111.後始末
次回は1月16日に掲載予定です。が、その、年末年始に余り進められなかったので、現在、ストックが無い状態です。落としてしまったり、次回予告が差し替わってしまったらスミマセン……
若干エピソードを増量したため、想定より少し伸びています。まだ確定していませんが、恐らく、一月一杯で終わる感じになるかと予想しています。
※2020/1/15 次回予告と次回タイトルを変更しました
最大最強の攻撃魔法、魔導砲によって、私はついにバフォメットを倒す事に成功したのだった。
ようやく静けさを取り戻した中央広場で、私たちは、戦闘の余波を受けずに残っていた傍聴席の椅子に適当に座り、互いに顔を見合わせていた。
しばしの沈黙の後、まず、口火を切ったのはシャイラさんだった。
「さて、これは一体、どういう事になったんだい?」
「えーと、バフォメットとの戦闘中から後の話だよね……」
私は手短に、皆が倒れていた間に起きた出来事……つまり、ジェシカさんが飛び降りようとした事、シャイロックさんが意識を取り返した後で私たちとジェシカを治した事、そして、私の魔法で倒された事を説明した。
「――と、言うわけ」
腕を組んで私の説明を聞いていたシャイラさんは、わずかに小首を傾げた。
「なるほど。ともあれ、最大の脅威は倒された事だし、これで一件落着、と言う事なのかな?」
シャイラさんの疑問に対して、私は肩をすくめて見せる。
「ぜーんぜん。まあ、目の前の危機は去ったんだけどね。後片付け、タイヘンだよ?」
「確かに。まあ、皆で力を合わせて一つ一つ片付けていくしかないな」
シャイラさんは苦笑しながら、戦闘の余波でぼろぼろになった中央広場から城門を見回した。
私はシャイラさんに対して一つ頷いた後、今度はクリスの方に顔を向ける。
「と言う訳でとりあえず、クリスはシャイロック商会に向かってくれる?」
「ん、シャイロック商会?」
クリスは一瞬目を丸くするが、ふとジェシカとトウベイさんの方に目をやり、納得した表情になった。
「ああ、こちらのお嬢さんと、こちらのご老人……トウベイさん、やったかな? の、引き取りやね?」
「うん。ミズキさんっていう人が居たら、その人がベストかな。お嬢さんは治ったかもって言っといて。詳しくは後でわたしから説明するから」
「了ー解」
次いでマリアに声を掛ける。
「マリアは警備部に。ラシードは多分、彼のアジトに向かっていると思うから、部隊を率いて向かって欲しいと伝えて欲しいかな」
「分っかりましたぁ! あ、でも、場所、分かります?」
「ここから北北東の山中に隠し砦があるらしいんだよね。地上からは近づくのも難しいらしいし、空から誘導するって言っといて」
空から誘導と言う言葉に、マリアは当惑の顔を見せた。でも、未だハニーマスタードの衣装を着ている私の格好を見て、飛べることを思い出したようだ
「空から……? あー、そういえば、アニーさんが魔法少女だったって事は、杖に乗って飛べるんですよね」
「ま、ね。もう正体バレちゃったし、これからは遠慮無く使うわよぉ?」
肩をすくめてニヤリと笑みを浮かべた私に、マリアは口をとがらせて抗議する。
「私たちにもナイショだったなんて、アニーさん、ヒドいですよ!」
「ごめん! その事は全部片付いた後でしっかり謝るから! と言う訳で、シャイラさん!」
私は頭を下げながら手の平を頭の上で合わせてマリアに謝りつつ、急いでシャイラさんの方を向いた。突然向いた矛先に、少し驚いた表情を見せるシャイラさん。
「ん、私?」
「シャイラさんは、クリスが戻ってくるまで、ここで留守番をお願いできます? ジェシカさんとトウベイさんを放置して、誰も居なくなる訳にもいかないし」
「それはその通りだね。――と言うことは、アニーくんはどこかに行くつもりなのかな?」
シャイラさんの質問に、私は彼女を見詰めながら小さく頷いた。
「ええ、わたしは、張本人であるラシードを殴りに行きます」
「独りで!? いくら何でもそれは無謀じゃ……」
私の返答に、柳眉をひそめるシャイラさん。その心配ももっともなので、私は軽く頭を掻きながら、シャイラさんの心配を打ち消すように説明する。
「さっき言った通り、地上からはアジトに近づくのも難しいみたいなんだよね。――でも、わたしだけなら、空から行けるから」
「私を連れては行けない?」
「残念だけど、私の飛行術は一人乗りなの」
と、肩をすくめてみせる。同乗者も"浮遊"で同調すれば、引きずって飛ぶ事はできるかも知れないんだけど……うっかり集中を切らして落としてしまったら最後、墜落するまでにリカバリするのは難しそうなのよね。いくら何でもぶっつけ本番で、そんなリスクは負えないよ。
それと、もう一つ理由があったから、私は「あと」と口にして言葉を続けた。
「それから、たぶん、わたしは独りじゃない」
「?」
私の発言に皆は首を傾げている。まあ、自分自身でも、あの人が、何を目指しているのか、そもそも味方と言えるのか、はっきり分かっていないんだよね。だから、説得力を持った説明ができない。――でも、なんとなく、敵じゃ無い、気がしてる。
「ま、無茶はしないから。約束する。無理っぽそうなら、警備部の部隊を誘導しに戻るから、安心して」
私はそう言い残すと、強く引き留められる前に、そそくさと鞄から杖を取りだして跨がった。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊」
魔法を詠唱すると、ふわりと身体が浮き上がる。
