112.ハニーマスタード最後の出撃
次回は1月23日に掲載予定です。
最後の最後でバタついていて申し訳ありませんが、ストックがない状態が続いているため、次回予告の変更などが発生する可能性があります。
※2020/1/22 次回タイトル及び予告を「背中を預けられる者」に変更しました。
私は街壁の外、もうもうと黒煙を吹き出している地下水路の出口付近で、盗賊ギルドのスラッシュと話し込んでいた。
「おう、ハニーマスタードじゃないか!」
「あ、フレイムスロワー」
聞き覚えのある野太い声に、私は水路の方に視線を向けた。煤やら土埃やらを払い落としながら水路の奥から出てきたのは……スラッシュの相方、フレイムスロワーだった。そして私が完全に視界に入ったところで目を丸くしている。
「なんと、その顔は魔女様じゃないか! これは一杯食わされていたようだな!」
「あー、公開裁判でバラしちゃったからねー。周知の事実だよー?」
と、手をひらひらさせながら軽く答える。そんな私を、スラッシュはややジト目で眺めていた。
「あたしの時とテンション違わない?」
「だって流石に、二回も三回も同じテンションで宣言するのは、ねぇ?」
白々しく答える私に、スラッシュは眉間に指をやって軽く二三回頭を振った。
「まあいいわ。――ところで、その顔だとお嬢の友達って印象が強くて話しづらいのよ。ハニーマスタードに変えられないかしら?」
「うーん……まあ、いいけど? 減るもんじゃなし」
私はスラッシュの要望に応じて、服装に合わせて顔もハニーマスタードの格好に変えることにする。
「"マナよ、我が姿を我が望みのままに見せる幻となれ"――変装」
いつものように魔法を詠唱し、瞳の色を蒼色に、髪をストレートの金髪に変装した。人前では初めて見せる変装の魔法に、スラッシュやフレイムスロワーは勿論、他の盗賊ギルドの面々も目を丸くしているようだ。
「これでいい?」
「ええ、ありがとう。その方が話しやすいわ。ふーん、変装は魔法だったのね。便利なものね」
スラッシュはそう言うと、私の顔と髪をまじまじと観察した。
「こうして見てみると、顔そのものは変わってないのね。それだけ、瞳の色と髪型で、受ける印象が大きく変わるって事なのかしらね」
至近距離で顔を見たり、後ろに回り込んで髪をしげしげと見たりしている。お、落ち着かないなぁ。
そして、しばらく観察を続けたかと思うと、いきなり図星を指して来た。
「それにしても……その髪型、似ていると思ったら、お嬢の真似だったの?」
「むぐっ……だ、だって、クリスの髪の毛、綺麗だったんだもん……」
「ま、それは認めるわ。お嬢、おかみさん譲りの見事な髪なのよねぇ。ホント、羨ましい限りよ」
ひたすら続いていた脱線に、ついにフレイムスロワーが「ごほん」と一つ咳をしてから割り込んで来る。
「お前さんたち、そろそろ仕事の話をしてもよろしいか?」
「「あはははははは……ごめん」」
至極ごもっともな指摘に、私たちは笑って誤魔化して謝るしか無かったのだった。
◇ ◇ ◇
さて、私たちは気を取り直して、本来の話題に戻す事にした。
「引き留めてごめんなさいね。あなたもどこかに向かってたのよね?」
「あ、うん。でも、こっちも気になって寄ってきたから、良かったら状況は聞かせて欲しいかな?」
「あたしは別に構わないわよ。――という訳で、フレイムスロワー、お願い」
話を振られたフレイムスロワーは、力強く頷く。
「ああ、分かった。爆破された水路の中を調べてきたんだがな。ご丁寧に、総てのボートが水路に入ったところで入り口から出口まで一気に崩したようだ。こりゃ、間違いなく全滅だな。仮に石の直撃を受けなくても、溺死は免れん」
「仕掛けたのは、あなたを騙って送られた手紙の主、でしょうね。狙いは、公安を一掃する事、かしら?」
「乗ってたのは、本当に公安の人たちだったの?」
私の質問に、フレイムスロワーは腕を組みながら答えた。
「ああ、ボートに乗り込む所から監視していたからな。全員公安で間違いない。で、乗り込んだのは、手漕ぎのボートが4艘だ。1艘に9人乗っていたから、合計36人。公安の所属人数が確か40人だから、ま、ほぼほぼ壊滅と言った所だな」
「でも、なんでこんな水路なんか使って逃げ出してたのかしらね?」
「ああ、ずっとここで張っていたんだったら、知らないよね。実は――」
首を傾げる彼らに、私は公開裁判であった出来事、つまり、黒幕がラシード公安部長であり、彼がシャイロックさんにバフォメットを憑依させ、フライブルク総てを破壊し、市民を皆殺しにするよう命じた事、そしてそのバフォメットは、最終的に倒された事などを、手短に彼らに説明した。
「――そんな感じで、ラシード的には、手勢をすべて脱出させた上で、バフォメットによってフライブルク中の人たちを皆殺しにするつもりだったんだと思う」
「なるほど、その魔神は、フライブルクを壊滅させられるような力を持っていた、と言う事だったのね……」
と、言いかけて、スラッシュは驚きの声を上げる。
「って、ちょっと待って!? そんな化け物が倒されたって言う事なの?」
「うん。公安も一掃されたようだし、バフォメットは倒されたし、フライブルクの当面の危機は去ったと思うよ」
