110.魔導砲(マナカノン)
明けましておめでとうございます。今年は本小説、そして来たるべき次回作におつきあい頂けると嬉しいです。よろしくお願い申し上げます。
今回は次の節を入れると長すぎたので、少しだけ短いです。すみません。
次回は1月9日に掲載予定です。
バフォメットに憑依されたシャイロックさんだったが、娘ジェシカさんの命を賭けた行動によって、奇跡的に意識を取り戻す事ができていた。
私たち、そして、ジェシカさんを治療した後、彼は私に対して、再び意識を失う前に殺して欲しいと懇願してきたのだった。
「――それじゃ、始めましょうか」
私の声に、シャイロックさんはゆっくりと立ち上がった。
『私は、どうすればいいですか?』
「そうですね……大通りの方に立って貰えますか?」
私はシャイロックさんを大通りの方に誘導した。この魔法は直線的に伸びていくため、大通りならそれほど被害を及ぼさなくて済むだろう。仰角を余り取れないから、城門くらいは吹き飛ばすだろうけど。その先は何も障害物はないから、それ以上の被害は出ないと思う。
『このあたりで?』
「はい、大丈夫です」
私はシャイロックさんから十数mほど離れた場所に立ち、小さく息を吐いて心を落ち着かせてから、魔法の詠唱を開始した。
「"ここに在りしマナの力よ、その力、呼び出しに応じ、我が眼前にその姿を現せ"――魔力励起環」
私の目の前に、身長を超えそうな大きさの魔法陣が形成される。そして、そこに形成された薬室に向かって、あまねく存在する魔力が流れ込み始めた。蛍火のような光の瞬きがわき起こり、次第に集まってきている。
魔力励起環の稼働を確認した私は、二段階目の魔法の詠唱を開始した。
「"ここに集いしマナの力よ、その力、共に響き、共に奏で、その鎖に連なる理の力を高めよ"――魔力共鳴環」
最初のものと同規模の魔法陣が、魔力が集中しつつある薬室を挟み込むように形成される。
『くッ……』
ここに来て、シャイロックさんの様子が少しおかしくなり始めた。
腕組みをした手がぎゅっと握りしめられ、爪が食い込んだ皮膚から漆黒の血が流れ始める。恐らく、内面でバフォメットとの主導権争いが行われているのだろう。――もう、時間がない!
とはいえ、超高レベルの魔法を同時に運用しなければならないから、精神の集中を途切れさせるわけに行かない。シャイロックさんの様子を眺めながらも、私はあくまで冷静に魔法の準備を進めていた。
「薬室内圧力上昇。エネルギー充填70%、80%、90%……」
目の前で魔法陣に挟まれた空間は、励起され、増幅された純エネルギーが溢れんばかりに満たされていた。目の前に太陽が現れたように、目も眩むような強烈な光を放っている。
『おおおおおおおおおおッッ!』
シャイロックさんは、突然、何かを振り払うかのように上半身を振り回すと、いきなり膝をついて右手で地面を殴りつけた。その勢いは凄まじく、石畳を貫いて肘の辺りまでめり込んでいる。
いよいよ、危ないのかも知れない。でも、とにかく私は手順を進めるしかない。私はついに、最後の魔法の詠唱を開始した。
「"ここに高まりしマナの力よ、その力、在るべき場所に留め、在るべき場所に流れ、在るべき場所に放たん"――魔力誘導環」
今度は二つの魔法陣の間、手前側の魔力励起環寄りに、三つ目の魔法陣が出現した。これは、充填された高エネルギーが勝手に自己崩壊を起こし、過早爆発を起こすのを防ぐため、光球の形状を維持する事を目的とした魔法陣だ。
「エネルギー充填120%、発射点に到達。――発射10秒前。9、8、7、……」
カウントダウン中だったが、ついにシャイロックさんの意識が失われたのか、彼の頭ががくんと下がり、そしてしばしの後、再びゆっくりと持ち上がり、私の方を向いた。
その表情は悪意に、そして怒りに満ちている。
『小娘ェッ! ふざけた真似を……ッ!』
バフォメットは燃えるような目で私を睨んでいるが、地面にめり込んだ右手のためにまだ移動する事はできていない。
と、バフォメットは左手を自らの右腕に添えたかと思うと、口早になにかの魔法を唱えたようだった。
『հարված!』
