101.狂奔、そして
実は裁判というよりお白洲ベースかも……
次週は1a 実は裁判というよりお白洲ベースかも……
次回は11月14日に掲載予定です。
※2019/11/12 ↑が次週になっていたため、次回に訂正
「諸君らは思い出して欲しい! 諸君らは、この不逞な悪人共にどのような目に遭わされたのか!」
私とギャリーさんを被告とした公開裁判。静まりかえった法廷にラシードの大声が響き渡り、また、しばしの間静寂が続いていた。
そして、それを破ったのは、傍聴席に座る一人の男性の声であった。彼は立ち上がると、私たちに向かって弾劾の声を上げた。
「俺の家族はこいつらに殺されたんだ!」
更に、別の中年の女性が立ち上がる。
「私の家は燃えてしまったの!」
反対側では、中年の男性が立ち上がった。
「息子が怪我で寝たきりになってしまったんだ!」
口々に上がる非難の声に、検察官であるラシード公安部長は右手で顔を覆い、芝居っ気たっぷりに首を振った。
「なるほど、市民諸君の悲痛は、私にも余りある物がある。それでは更に問おう! この邪悪な魔女とその眷属共をどうすればいい!?」
ラシードの声に、いったんは静まりかえる傍聴席。しかし、数秒の後、遠くで「殺せーっ!」と言う声が上がった。
そうなるともう止まらない。次第にその声は数が増え、会場が揺れんばかりに大きな声になってきたのだった。
「殺せっ!」「殺せっ!」「殺せっ!!」「殺せっ!!」「殺せっ!!!」「殺せっ!!!」「殺せっ!!!!」「殺せっ!!!!」……
うーん、この流れは……まずい、まずいぞ、凄くまずい。
法廷内は「殺せ」と言う声が渦巻き、傍聴席の群衆の殺気に満ちあふれて来ている。私たちの周囲に立っていた警備兵達も、私たちの方では無く傍聴席の方を向いて、腰に佩いた剣の柄に手をやって警戒するなど、緊張の色を隠せない。
このまま盛り上がってしまい、傍聴人多数に乱入なんかされたりすると、手の打ちようが無くなる。無辜の民間人をまさか殺すわけにも行かないし、普段は命を奪う可能性が低いから多用している電撃系ですら使いづらい。昏倒させたら、そのまま群衆に踏みつぶされてしまいそうだ。
空から逃げると言っても、速度の遅い"浮遊"では、逃げようとした瞬間に殺到した暴徒に引きずり下ろされるだろう。そもそも、年配のギャリーさんを無事に脱出させる方法が……
と、なれば、ショック療法でとにかく動きを止めるしかない。
「ギャリーさん、ちょっと一発、派手なの打ち上げますから、しゃがんで耳を塞いで頂けませんか?」
「お、おお、分かった」
私はギャリーさんの耳元で机の下に隠れるように囁きかけた。そして右手を天空に振り上げ、魔法の詠唱に入る。唱えるのは掛け値なしに一番派手な奴だ。
「"マナよ、地獄の業火となりて、我が前に立ちふさがりし全ての愚か者に裁きを下さん"――業火の息吹!」
私の頭上、天高く振り上げた右の掌の前に巨大な魔法陣が形成され、そこから轟音と共に強烈な爆炎が吹き出した。直視するのは難しいほど白く輝く爆炎は、三階建ての建物の屋上を越える高さにまで吹き上げている。人間に直撃すれば骨一つ残らずに焼き尽くすであろう爆炎も、何もない方向に向かって打ち上げているので、それでダメージを受ける人間はいない。
しかし流石に、この爆炎を前にして直視したり近づいたりするのは困難だ。傍聴席で騒いでいた市民達も、爆炎の照り返しや轟音から身を守ろうと顔を覆ったり、耳を塞いだり、弾劾どころでは無くなっていた。
シャイラさんたちは……耳を覆っているけど、目を丸くしているみたい。ここまで派手な攻撃魔法は見せたこと無かったからね。
◇ ◇ ◇
