99.公開裁判へ
先週、新たなご評価をいただきました。ありがとうございます。
次回は11月7日に公開予定です。
公安部に拘束されてから二日後、ついに、公開裁判の日がやってきた。
私は独房に用意された朝食をいただき、身支度を済ませる。
ちなみにメニューは、その辺で買ってきたと思われる黒パンにチーズと、薄めのホットワイン。カビたパンとか腐った肉とか寄越されないだけ、上等な部類に入ると思う。
そして私は、ここに連行されたときと同様に、再び馬車で公開裁判の場へ連行されていった。今回はアマリエは同行せず、知らない男女ペアの公安部員だ。
◇ ◇ ◇
連行された先は中央広場だった。二日前に降った雪は既に片付けられ、建物の日陰になる部分に、わずかにその名残をとどめているばかりになっていた。
晴れた冬空は澄み切っており、風が吹いていない事が救いではある物の、かなり冷え込んでいる。
いつぞやチャリティショウを行ったそこでは、既に公開裁判用の施設が設営されていた。
中央に裁判長が座る座席が置かれ、左右に被告と検察側の席が用意されている。それぞれの席の足下には、小さなストーブが置かれていて暖かい光を放っていた。
また、法廷以外の大部分には、仮設の傍聴席が用意されていた。まあ、公開裁判だもんね。
ちなみに普段でも、重罪人の場合はこんな感じで裁判が行われ、まあ、たいていの場合は死罪になって、公開処刑に移行する……んだけど、そこまでやるかな? まあ、魔法陣を作って魔族を呼び出しまくると言う罪がそのまま着せられるとしたら、死罪になって当然ではあるんだけど。――もしそうなったとしたら、あとの事は構わずに逃げ出して、名誉回復の機会を待つしかないかなぁ。死罪になったあとじゃ、後に名誉が回復しても意味ないし。
ともあれ私は、そのまま被告人席に立たされた。
幸いにも荷物はそのまま持ち込む事を許され、拘束もされていない。
まあ、被告人席の周囲にはプレートメイルにブロードソードやらハルバードと言った完全装備の軍務の傭兵たちが並んでいて、とても逃げ出す事はできないんだけどね。――あれ? 拘束された時は公安と軍務がセットでいたのに、ここには軍務しかいないな。
観客席には、既に街の人たちが入りつつあった。私がこの魔族騒動の被告であると言うのが知られているのだろう、私に注がれる目はかなり厳しい。ひそひそ耳打ちなんかしたりもしている。
そんなのに気圧されていたって仕方ないので、私は腕を組んで不機嫌そうに仁王立ちで待つしか無かった。
さて、誰か知っている人は来ているかな……と。
あ、しれっと最前列にシャイラさんとクリス、マリアが立っている。目が合ったクリスが手を振ってくれた。マリアは祈りながら何か言っているようだ。おそらく『神様のご加護があるから大丈夫です! たぶん!』って所だろう。
それ以外の同級生も何人か来ているけど、余り多くはないかなぁ。まあ、警備部に手伝いに行っている人たちは、基本、公安とのにらみ合いに参加中だろうから、ここに来る暇はないのかも知れないけど。
確か、城門は閉鎖中と聞いたからフライブルク内外の出入りはできない筈。なので、村に居たはずのリチャードさんたちがここに参加するのは難しい……はずなんだけど。
「いるよ……どうやって入ったのか知らないけど」
傍聴席の後ろの方に、目立つ白ずくめの姿が見えていた。あれはどう見てもリチャードさんだ。そして、その隣にアレックスとユーリが並んでいるのも見える。
家の服装だと、アレックスとユーリは揃いのメイド服なんだけど、やっぱり外出時に"それ"は気兼ねしたのか、上からローブを着て目立たない服装になっている。
私と目が合ったリチャードさんは、軽く手を挙げてきた。アレックスは、微妙にジト目でこちらを見ている。どうせ、またしょうもない事に巻き込まれて、なんて思っているんだろう。
ンな事言っても仕方ないじゃん。向こうから来るんだからさ? ともあれ、これで役者は揃ったかな。これなら、少々の荒事があってもなんとかなるだろう。
◇ ◇ ◇
と、傭兵達の壁が割れて、もう一人、被告人席に連れてこられた人物が居た。私はその顔を見て驚きの声を上げる。
「ギャリーさんじゃないですか!?」
そう、連れてこられたのはフライブルクを治める五大商会の一つ、デイビス商会の主であるギャリー老人だった。ただ、私と違って拘留中の扱いは余り良くなかったようで、服装も汚れていて、少しお疲れのように見える。でも、その瞳の光は衰えていないようだ。
「やあ、アニーくん。面倒なことに巻き込んでしまったようじゃの」
「ギャリーさんは何と言われたんですか?」
「この騒動の首謀者がワシなんじゃと。アニーくんが巻き込まれたのは……エリザベスと繋がりがあったからかも知れんの。すまん事をした」
