114.ラストダンス
当初、今回が最終回と告知していましたが、想定を遙かに超える分量となってしまいました。そのため、次回を最終回とさせて頂きたいと思います。
次回は2月6日に掲載予定です。今度こそ次回予告の変更は無いと思います。
私とアマリエは、悪魔崇拝教団のアジトである山砦のホールで、暗殺者どもに囲まれながら、互いに背中を預ける姿勢でそれぞれの正面の敵に向かって構えていた。
アマリエ……ナイトシェードの突然の裏切りに、ラシードは険しい目つきで私たちを睨み付けている。
「ナイトシェード、それは何の真似かね? よもや我々を裏切ろうと言うのでは無かろうな?」
「裏切り……? 私は誘拐されて強制されていただけ。味方だと思っていた事は一度も無いし、徹頭徹尾、貴方たちの敵よ?」
アマリエは「それに」と言って言葉を続ける。
「可愛い妹の味方をするのは当然のことじゃないかしら?」
へー、いもうと、ねぇ。いもうと、いもうと……妹ぉ!?
私はその「妹」と言う単語が耳から入り、頭の中でその意味を認識すると……驚きの余りアマリエの方へ勢いよく振り向いてしまった。
「え、アマリエってお姉ちゃんだったの?」
今度はアマリエの方が驚いた表情を見せている。視線はラシードや周囲の暗殺者どもから外していないようだけど、視界の端で私が自分の方を向いているのを捕らえたのか、一瞬こちらに目をやって鋭い声を上げた。
「敵に囲まれてるこの場面でよそ見しない!」
「あ、そだね、ごめん」
私は慌てて正面を向き、暗殺者どもが動き出したら即反応できるように注意を払った。そして、視線はそのままでアマリエに向かって話し始める。
「で、お姉ちゃんだってのは本当なの?」
「ちょっと待って、アニー。私があなたの姉だと言う確信があったからこそ、こんな無茶な真似をしたんじゃないの?」
アマリエの質問に、私は首をゆらゆら振りながら返答する。
「いや……わたしを殺すチャンスがあっても殺さなかったり、なんとなーく、味方してくれそうだな、って思って」
私の返答がお気に召さなかったのか、アマリエは小声でプウプウ怒り始めた。
「根拠が薄すぎ! 違ってたらどうするつもりだったの!? 無謀が過ぎる! それに第一、私だって分かるようにアマリエって名乗ったでしょう?」
「お姉ちゃんの名前、覚えてない……」
なにしろ、お姉ちゃんが誘拐されたのは私が4歳の頃で……お姉ちゃんの名前を示すようなものは何も残ってなかったし、私自身も、名前では呼んでいなかったから、全く覚えていなかった。
「教団の連中にバレるといけないから、あなたとは阿吽の呼吸でやってきたつもりなのに、まさか一方通行だったとは……」
「そこは、結果オーライって事で」
うーん、プウプウ怒ったり、ショックを受けているアマリエを見ると、なんて言うか、出鱈目に強い謎の人と言う印象を持っていたんだけど、ただの変な人のように思えてきたな。
◇ ◇ ◇
ぼそぼそ話している私たちを、変わらず苦虫を噛み潰したような表情で睨みつけていたラシードだったが、ついにその口を開いたのだった。
「漫才はその程度にして貰おうか。言ったはずだぞ? 我が意思に背いたとき、貴様には死にも勝る苦痛が襲いかかる、と」
そしてラシードは、腕を組んで重々しい口調でアマリエに向けて命令した。
「ナイトシェードよ、剣を捨てて我が前に跪け!」
そして沈黙が十数秒流れるが、もちろんアマリエも命令に応じないし、苦痛が襲いかかっている素振りも見せなかった。ラシードが吐き捨てるようにつぶやく。
「馬鹿な……何故だ!?」
それに対してアマリエは、嘲笑混じりに返している。
「"制約"、ね。あいにく私は魔法の抵抗力も高くてね。もともと掛かっていなかったみたいよ?」
「くっ……ええい、構わん! こやつ等を皆殺しにせよ!」
ラシードはイラついた表情のまま、手を大きく振って暗殺者共に命令を下したのだった。
「来るわよ、準備はいい?」
「もっちろぉん!」
