104.魔神降臨
少しの間、週二回、2500文字前後での掲載を初めて見ましたが、どうも評判が芳しくないように感じています。つきましては従来通りの週一回、3500文字前後での掲載に戻したいと思います。
もし、週二回の方がいい!と言う方がいらっしゃいましたら、感想なりコメントなりメッセージなり何でもご連絡頂ければ検討します。
と言うわけで次回は11月28日に掲載予定です。
公安部長、いや、悪魔崇拝教団の総大主教であるラシードは、シャイロックさんに向かって手の平を向け、小さい声で何かの魔法の詠唱を開始していた。術式魔法とも異なる、どちらかと言えば神聖魔法に近い、誰かに呼びかけているような魔法だ。
『"魔界に住まいしバフォメットよ、今まさに約束の時は来たれり、我はかねてよりの約定に基づき、汝が贄を用意せり――"』
これは――召喚魔法!?
「いけない、ラシードを止めて!」
その詠唱内容に気付いた私は、なんとか魔法の完成を防ぐため、攻撃魔法で割り込みを掛けようとした。
「"マナよ、矢となりて我が敵を討ち倒せ"――魔法の……」
「貴様、何をするかっ!?」
「きゃっ!? ちょ……ッ!?」
しかし、完成直前に私は、背後から軍務の傭兵のタックルを受けて取り押さえられてしまった。集中が削がれた"魔法の矢"は、そのまま不発となり、消失してしまう。
「検察官殿に攻撃しようとはどういう事かっ!?」
「邪魔しないで! 早く奴の詠唱を何とか止めないと……ッ!」
後ろから脚が浮くような形で羽交い締めにされているため、いかに近接格闘を得意とした武術を修めている私でも、そのままでは全く抵抗できない。脚を振り上げて反動をつけ、なんとか打撃を与える事ができる形を作ろうとする。
しかし……ジタバタしている私の方にちらりと目をやったラシードは、魔法を詠唱しながらニヤリとその口元を歪めている。そして、ついには魔法の完成を意味する"力の言葉"を発してしまった。
「"――汝はこの贄に汝が意志を宿らせ、我が意に従う同盟者とならん" くふふふふふ……もう、遅い。――魔神降臨!」
次の瞬間、シャイロックさんを囲むように、まるで空中に浮かんだ影のような漆黒の魔法陣が現れた。シャイロックさんは頭を抱えて苦悶の悲鳴を上げ始める。
「ぐ、ぐあああああああああああっっっ!!!」
「ははははははっ、ぬふふふふふふ…… 見事な光景ではないか!?」
シャイロックさんがのたうち回るのを見て、まるで楽しいものを見るかのように嘲笑うラシード。
ついに、シャイロックさんの肉体には憑依による変化が現れ始めていた。みるみる体が膨れあがるように大きくなり、来ていた服がビリビリと破れていく。体色も次第に青白く変化して行っていた。その頭は毛皮に換わっていき、ねじくれた角が生え始めていた。
私を羽交い締めにしていた警備兵は、目の前で繰り広げられる光景に、当惑の色を隠せないようだった。押さえ込んでいる力が緩んだ隙に、私は小声で魔法を詠唱し、電撃を宿らせた右手を彼の首筋にそっと当てる。
「"マナよ、我が手に小さき雷を宿らせん"――電撃」
「ぐあッ!?」
フルプレートの警備兵が倒れ伏すガチャガチャ言う音を耳にしたのか、ラシードはふと私たちの方を向いてその口を開いた。
「お嬢さんの必死の逆転劇、楽しませて貰ったよ。もっとも、我々は、裁判の結果なぞどうでも良かったのだがね。魔神降臨に必要なものは、絶望に、憎しみに、心が満たされた人間。我々が裁判に勝てば、貴様らどちらかに、せいぜい世の中を呪って貰うつもりだった」
「シャイロックさんか、私たちのどちらかを依代にするつもりだったの?」
私の質問に対して、余裕たっぷりに返すラシード。
「いかにも。心が闇に満たされた人間であれば、誰でも良かったのだ。もっとも、キャパシティから考えれば、お嬢さんがベストだったのだがな? 今更、心を闇で満たすのは難しかろう」
「おかげさまでね、明るい毎日を送らせて頂いてるわ」
「ふん、まあ、いずれにせよ、魔神の依代になるか、魔神に殺されるか、どちらかの二択だよ。私としては、依代の方が少しは長生きができたと思うがね?」
「魔神だろうが何だろうが、ぶっ飛ばすって選択肢もあるわよ?」
私の返答を、ラシードは鼻で笑い飛ばす。
「はっ!? ま、悪あがきを楽しみにしているよ。さて――いよいよ準備は整ったようだな?」