「そんな事、一体誰が、どうやって!?」
その疑問に、私はニヤリと笑ってサムアップした親指で自分を指さした。
「魔法の音、ここでも聞こえたんじゃない?」
「確かに、城門の方からもの凄い光が轟音と共に抜けていったけど……あれをあなたが?」
「まあねー」
と、白々しく答えておく。まあ、実際倒せたのはシャイロックさんの協力があればこそ、なんだけど。ややこしくなるから、そこまで説明しなくてもいいかな。
私の返答を聞いたスラッシュは、呆然として首を振るしかないようだった。
「ま、また、とんでもない守護神がいたものね。長年苦心して組み上げた作戦が、デタラメな力でひっくり返されてる事に関してだけは、ラシードに同情するわ」
スラッシュも盗賊ギルドの首脳陣の一人として、頑張って作戦を立ててた口だもんね。そんな悪さを私が見かけた時は、ブン殴って崩す事もあったから、そういう意味ではラシードと同じく、ハニーマスタードの被害者の一人なのかも知れない。
◇ ◇ ◇
「あ、わたしの方の事情も話しておくね」
話題が途切れたのを機に、私の方の事情も彼らに説明しておく事にした。
「さっき言った通り、バフォメットに命令を下した後、ラシードはどこかに逃げ出しちゃったのよ。公安にも退避命令を出したって事は、バフォメットがフライブルク市内を殲滅するのを、街を離れて待つつもりだったんだと思う」
「確かに、そう考えるのが自然ね。どこに行きそうか分かってる? 悪魔教団、この近郊にアジトがあるらしいんだけど、まだ詳しい位置までは分かってないのよ」
「うん。北北東の山中に教団の隠し砦がある、と言うのは聞いてる。たぶん、そこだと思う。その砦、地上からは接近する事すら難しいらしいんだけど、私にはこれがあるから」
と、右手で持っている杖に視線をやる。スラッシュは私の説明を聞いて「なるほど……」と、少し考え込むような仕草を見せた。そしてその直後、何か気がついたように声を上げる。
「でも、ちょっと待って。まさか、あなた一人で突っ込むつもりだったの? 公安部が壊滅したとは言え、教団に10人や20人の暗殺者が残っていても不思議じゃ無いのよ?」
「無謀な突撃をするつもりはないけどね。でも、バフォメットが倒されて、公安が壊滅したわけで、ラシードがこの事実に気づいたとしたら、逃げ出して遠くで潜伏する可能性が高いと思ってる」
「確かに、その見立ては正しいと思うわ。あたしでもそうすると思う。でも――そうね、30分、いや、20分待ってくれれば馬を出せるわ。あたし達も襲撃に加われるわよ?」
そしてスラッシュは、別の盗賊ギルドメンバーに目配せする。その男は一つ頷くと、街の方へ駆けだしていった。
「あら、心配してくれてるの?」
「今はまだ共闘中の筈よね? ま、それに、あなたが死んだらフライブルクがつまんなくなるし、お嬢の友達でもある訳だからね」
「スラッシュ、いちいち言い訳せずに、ハニーマスタードが好きだから、で、いいと思うぞ!」
フレイムスロワーが笑いながらスラッシュの背中をドンと叩いた。私もそれに乗っかって軽口を聞いてみる。
「えー、スラッシュって、そういう趣味だったの?」
「フレイムスロワー!? 誤解されるような言い方はよして! それとハニーマスタード! あたしはそういう趣味は全然無いんだからね!?」
「はいはい」
私は珍しく慌てているスラッシュの顔をニヤニヤしながら見詰めている。
「とにかく! あたしたちはすぐにあなたを追いかけるから、あなたはとっとと行っちゃいなさい!」
スラッシュは教団のアジトがある北北東を指差しながら、おそらく照れ隠しにだと思うけど、大きな声を上げたのだった。
◇ ◇ ◇
冗談はさておき、必要な情報は得られたし、早くラシードを殴りに行かなくちゃ。私は杖に跨がり、飛行のための二つの魔法を唱え始めた。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊」
「"マナよ、万物を引き寄せる力の源となりてここに現れよ"――重力子」
空中に浮かび上がり、緩やかに旋回しながら速度と高度を上げ始める。まだ2~3mしか上がってないうちに、私はスラッシュ達に向かって指二本で軽く敬礼しながら、声を掛けた。
「それじゃ、魔法少女ハニーマスタード、最後の出撃よ。見送りがあなたたちってのがちょっと残念だけど、ね」
「ちょっと待って、それは一体どういう事!?」
まるで死出の旅路に出かけるような私の言い方に、耳ざとく反応するスラッシュ。私は彼に対して、笑みを浮かべながら返答した。
「あはは、死ぬつもりは無いよ。皆に正体を知られたからね、魔法少女は今日で看板って事。次からは……そうね、魔女とでも名乗ろうかしら?」
「なによ、ビックリさせるんじゃないわよ! とにかく、無理せずあたし達の到着を待つのよ?」
「お、ついに魔女様がメインになるのか! そいつは楽しみだな!」
私は彼らの声を背に、教団の山砦が有ると聞いた北北東にコースを定め、本格的に飛行を開始したのだった。
次回予告。
私はついに、ラシードが潜んでいるものと思われる山砦に到着した。私の期待通りであれば、そこに私の背中を預けられる者がいる筈なんだけど……
次回、「背中を預けられる者」お楽しみに!