私に対しては8人展開しているが、流石にスペースの問題から8人全員で私を攻撃する事はできない。左右の2人がまず私に向かって飛びかかってきているけど、残りの6人はそのまま待機しているようだ。
「"マナよ、小さき紫電となりて我が手より放たれん――電撃波」
私の両手に一つずつ魔法陣が生成され、そこから紫色の電撃が暗殺者共に向かって放たれていく。電撃は彼らの身体の周囲をパリパリと覆っていったが……彼らは一瞬立ち止まっただけで、そのまま襲いかかってきた。
「げ、マジで!?」
どうも、彼らの身体を覆っているチェインメイルが良い仕事をしてしまっているみたい。電撃は表面のみを流れてしまって、大したダメージを与える事はできなかったようだ。もっとも、肉の灼ける焦げ臭い匂いはしてるけどね。
そして彼らは、左右からほぼ同じタイミングで小剣を突き出してきた。
「なんのっ!」
私は少し先行している右側の突きに対して、その手首を右手で叩いて僅かに軌道をずらした。そして、その動作を生かして"頂肘"と呼ばれる肘打ちをカウンター気味に打ち込む。次いで左回りに半回転して相手の斜め後ろに回り、"靠"と言われる、肩から背中を使った体当たりで相手の体勢を崩していく。最後は両手の平による"双掌"で、もう一人の暗殺者の方に強く押し出して連続技の締めとしたのだった。
この連続技は長年練習して来たから、もう体が勝手に動くレベルになってしまってる。だから、口の中で小さく魔法を詠唱しながらでも、この連続技は使えるのだ。
「"マナよ、天空の怒り、稲妻となりて我が前の者どもを討ち倒せ――"」
打撃の連続技によって、相手が体勢を崩して二人重なったところで、力の言葉を発し、魔法を成立させる。
「雷撃!」
私の目の前に出現した魔法陣から飛び出した雷撃は、2人まとめて貫いて行き、反対側の壁に当たって弾け散った。
巨大なオーガすら一発で倒す強烈な一撃は、金属鎧があろうがなかろうが関係ない。雷撃が貫通した部分を黒焦げにして、暗殺者どもは2人まとめて吹き飛ばされたのだった。
◇ ◇ ◇
さて、2人倒してものんびりとはしてられない。
私の周囲に残っている6人の暗殺者たちは、私の攻撃の隙を狙ってか、右手を振りかぶって何かを同時に投げる仕草をしていた。
「投げ矢!?」
ツヤ消しで黒く塗られた手投げの矢が、私の方に向かって一斉に飛んで来ている。
私は肩から提げている革の鞄を振り回してはたき落とす……が、1本は頬をかすめて飛び去り、1本は肩口に刺さってしまった。
「あ痛ててて……もーぉ、避け損ねちゃったか」
「怪我したの、アニー!?」
私の台詞に、少し慌てた様子でアマリエが声を掛けてくる。ちなみに彼女の方は、襲いかかってきた暗殺者を2人、ククリナイフで首を飛ばしてあっさりと返り討ちにしていた。
「だいじょぶ、だいじょぶ、かすり傷かすり傷」
「"マナよ、傷つきし肉体が在るべき姿を取り戻す力となれ"――修復」
私は軽い口調で返しながら、さっさと回復魔法を使って傷を治していく。ま、単なる投げ矢だから、怪我そのものは大したものではない。
「くっくくくくく……」
そんな様子を見ていたラシードが、意味ありげな含み笑いを始めていた。
「我々が毒を常用する事を忘れたのかね? お嬢ちゃんはもう終わりだよ」
「え、あー、そういえばそうだっけ。解毒薬解毒薬……」
と、私は鞄に手を突っ込んで、いつぞや盗賊ギルドから貰った解毒薬を探し始めた。
「ふん、即効性の毒だ。効果が出始めてから解毒薬を飲んでも間に合わんぞ」
「そうなの? まだ効果出てないみたいだけど」
「なに?」
怪訝そうな顔をするラシードを横目に、アマリエが私に囁きかけてきた。
「アニー、無駄遣いはしなくていいのよ」
「へ?」
「あなたも私と同じく、毒は一切効かない身体よ。私と戦ったとき、何も起きなかったでしょ?」
「そういえば、そんな事もあったような……」
鞄から出した右手を顎の下にやって思い出す素振りをしている私を、ラシードは再び苦虫を噛み潰したような顔で見つめていた。しかし、途中で何事かを思い出したのか、一転してニヤニヤ下卑た笑いに表情を変えたのだった。
