103.暴露暴露に大暴露!
先日、新たなご評価をいただいたようです。本当にありがたい事です。
ところで、ラシードの脳内モデルは、宇宙戦艦ヤマト3のベムラーゼ首相閣下を使用しています。
次回は11月21日に掲載予定です。
「さあ、傍聴席のハニーマスタードよ、ここに現れなさい!」
公開裁判の途中、決定的な録画と言う証拠を示した私に対して、ラシードは撮影者のハニーマスタードの登壇を要求した。
私のハニーマスタードに対する登場を促す宣言にも関わらず、しばらく待ってもハニーマスタードは姿を現すことはなかった。いや、ここに本人が居るんだから、当然なんだけどね?
「いや、ぜひ彼女の姿を見たかったのに、残念だよ。――裁判長閣下、こんな茶番はもう良いでしょう。そろそろ判決に移るべきではありませんか?」
調子に乗ったラシードの声に、私はついにその時が来た事を感じていた。
軽く目を閉じて、私も含み笑いを始める。
「なに……何故笑う?」
ラシードの質問に、私は目を開くと、ニヤニヤしながら口を開いた。
「――なーんてね?」
そして、高らかに声を上げる。
「確かに、彼女は傍聴席にはいない。しかし、この会場には存在しているわ!」
次いでラシードを見据えながら、私は鋭い口調で宣言する。
「ラシード公安部長……ッ! そんなにハニーマスタードが見たければ、見せてあげるわ!」
私は右の手の平を天空高く振り上げ、魔法の詠唱を口早に開始した。
「"マナよ、閃光となりてその輝きを示せ"――閃光!」
魔法は問題なく発動し、私の頭の直上に、強烈な閃光を発生させる。周囲の人々は、余りの眩しさに目を覆って動きが止まってしまった。
今がチャンスだ! 私はこの隙に、最速でハニーマスタードへの変装プロセスを進めていく。
普段の魔術師の帽子と外套を脱いで、鞄にしまう。
鞄から取り出したハニーマスタードの衣装、ピンクベースのエプロンドレスを頭からすぽりと。
短縮詠唱の"変装"を自分自身にかける。魔法の効果により、髪は金髪のストレートに、瞳は碧眼に。そばかすはもう今はないから、消す必要はなくなってる。
最後に、羽根飾りの付いたベレーをかぶり、ポーズをつけて完了だ。いつも登場時に演奏しているリュートは、流石に時間が無いから省略せざるを得ない。
「邪悪有るところに正義の味方あり!」
"閃光"の効果が切れたところで、私、ハニーマスタードは、人差し指でラシード公安部長をびしっと指さしながら、いつもの決め台詞を宣言した。
「魔法少女ハニーマスタード、ここに参上! 今日のわたしはぴりりどころか激辛よ!」
◇ ◇ ◇
「なん……だとッ!?」
私、ハニーマスタードの姿を見たラシードは、目を見開いて驚愕の声を上げた。
そして周りを見渡すと、皆呆然と私を見詰めている。正体を知っているアレックスは、ジト目で「はいはい」みたいな顔で私を見ている。アマリエは真顔を装ってはいるものの、にやけるように口角が少し上がっているようだ。
私は驚愕の一瞬が過ぎ去るのを待ち、そして腕を組んで挑戦的な表情でラシードに向かって口を開いた。
「さあ、これで満足かしら? この映像は、確かにわたしがあなたのお屋敷で撮影したもの」
「き、貴様がハニーマスタードの正体だったのか!?」
「ええ、その通り。間違いなく本物よ?」
そして、改めてラシードに念を押す。
「――さて、あなたが首謀者という事を認める? それとも、なにか言い訳でもあるのかしら?」
ラシードは、一瞬言葉に詰まるも、自嘲するかのように笑い始めた。
「く……くくくく…… どうやら、まんまと乗せられたようだな」
そして、開き直ったように堂々と宣言する。
「いかにも! 私はバフォメット様を崇める教団"真実の目"の総大主教であり、"魔神召喚計画"の首謀者である!」
あっさり認めたラシードに、傍聴席の人たちはざわめき始めた。シャイロックさんは……あまり大きな反応を示していない。
「だが……それがどうしたと言うのかね?」
ラシードはそう嘯くと、シャイロックさんの方に顔を向けた。
「シャイロック、確かに私が本件の首謀者と言う事を認めよう。しかし、だ。私を有罪として罰すれば、この"魔神召喚計画"は頓挫する。そうなれば貴様の娘はどうなるかな?」
「ぐぅ……くッ!」
ラシードの言葉を聞いて、初めてシャイロックさんは大きく表情を歪め、苦しそうな声を上げる。
そうだ、シャイロックさんは魔神が召喚できれば、それで彼の病気の娘を治すことができる、って騙されているんだった。
「なに、簡単な話だ。そのまま此奴等を有罪にしてしまえばいいんだよ。そうすれば皆丸く収まる。貴様の娘も元気に生活できるようになるだろうさ?」
ラシードはそんなシャイロックさんに対して、更に、悪魔の誘惑のような言葉をかけ続けている。傍聴席の人たちは、そんなただならぬ雰囲気を見て、ざわめきが大きくなり始めていた。
私はその光景を見ながら、そもそものラシードの誘いの根拠が崩れている事を思い出し、横からラシードに声を掛けた。
「ラシード。先日あなたが喋ってくれた事で、一つ忘れている事があるんじゃないかしら?」
丁度その時、再生が続いていたレコードクリスタルから、決定的な台詞が聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
『愚かなことだ。我々の目的は魔神を召喚する事そのものにある。魔神が病気を治療する方法なんぞ有りゃせんよ。ああ、望めば不死人にならできるかも知れんがなぁっ!』
その台詞を聞いたシャイロックさんは、裁判長席から立ち上がり、ラシードに向かって悲鳴にも似た声を上げた。
「ラ……ラシードッ!! こ、これは一体……!?」
ラシードは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに嫌らしそうな笑みを浮かべた。
「くくくくくっ……これはしまった、ばれてしまっては仕方が無い。シャイロック、聞いての通りよ。我々の目的は、魔神を召喚する事のみにある。――貴様の娘なぞ、どうでも良かったのだ。罠にはまったな? シャイロック!」
ラシードの放言に、シャイロックさんは顔面を蒼白にして立ち尽くす。
「なにいっ……貴様……ッッッ!!!」
「はーっははははっ! これは甘美だ。その魂から吹き出すような呪詛の声、まるで天使の歌声のようではないかっ!?」
シャイロックさんの呻き声にも似た声に、ラシードはそれはもう楽しそうに、シャイロックさんを嘲笑していた。
ひとしきり嗤ったラシードは、シャイロックさんに向かって手の平を向け、小さい声で何かの魔法の詠唱を開始していた。術式魔法とも異なる、どちらかと言えば神聖魔法に近い、誰かに呼びかけているような魔法だ。
『"魔界に住まいしバフォメットよ、今まさに約束の時は来たれり、我はかねてよりの約定に基づき、汝が贄を用意せり――"』
次回予告。
突然、シャイロックさんに向かって魔法の詠唱を始めたラシード。私はそれを止めようとしたのだが、あえなく失敗に終わってしまう。そしてついには、魔法の発動を示す"力の言葉"が発せられてしまったのだった。
次回、「魔神降臨」お楽しみに!