ラシードが促した先を見ると――体に変化を起こしながらのたうち回っていたシャイロックさんだったものは、しばし、その動きを止めていた。
◇ ◇ ◇
シャイロックさんに起こっていた変化は、ついに完了してしまった。
のっそりと起こしつつあるその巨体の体高はおよそ3mで、すらりとした筋肉質の青白い巨躯を持っている。その頭はねじくれた角を生やした黒山羊の頭で、背には巨大な鴉の翼が生えている。下半身も、もじゃもじゃと毛が生えた黒山羊の脚のようだ。
私は領主館の図書室で読んだ、大魔導書の記述を思い返していた。これは確かに、バフォメット……六大上級魔神が一人。依代となったのがこう言っては悪いけど、ただの人間のシャイロックさんだから、どこまでその力が発揮できるか分からないけど、100%なら古代竜並の力を持っている筈……そこまでではない事を祈りたい。
そして、シャイロックさんだったそいつ、バフォメットは、ゆらりと立ち上がって召喚主であるラシードの方を向き、ひざまづいた。
『汝が契約者なりや?』
それに対し、ラシードは尊大な口調で命令を下した。
「いかにも。 バフォメットよ! 我が名ラシードに寄りて命じる。この街を破壊し、生きとし生ける総ての物を滅しせしめよ!」
『――承知した』
そう返答したバフォメットはこちらの方を向いてゆらりと立ち上がる。
「さらばだ、諸君! はーはははははははっ」
ラシードはそう言い残すと、身を翻して出口の方に走り去って行った。アマリエも彼に従って退出していったようだ。うーん、あの人、結局味方なんだろうか、敵なんだろうか?
ともあれ、法廷にはバフォメットの姿が残されている。しかも私たちを殺し尽くし、町を破壊し尽くす事を命令された状態で。
これを何とかしないと、フライブルクには明日はない……とはいえ、私たちにできるんだろうか? あんな化け物を倒すのに、他に戦力は……?
――うん、ここでちょっと状況を整理してみよう。
私たちがいるのは、中央広場の公開裁判の特設法廷。ステージのように少し高い部分の向かって中央に裁判長席、左右にそれぞれ検察官席と被告席がある。
そして傍聴人席は、裁判長席の反対側、要するに、ステージだとすれば、観客席に設けられている。
裁判長席には、六大上級魔神が一人、バフォメットに憑依されたシャイロックさんが立っている。
そして検察官席には、検察官であった公安部長、その正体は魔神崇拝教団の総大主教であるラシードと、暗殺者ナイトシェードことアマリエが、さっきまで居たんだけど、たった今立ち去った所だ。
私が居る被告人席には、共に告訴されたギャリーさんと、警備として雇われた軍務の傭兵が五人。そのうち一人だけ、私の"電撃"で倒れている。
傭兵はまだ他にもいて、傍聴人席の手前に四人、裁判長席の奥にも二人ずつ配置されている。
傍聴人席には、最前列に私のパーティメンバーである、シャイラさん、クリスにマリアが。そして、奥の方にリチャードさん、妹のアレックスと機械人形のユーリが立っている。
更に傍聴人席には、フライブルク市民が多数存在している。ともあれ、まずは彼らを無事に逃がさないといけないかな。
バフォメットは裁判長席で立ち尽くし、黒山羊の長い顎髭を右手でしごきながら、周囲を興味深そうに見回している。
傍聴人の市民達は、いきなり変化したバフォメットを見て、理解できていないのか、呆然と彼を見詰めるばかりだった。まあ、パニックを起こされるよりはマシなんだけど……時間の問題だよね。
◇ ◇ ◇
と、しばらく周囲を見渡していたバフォメットだったけれど、ついにその口をゆっくりと開いた。
『さて、定命であり無力な人間諸君。儂は汝らことごとくを鏖殺し、この街を破壊する命令を受けたわけだが――貴様ら雑魚共は、魔界の大将軍たる儂が、自らの手を以て殺すには値せぬ存在だ』
バフォメットは『そこで、だ』と言って言葉を続けた。
『汝らに時間の猶予をやろう。この場より逃げたいものは逃げても構わぬ。己の生命を懸けて、この儂と戦う気概がある者のみ残るが良い』
そう言うとバフォメットは、裁判長席の机に上ると、あぐらをかいて座ったのだった。
次回予告。
ついに降臨してしまった魔神バフォメット。その強さを目の当たりにしつつも、とにかく戦いに向けて私たちは準備を始めるのだった。
次回、「何はともあれ作戦準備」お楽しみに!