「そういえばお嬢ちゃんは、我々の手勢がここにしか残っていないと言っていたな」
「ええ、それがどうかしたの?」
「我々には各地で潜伏している潜入工作員が存在していてね。万一、我々がここで全滅したとしても、復讐の刃はお嬢ちゃんやお嬢ちゃんの家族、友人達に向かう事だろう」
予想外の状態に、私は思わず眉をしかめてしまう。私自身はともかく、リチャードさんやアレックス、フライブルクの友人達に暗殺者が向かう未来はぞっとしない。ラシードはそんな私を余裕を取り戻した目で見ながら、言葉を続けていた。
「当然だが、彼らは一般人に見えるように偽装している。食堂で食事をしていたら、毒が入れられるかもしれない。道行く人が背後から突然剣を突き立てて来るかも知れない。つまり、お嬢ちゃんにはもう安心して過ごせる時は無いと言う事だよ。くくくくくっ」
ラシードはそこまで喋ると、人差し指を一本立てて私の方に示してきた。
「そこで、だ。一つ取引をしよう」
「……?」
私は片方の眉を上げ、沈黙を以て返答する。ラシードはそれを拒絶ではないと受け取ったのか、説明の続きを始めた。
「このまま引き揚げて貰えれば、我々はお嬢ちゃん達とフライブルクから手を引こう。いかがかな? 悪い取引では無いと思うが」
「ナイトシェードの裏切りも気にしないと言う事? あと、これを受け入れた場合の、あんた達の利益は?」
私の質問に対して、ラシードは肩をすくめながら答える。
「正直、お嬢ちゃん達と我々の戦い方では相性が悪くてね。無駄に損害を増やしたくない。我々に面子などないからな。フライブルクに拘ってもおらんし、棲み分けできれば、お互いに幸せになれるだろう」
ふーむ……私自身が狙われるのはともかく、私以外の人達に被害が及ぶ事を考えると、これを受け入れるのも手ではあるかも知れない。
でも、当たり前だけど、ラシードは全っ然、信用できない。これで見逃したら、これ幸いと活動を再開するのは間違いないよねぇ? フライブルクには手を出さないと言っても、単なる口約束だし、そもそも、また魔神を呼び出されでもしたら、最悪、この世界の危機にもなり得るし。
私が視線を下げて考え込んでいる所で、アマリエが軽い口調で話しかけて来た。
「アニー、考える必要なんて無いわよ?」
私は「え?」と頭を上げてアマリエを視界に入れる。彼女も私が視界の端に入るように首を傾けているようだ。
「前提条件が間違っているって事。確かに、潜入工作員は存在していたわ」
そしてアマリエは、今度はラシードに視線を向けた。
「――ラシード。この名前を知っているかしら? フライブルクではアンジェラ、ロジャース、ザック。ニッサのダン、ショーン。マントンのレミー……」
最初は怪訝そうな顔をしていたラシードだったが、その名前の羅列を耳にしている内に、次第に驚愕に目を見開き始めた。
「ば、馬鹿な、その名は……」
「私が砦を出たのが3年前。それから今まで何もしないと思ってた? 彼らはとうに地面の下に潜っているわ。永遠に、ね」
「ぐうっ……」
ラシードは気圧されたかのように後ずさり、その身体が後ろの壁にぶつかってダンという音を立てた。その様子を見ながら、アマリエは冷ややかな口調で言葉を続けている。
「私が動いたと言う事は、もうすべての準備が整ったと言う事。任務達成率100%は伊達じゃ無いわ。今度は貴方たちがその恐ろしさを味わう時、ね」
「ええい、教団は私さえ残れば再興できる! お前達、此奴等をここで足止めするのだ!」
ラシードは荒々しく腕を振りながらそう言い残すと、踵を返して奥の扉から駆けだしていった。
逃げた……? ええい、逃がすもんか!
色々モロバレであったとは思いますが、ようやく生き別れの姉と遭遇する事ができました。ちなみにアニーの連続技は、崩撃雲身双虎掌、通称アキラスペシャルがベースになっています。アキラは雷撃撃ちませんけどね。
次回予告。
諸悪の根源を抹消すべく、そして、大事な人の未来のために、私は今再び、禁断の破壊魔法の詠唱を開始したのだった。
次回、フライブルクの魔法少女、今度こそ最終回「大団円」お楽しみに!