97.逮捕連行!?
数日前にぽぽんとブックマークいただきました。ありがたい事です。
次回は10月24日に更新予定です。
未明に下宿に帰っていた私は、ベッドに潜り込んで深い眠りについていた。
しかし、残念な事に先日に引き続いて今日も、扉を激しく叩く音で私は叩き起こされてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
執拗なノックに、大家のマリーさんが出て行ったようだ。私はまだシーツの中に潜り込んだままで、目をつむって訪問者の様子をうかがっていた。
「はいはぁい、どなたですかぁ?」
「…………」
「……」
来客と話し込んでいるようだけど、その内容はよく聞こえない。
と思ったら、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。来客? 冒険者ギルドの人間なら外から直接呼んでくるだろうに。
足音は私の部屋の前で止まり、一呼吸置いた後、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
私あてか……無視するわけにも行かないし、仕方ない。私はやむを得ずベッドから這い出して、よろよろと扉に向かっていった。
ふと窓の外の様子を見ると、日は出ているようだけど、まだ早朝のようで、外は静寂に包まれていた。そして、やたらめったら冷え込んでいる。
「はい?」
扉を開けるとそこに居たのは……軍服を着た公安の職員、それも、例のナイトシェードだかアマリエだか言う暗殺者その人だった。黒い羊毛製の細身の軍服の上に、黒く染められた革の外套を着ている。そして腰にはごついククリナイフを下げているのが見えていた。
「!?」
思わず息をのんで後ろに跳びすさり、彼女の手の届かない範囲に逃れていく。
ナイトシェードは、そんな私の様子には構わずに、落ち着いた様子で口を開いた。
「冒険者学校学生のアニー・フェイさんですね。初めまして、私は公安部のアマリエと申します」
そして、微笑みながら小さく頭を下げる。私はその様子に戸惑いながらも、警戒を緩めないまま小さく頭を下げ返した。
「そのアマリエさんが、わたしに何の御用でしょうか?」
「早朝からお騒がせして申し訳ありません。残念ながら、あなたにはフライブルクの治安を乱した容疑が掛かっています。詰め所までご足労願えますでしょうか?」
治安を乱した? この人、ハニーマスタードが私である事を知っている筈だし、昨日の一件の事を言っているんだろうか?
「え、私に、ですか?」
ハニーマスタードとしてはともかく、私、アニー・フェイとしては、魔族達と戦ったりと、治安を守りはすれども、乱した覚えはないんだけど……
「はい、アニー・フェイさんです。馬車を用意してありますので、詳しくは道中説明させていただきます」
「は、はあ……断ったりはできないんですよね?」
「その場合、残念ながら、困った事になりますね」
生返事をする私に、アマリエはあくまで慇懃な姿勢を崩さない。私は彼女の顔を観察しつつ、頭の中で取り得るオプションを考え始めていた。
突然の出頭命令?の理由がさっぱり分からない。正直、暗殺者を常用する悪魔崇拝教団と、公安部がイコールであると言う事が分かっている以上、公安部に拘束されに行くのは自殺行為だろう。
でも、夜陰に紛れて暗殺しにくるのではなくて、きちんと公安を名乗って、その姿を周囲の目に晒して来ている以上、殺しに来ているのではない、ような気がする。それに、正規の命令である以上、これで逃げても犯罪者扱いになるだけだろうし。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。まずはつきあってみて様子を見てみるしかない、かな。
と、しばしの逡巡の末、私は抵抗せずに彼女と同行する事に決めた。
「分かりました。同行します」
「ご協力ありがとうございます」
私の回答に、笑みを浮かべて頭を下げた後、アマリエは何か思いついたような顔をした。
「ああ、女性ですし、着の身着のままと言う訳にも行かないでしょう。そこの鞄一つくらいなら持って行って結構です。5分ほど差し上げますから、お好きなように準備してください」
と言いながら、ハンガーポールに掛かっていた私の貪欲の鞄を指さす。
ラッキー、収納力無限に近いこの鞄を持っていって良いのなら、何でも持っていって良いと言う事になるな。
「私は廊下で待っています。準備が終わったら出てきて下さいね」
と、言い残すと、アマリエは廊下に出て行った。
◇ ◇ ◇
行くと決めたからには、後悔の無いように準備をしておかないと。
まずは寝間着から外出着に着替え、必要そうな小物を貪欲の鞄に放り込んでいると、廊下で話す声が聞こえてきた。一人はアマリエで、もう一人は中年男性の声だ。
(すぐに連行しないので?)
(ええ、女の子には準備が必要です。寝間着姿で連れて行く訳にもいかないでしょう?)
(おや、珍しく、お優しい事ですな。いったい、どんな風の吹き回しで?)
(別に。――ここは良いので、あなたは、馬車の準備をしておいて下さい。いいですね?)
(ぐっ……は、はい)
うーん……確かに、普段の公安の拘束方法を見ると、割と強引に引きずり出しているイメージがあったから、被疑者に時間の猶予を与えるこんなスマートなやり方は珍しいかも知れない。
ともあれ、お陰で完全装備が整った。
頭には魔術師の帽子、シャツに今は防寒用の毛糸のベストをつけ、キルトのスカートにその下は厚めのタイツを穿いている。
そして、貪欲の鞄を肩から掛けて、濃紺の外套を背中からまとっていた。
顔を二、三度叩いてしゃきっとしてから、私は廊下に出て行く扉を開ける。
「もういいのですか?」
「ええ」
アマリエは私を先導して降りていく。
階下では、シャイラさんと大家のマリーさんが心配そうな顔をして見送ってくれていた。私はシャイラさんの顔を見て笑いながら手を振ってみせる。
「シャイラさん、なんだかよく分からないけど、行ってくるよ。心配しないで」
「あ、ああ。大丈夫なのか?」
「公安もそんなに無茶はしないでしょ。一応、機会があったら学校やリチャードさんに伝えておいて」
「ああ、分かった。気をつけて」
更に階段を降り、外に出る扉を開けると、そこは一面の銀世界だった。
そして、公安用の思われる馬車が戸口に駐められていた。御者台には公安の軍服を着た中年の男性が座っている。恐らく、先ほどアマリエと話していた相手だろう。
私はアマリエの誘導に従って馬車に乗ると、次いでアマリエも私の隣りに乗ってきた。そして彼女が扉を閉じると、御者台の男はムチを軽く振って馬車を発進させたのだった。
公安の軍服は、ドイツ軍のパンツァージャケットをイメージしています。
次回予告。
馬車に乗って連行中の私。車内には私と、暗殺者ナイトシェードことアマリエが同席していたのだけれど、彼女の口によって私の拘束理由などが語られたのだった。そして……
次回「呉越同舟」お楽しみに!