「"マナよ、万物を引き寄せる力の源となりてここに現れよ"――重力子」
次いで前進用の魔法を詠唱すると、杖の先端に拳ほどの大きさの重力子が現れ、私は前方に体が引かれるのを感じた。
「じゃ、行ってくる!」
私は皆に手を振りつつ、つま先でとんと石畳を突いて空中に飛び上った。
「とにかく、無理はしないように」
「気をつけて下さいね!」
「思う存分殴ってくるんやで!」
こうして、私は皆の言葉を背に、杖に跨がって広場から飛び出していったのだった。
◇ ◇ ◇
私は長い直線を持つ大通りを使って、無理が無い角度で加速と上昇を続けていった。そして、屋根の高さを越えてある程度上がってから、目的地である北北東の方角に進路を変える。
「グレーターデーモンは……居ない、か。やっぱり、召喚主が居なくなったから自動帰還したかな?」
グレーターデーモンが残っていないか、周囲を見渡したけど、とりあえずその姿はなさそうだ。バフォメットが宣言していた通り、フライブルク最外周の街壁付近で何カ所か煙が上がっているようだけど、被害はそれで止まっているようだ。街は全般的に静まりかえっていて、もう戦いの気配は感じられない。
ところがその時、突然、港の方で爆発音が響きわたった。見ると街壁の外の方から、新たな煙が上がっている。
「爆発!?」
私は急遽コースを変えて、爆発があったあたりを目指すことにした。一刻も早くラシードを捕捉したいのは山々なんだけど、フライブルクにまだ何か問題が起きているようだったら、把握はしておきたいもんね。大した回り道でもないし。
◇ ◇ ◇
「これは……」
上空から見ると、街壁に開いている地下水路の出口、大きなトンネルから煙が吹き出していた。そして、その周辺には十数人の人影がトンネルの方を向いて包囲しているようだった。
と、その中の一人が私に気付いたらしく、こちらを向いて大きく手を振ってきた。私もその顔が知った顔、盗賊ギルドのスラッシュである事に気付く。あとの面々もどうも盗賊ギルドのメンバーのように見えた。
「よっ……と。あら、スラッシュじゃない。何してるの、こんなところで?」
上空から急降下して、地上付近でぐいっと杖を持ち上げ急制動、軽く足を滑らせながら着地する。そして杖を片手に立ててスカートの裾の土埃を手で軽く払ってから声を掛けた。
「あら、ハニーマスタード……って、え!? あなた……アニー・フェイなの!?」
スラッシュは私の服装、つまり、ハニーマスタードの衣装だけ見て気軽に返事してから、その顔が想定と違う事に驚愕の顔を見せていた。
あー、公開裁判には出ていなかったようだから、盗賊ギルドの面々は私の正体をまだ知らなかったのね。
「ええ、その通り。正義の味方ハニーマスタードの正体は、わたし、アニー・フェイだったのでした!」
胸を張って両手を腰にやり、声高々に行った私の宣言を聞いて、スラッシュは頭を抱え込んだ。
「なんて事なの!? じゃ、あたしたちの正体とかも……」
「きちんと公私の別はつけていたでしょ? ま、とりあえず、この話は置いといて。これは一体全体どうしちゃったわけ?」
私はそれに構わず、煙が吹き出している水路口を指差した。
「ちょっと……もう! あとで詳しい話は聞かせて貰うわよ!?」
スラッシュの恨み言には、何も言葉を返さず、軽く肩をすくめるだけで返事する。スラッシュも、軽く頭を振っただけで受け入れてくれたようだ。
「一体どうしたもなにも……」
スラッシュが始めた説明は、私の予想外の言葉から始まっていた。
「あなたの手紙の通り、例の悪魔教団のメンバーがこの水路を通って脱出するって言うから、ここで張ってたんだけど……いきなり水路の天井が爆発してね、この有様なのよ」
私の手紙、と言う言葉に、私は眉をひそめて聞き返す。
「わたしの手紙? なにそれ?」
「ほら、これ。ギルドの扉に張られてたわよ?」
私はスラッシュが懐から二本指で挟んで出してきた羊皮紙を受け取り、中身を読んでみた。
その手紙には、『公開裁判が始まり次第、公安部員を称する教団のメンバーが港に出口を持つ地下水路から脱出を図る。よろしく対処されたし。ハニーマスタード』と、達筆で書かれていた。
「確かに、わたしの名前は書いてあるけど、わたしじゃないよ?」
それを聞いたスラッシュは、腕を組んで軽く首を振った。
「あら怖い。あたし達、すっかり騙されてた訳ね。勿論、あなたに直接確認したかったんだけど、要石の一件から連絡が取れなかったのよね」
「わたし、逮捕拘留されてたからねー」
今回は幸いにも、書いてある事は嘘じゃなかったようだけど、確かに、下手すると誘い出されて奇襲を受けていた可能性があるんだから、スラッシュが怖がるのも無理はない話。
とはいえ、これが書ける人間は……ハニーマスタードと盗賊ギルドの関係を知っていて、かつ、教団の動きを知っている人間。ついでに言えば、この爆破を仕掛けたのもその人間だとすると、悪魔教団に敵対している可能性が高い。……となると、やっぱり、あの人、なのかなぁ? 最終的に悪魔教団を潰したい、と考えているのであれば、これまでの行動も説明がつく気がする。
と、考えている所に、水路口の中から、聞き覚えのある野太い声が私に掛けられたのだった。
「おう、ハニーマスタードじゃないか!」
次回予告。
盗賊ギルドの面々と情報交換を行う事ができた私は、いよいよ、総ての根源であるラシードと、最終決着をつける事を決意したのだった。
次回、「ハニーマスタード、最後の出撃」お楽しみに!