十数秒後、魔法の効果が終了し、魔法陣も消え失せた。真夏ならともかく、真冬の季節感には似つかわしくない陽炎が、残滓として残されていた。透き通った冬空に、"業火の息吹"が噴出した跡である白い煙が地上から空高くたなびいている。
効果中、輻射熱を浴びていた頬が熱く、そこに冬の寒い外気が触れて気持ちいい。すぐに寒くなるんだろうけど。
さて、爆炎の轟音が過ぎ去った場内は静寂に包まれ、毒気を抜かれた皆の視線が私に集中していた。
何か聞いて貰えるチャンスは今しかない。腕を組んだ私は大きく息を吸い、会場全体に行き渡るよう、なるべく声を張り上げて話し始めた。
「まったく……あんたたち、いたいけな少女を捕まえて邪悪な魔女だの、殺せだのって、言いたい放題言ってくれたわね」
後頭部をがりがりと掻いて、言葉を続ける。
「そりゃ、自分で言うのもなんだけど、わたしは確かに、街に現れた魔族どもを上回る強力な力を持っているよ。でもね? その力は誓って、市民の皆さんを害するためでは無く、護るためにしか使ってない」
喋りながら、傍聴席の皆の顔を順番に見て回る。私と目が合った人は、おびえた表情をしたり、気まずそうに視線をそらせたり、様々な反応を見せていた。
「もちろん、みんなの言いたいことは分かるよ? いきなり魔族が出てきて、家を燃やされたり、親しい人が傷ついたりしたら、そりゃ怒るよ」
そして、肩をすくめる私。
「でもね? それをぶつける相手を間違えちゃいけない。見た目が怪しいからって、それで決めつけちゃいけない」
語りながら改めて俯瞰で傍聴席を見渡す。とりあえず皆、先ほどの熱狂からは脱して落ち着きを取り戻しているようだ。
「それに、これは裁判。お互いが証拠を持ち合って、白黒つける場所」
そして私は、ラシードの方に鋭い視線を送った。ラシードは、先ほどの"業火の息吹"の衝撃からまだ脱していないのか、呆然としているようだった。
「ラシード公安部長。わたしは安っぽい三文芝居の出来レースでも、我慢してつきあってあげてるって言うのに、裁判形式の枠すら守れないって、いったい全体どういう事なの?」
「な……き、貴様は……一体、何者……」
「わたしは魔女、なんでしょ? 邪悪かどうかはともかく、ね」
ラシードは気圧されているのか、私の声に対して小さな声で反応するしかできない。私はそれに対して、微笑みながら皮肉で返しておく。
「一応、裁判形式なんだから、その枠には従おうよ? 公安部長殿?」
「ぐっ……」
そして私は、裁判長席のシャイロックさんの方を向いた。彼は全く動じていないと言うか、目の前でぶっ放された攻撃魔法すら目に入っているかどうか怪しい様子で、逆に心配になってくる。
「それじゃ、裁判長閣下? 被告人としてわたしたちの無実を示す証拠の提示を行いたいんですが、よろしいですか?」
「無論だ。被告は反証を行う権利がある。準備ができ次第、発言を行うように」
「発言許可、ありがとうございます」
それにしても……ラシードは傍聴人を煽った目的は何だったんだろう。ここで私刑なり混乱を引き起こすなりして、魔神を召喚するための一助にするつもりだったのかな?
ともあれ、ラシードの目的が何であったとしても、ラシードの目的は妨害できたように思う。もっとも、この出来レースの裁判で私たちの無罪が確定するまでは、私たちの勝利にはならないんだけど、さ。
さあ、ついに私たちのターンがやってきた。いよいよ反撃開始だ!
次回予告。
私はラシードが真犯人である事を主張する。しかし、彼が真犯人である事を示すには、とある人物の出廷が必要と言うことになってしまう。やむなく私は、彼女の登場を宣言したのだった。
次回、「逆転に向けた反撃」お楽しみに!