした。
「"マナよ、闇を見通す視力を我にもたらせ"――夜目」
そして、私は慎重に地下道に足を踏み入れていく。
地下道の壁面は石レンガで組まれていて、その道はひたすら真っ直ぐ続いていた。見る限り、途中で分かれ道や部屋は存在していないようだ。そして、地下道に進入した途端に、奥の方からなにやら喋る声と、剣を打ち合わせるような金属音が聞こえて来た。
(アマリエとラシードが戦ってる!? 急がなきゃ!)
私は、地下道の奥を目指して、なるべく足音を立てないように気を配りながら、小走りに走り始めた。
地下道は最初こそ少し下りだったものの、あとはほぼ水平に進んでいた。砦そのものが斜面に建っているから、水平に進むだけで事実上地下深く進んでいく事になるんだろう。
(この手の脱出用通路なら、足止め用の仕掛けがあってしかるべきだと思うんだけど……)
私はキョロキョロ見回してはみるが、悲しいかな斥候のスキルは全く持っていないから、その壁面や床に何か仕掛けがあるのかどうか、さっぱり分からない。
魔法的な仕掛けなら、"魔法検知"なりで分かるんだろうけど、機械的な仕掛けには無力なんだよね。
匍匐前進しながらとかなら、トリップワイヤーとかが仕掛けられていても気がつくのかも知れないけど、そんな事してたら、いつ到着するか分からない。
(何も仕掛けられてない! たぶん!)
私は何も仕掛けが無い事を願いながら、急いで走り抜けていった。
◇ ◇ ◇
幸いにも、トラップ等に引っかかる事無く、私は地下道の終端にたどり着く事ができた。そこは壁と同様の石レンガで壁ができており、中央に木の扉が置かれていた。その扉は半開きになっていて、中からゆらゆらとした明かりが漏れ出ていた。ただ、気がつくと、もう物音はしなくなっていた。
私は、戸口からそっと中をのぞき見る。
中は広い空間となっていた。壁には松明が置かれており、ゆらゆらとした明かりを放っている。
奥にはバフォメットを模した巨大な石像が置かれており、中央にはクリスナイフを右手に下げたアマリエが、無言で立ち尽くしていた。その足下には誰か人影が倒れ伏している。ま、どう考えてもラシードなんだろうけど。
私がアマリエに背後から声を掛けようと口を開いた瞬間に、アマリエが向こうを向いたまま、私に声を掛けてきた。
「あら、アニー? もう来たのね」
そして、こちらをゆっくりと振り向いてくる。その表情は、何故かあまり晴れていない。
「あ、うん。ラシードは?」
「ここよ」
私の質問に、アマリエはつま先で足下の人影を軽く蹴飛ばした。もう死んでいるんだろう。微動だにしていない。
「これで、全部終わったの?」
「ええ、これで全部おしまい」
「その割には、あんまりすっきりした感じに見えないけど……」
私の質問に、アマリエは力なく苦笑している。
「今までの恨み辛みを全部まとめて、思う存分ラシードにぶつけるつもりだったのに、一回軽く斬っただけで、毒であっさりあの世行きよ。毒を塗っていない武器を用意しておくべきだったわ。全く、消化不良としか言いようがないわね」
「まあ、死んじゃったものは仕方ないよね……」
私も、肩をすくめて同意するしかない。ともあれ、総て解決したとなると、もう身分を偽ったり、身を隠したりする必要はない。私は、今後についてアマリエに聞いてみる事にした。
「それで、これからどうするの?」
「そうね……どうしようかしらね?」
アマリエは、ククリナイフを鞘に納めながら私の質問を聞き、ゆっくりと首を巡らせた。
「わたしとアレックス、リチャードさんって人にお世話になっているんだけど、一緒に暮らさない?」
私の提案を聞いたアマリエ、微笑みを返してくる。
「ええ、知っているわ。シュタインベルグ村の錬金術師リチャード。ちょっと変わり者だけど、保護した子達を大事に育てているとか?」
そして、ふと気がついたように周囲を見渡した。
「とりあえず、外に出て話さない?」
「そうだね……」
もちろん私は同意する。足下にはラシードの死体が転がってるし、バフォメットの石像はあるし、壁の松明しかないからやたら暗いし。ま、"夜目"は効いてるけど……ともあれ、あんまり未来の話をする場所じゃないよね。
◇ ◇ ◇
私は鞄から出したランタンの灯心に、"照明"で明かりをつけた。これで暗い地下道も難なく歩く事ができるだろう。
二人並んで、地上に向かって歩き始めた時、アマリエが静かに口を開いた。
「それで、これから、なんだけど……残念だけど、どこか遠くで身を隠すしかないわね」
「え、せっかく片付いたのに?」
「ナイトシェードとしては、正直言って絞首刑何回分も暗殺を繰り返してきたし、公安のアマリエが暗殺者ナイトシェードだと言うのは、すぐに分かる事。ここで私の死体が出ないと、やっぱり疑われると思うわ」
私は人差し指を顎の下にやって、少し考える。死体が出ないと疑われる……と言う事は、死体が出なくてもおかしくない状況を作り出せばいい訳で。
「うーん……じゃ、この辺を崩して、死体ごと行方不明っていうのは?」
「通路を崩した程度だと、発掘調査が入るのは間違いないわ。それに、私の手持ちの爆薬、地下水道で使い切ってしまっているのよ」
「大丈夫、わたしに任せて! バフォメットを屠った魔法を使ったら、この程度の砦ならぶっ壊せると思うから! たぶん!」
元気よく胸を叩く私を、アマリエは驚きの表情で見つめてきた。
「バフォメットを屠った……? え、倒したの、あれを?」
「まあ、色々あって、皆の協力があったからだけど。でも、わたしがなんとかできるって思ったから、ああやってわたしの前にバフォメットを残していったんじゃないの?」
普通はあんなの相手にしたら死ぬし。アマリエは私が妹だと既に知っていたんだから、死ぬような相手を差し向けない……と思うんだけど。
「私が狙っていたのは、時間切れでバフォメット……シャイロックの身体が崩壊するのを待てばいいと思っていたの。フライブルクは壊滅してしまうかも知れないけれど、あなたは必ず生き残るから」
「時間切れ狙いって……最短でも一日は必要でしょ? グレーターデーモンの群れまで召喚してたし、あんなの相手にそんな長時間生き残れないよ!」
私が口を尖らせて抗議すると、アマリエはきょとんとした顔をする。
「そうか、あなたはまだ知らないのね」
「知らないって、何を?」
「あなたは、自分自身に無尽蔵な魔力がある事は知っているわね? そして、毒が効かない事も」
毒に関しては、これまで食らった事が無かったから知らなかったけど、暗殺者達の反応を見ると、どうも、そうみたいね。
「うん、毒はさっき聞いた」
「もう一つ、私たちには共通した属性があるの」
アマリエは立ち止まり、私の顔をじっと見詰めて言葉を続けた。
「それは……死ねない事」
次回は後編であるため、次回予告は割愛させていただきます。
正直言って、小説をきちんと終わらせるのは初めての経験ですが、こんなに難航するとは思いませんでした……ラシードと戦う案もありましたが、それやると更に3千~4千文字くらい増えそうだったので、泣く泣くカットしました……
ともあれ、次回をお楽しみに!