次の瞬間、左手が血煙――黒いけど――に覆われた。
『がああああああああああああっ!』
バフォメットは苦痛の声を上げながら、ゆっくりと立ち上がった。地面に埋まっていた右腕は、左手を当てていた二の腕の部分で切り離され、その切り口からは膨大な血が噴き出し始めている。
立ち上がり、こちらに顔を向けたバフォメットの表情は、苦痛と、恐らく焦りで歪んでいた。
『小娘……小娘ェ、待っておれ、今そこに……』
バフォメットは血を止める時間すらも惜しみ、私の方に向かって一気に飛びかかろうとその身体を深く屈めた。十数メートル有るとはいえ、バフォメットに取ってはジャンプ一つで私に届く距離だろう。
――でも、これでチェックメイト。身を屈めたバフォメットが私に向かって飛びかかろうとしたその瞬間に、私のカウントダウンは終了していた。
「3、2、1……さよなら、バフォメット!! ――魔導砲、発射!」
飛びかかってきているバフォメットを前に、私は光球を支えていた誘導環を解放した。次の瞬間、私の目前で最大限に充填されていた光球が自己崩壊を起こし、一気に小さく縮んでいく。
一瞬の静寂が私と、バフォメットの間で流れる。
そして次の瞬間、バフォメットにめがけて光球から青白く輝くエネルギーの奔流が吹き出していった。吹き出した際に一旦広がった奔流は、進むに従って螺旋状に旋回を始めて集束し、光量も勢いも増して突き進んでいく。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!』
バフォメットの上半身を一瞬で飲み込んだ光の奔流はそのまま貫通し、大通りの左右に林立する建物を白く染めながら直進していく。
そして、最後に立ちふさがっていた城門を一瞬のうちになぎ倒し、エネルギーの流れはそのまま虚空に消えていった。
◇ ◇ ◇
魔導砲の放射が終わった後、広場は一転して静寂に包まれていた。
胴体を魔導砲に貫かれたバフォメットは仰向けに倒れている。その胸には巨大な貫通痕ができていて、ほとんどちぎれかかっていた。
と、見る見るうちにその体が萎み始めていた。おそらく、バフォメットの憑依が解けたため、元のシャイロックさんの体に戻ろうとしているのだろう。
私は普通の大きさに戻ったシャイロックさんの下に歩み寄ると、彼の顔にそっと手をやり、開いていた瞼を閉じたのだった。
「シャイロックさん……ジェシカさんが助かったのは良かったんだけどさ……本当に、この結末で良かったの?」
私はシャイロックさんのすぐ横に座り、ため息交じりに語りかける。まあ、もう答えることもないんだけど、さ。
少しの間だけ感傷に浸っていた私であるけれども、両手で頬をパチンと叩いて勢いよく立ち上がった。
「さ、まだ全然終わってない! ラシードも殴らなきゃいけないし、あの人との決着もつけないと!」
私は鞄に手を突っ込んでゴソゴソ探し、そこから気付け薬の小瓶を取り出した。倒れているマリアの眼前で蓋を開け、その刺激性のある匂いを彼女に嗅がせる。
「ごほ、ごほっ! ……あ、あれ? アニーさん?」
「マリア、気がついた?」
「うん、あれ? わたし、怪我してない……バフォメットは?」
気がついたと同時に、彼女は勢いよく起き上がった。私は微笑みながら彼女にお願いをする。
「細かい話は、皆起きてからまとめてするよ。マリアはクリスを起こしてくれない? シャイラさんは私が起こすから。あ、全員、怪我はしていないから、治癒は要らないよ」
「はい、分かりました! お任せ下さい!」
と、マリアはクリスの下に小走りに向かい、早速、神聖魔法の詠唱を始めていた。
「"偉大なる至高神よ、汝が使徒の心の迷いをその御光をもって晴らしたまえ"――平静」
おっと、私もシャイラさんを起こさないと。私はマリアに行ったのと同様に、シャイラさんに気付け薬を嗅がせて目を覚まさせたのだった。
次回予告。
ついに最強の敵、バフォメットを下した私たち。――と言ってもシャイロックさんの協力がなければ無理だったんだけど。ともあれ、私を除いた皆で手分けして後片付けに乗り出すのだった。え、私? 私は、もちろん――
次回、「後始末」お楽しみに!