ギャリーさんの孫娘であるエリザベスとは、一年間一緒に冒険者学校に通っていた仲だった。彼女は一年生が終わるときに、王都の寄宿舎学校に移ってしまったけれど、今でも、手紙のやりとりが続いている。
「わたしはこの格好だし、魔法の知識もあるし、実行者としてのでっち上げられる資格はありますから、ギャリーさんは気にしないで下さい。繋がりという意味であれば、シャイロックさんとも繋がりがあったのに、この有様ですから」
肩をすくめながら話す私に、ギャリーさんは渋い表情で首を振りながら自嘲している。
「シャイロックもなぁ、フライブルクに害を及ぼす男には見えんかったんじゃが。ワシの人を見る目も曇ってしもうたかの」
渋い顔を崩さないギャリーさんに、私は先日仕入れたばかりの情報を披露する事にした。
「シャイロックさん、魔神が召喚できたら、娘さんを治すことが出来るって聞かされていたらしいですよ?」
「そうか……なるほど。ヤツの唯一かつ最大の弱点じゃからな。ヤツの娘は。しかし、魔神と言うものは、そんな事までできるんじゃろうか?」
首を傾げるギャリーさん。
「もちろん、それは真っ赤な嘘だったんですけどね。――まだシャイロックさんはその事を知りませんが」
それに対する私の解答に、ギャリーさんは興味深そうな顔をしてこちらの顔をのぞき込んで来た。
「ほう、アニーくんはまた、えらく詳しいようじゃの。これはこの裁判、楽しみに見物できそうかね?」
「ええ、まあ。本番を楽しみにしてくださいね?」
と、私が微笑みながら返した所で、ギャリーさんは反対側の検察側の席の方に目をやった。
「む、検察官のお出ましのようじゃの。公安部長自らのご出馬か」
見ると、公安部長兼悪魔崇拝教団の総大主教、つまり、今回のラスボスであるラシードが、検察官席に着こうとしていた。アマリエは……少し後ろに控えて立っている。
手元の書類を見たりなにやらやっていたりしていたが、ふとラシードが目を上げて私に目が合ったところで、口元にニヤリと嫌らしい笑みが浮かんでいるのが見えた。
その脂ぎった顔を見ていると、こちらから中指を立てたくなって来たけど……法廷侮辱罪とかなんとか言われてもシャクなので、かろうじて自制する。
そうやって笑っていられるのも今のうちだけ、見てなさいよ……っ!
◇ ◇ ◇
しばしの時間が過ぎた後、法廷に広報係であるタウンクライヤーが姿を現し、裁判の開始を宣言した。
「これより、フライブルクを襲った魔族出没事件に関する公開裁判が行われる!」
そして、裁判長席の方を向いて、更に声を張り上げた。
「裁判長であらせられる、臨時救世評議会、評議会長のシャイロック様のご出座である!」
声に応じて、のっそりとシャイロックさんが姿を現した。その表情はなんて言うか、かなり張り詰めていて、思い詰めた表情をしている。
これで魔神さえ呼び出せてしまえば、ジェシカさんが助かるって思い込まされている……んだろうね。残念な事だけど。
シャイロックさんは裁判長席につくと、しばし無言でラシードと私たちの方を見た後、手元の羊皮紙を見ながら裁判の開始を宣言した。
「それでは、魔族出没事件に関する審議を開始する。検察側として、ラシード公安部長を、被告側としてギャリー・デイビス氏、アニー・フェイ氏を召喚した」
次いで、裁判の通常の進行通り、罪状認否に入っていく。
「まずは、罪状認否から入る。ギャリー・デイビス、アニー・フェイ。両氏には、フライブルク市街に大量の魔族を召喚し、破壊と混乱を招いた容疑がかかっておるが、以上、相違ないか?」
ここで罪を認めてしまえば裁判は終わってしまうし、そもそもやってない話なんだから、もちろん……
「やってもおらん事は認められんよ」
「ええ、もちろん、わたしはそんな事してません」
ギャリーさんも私も、一も二もなく拒否する。その態度に、聴衆からブーイングが起きたりしている。いやだって、認めるわけには行かないし……
シャイロックさんも、私たちが罪を認める事は期待していなかったらしく、小さく頷いただけで特に反応は示さなかった。
「よろしい。それでは、検察側による冒頭陳述を開始する。ラシード公安部長」
シャイロックさんの声を受けて、ラシードはわざとらしくシャイロックさんに向けて礼をした。
「ありがとうございます、裁判長閣下。それでは、冒頭陳述に移らせて頂きますぞ」
こうして、私の、そしてフライブルクの未来を決める裁判が始まった。
次回予告。
私たちの罪とやらを解説する冒頭陳述……と思ったら、なんとも困った事に、でっち上げの三文芝居が連発されてしまう。うーん、このやりたい放題に対して、どうしてくれようか、まったく!
次回、「三文芝居の冒頭陳述」お楽しみに!