96.証拠確保!?
結局、一番書き進められるのって、通信を遮断して喫茶店とかで書いている時のような気がします。家だとついついネットブラウズしちゃって、誘惑が……
次週は長さの都合により、10月21日、24日に更新予定です。
※2020/1/13 チェインライトニングのルビが正しく掛かっていなかったため修正
ナイトシェードを追跡していた私は、公安部長のラシードが悪魔崇拝教団の総大主教であり、要石を使ってフライブルクに魔族を召喚する計画の首謀者である事を知ったのだった。
私は撮影を続けながら、頭の中でこの話を誰に持ち込むべきか考え始める。
この話、警備部に持っていっても、正直、警備部の今の発言力では何もできないよね。
では、リチャードさん? 領主館に逃げ込めば、私自身の安全は担保できるかも知れない。でも、リチャードさんでは、フライブルクを、公安を何とかするのは無理だろう。やる気もなさそうだし。
シャイロックさんは……彼が知らずに協力されているんだったら、助けてくれるかも。でももし、彼が分かっていて公安に協力しているんだったら、まさに飛んで火に入る夏の虫、だ。ちょっとそのリスクは犯せないな。
じゃあ、デイビス商会のギャリーさんはどうだろう? フライブルクを治める五大商会トップ、シャイロックさんと同等以上の権力を持つギャリー老人なら、奴らに対抗できるかも!
よし、明日、なるべく早い時間にデイビス商会を訪れて、事件解決への協力を依頼する事にしよう。
考えに夢中になっていたところで私は、いきなり現実に引き戻される台詞を耳にした。
「おっと、鼠が一匹迷い込んだようですね?」
その声に慌てて頭と手を引っ込めると、それまで頭があった場所を小刀がかすめて飛んで行った。
◇ ◇ ◇
私は手に持っていたレコードクリスタルつきのリボンブローチを首元につけながら、廊下の手すりを飛び越え、中庭に飛び降りて行く。
部屋からはナイトシェードと、それに続いてラシードが顔を出してくる。
「誰かあるか! 賊が侵入しておるぞ!」
ラシードの声に呼応して、中庭に面した幾つかの扉から武器を手にした人影が姿を現し始めた。公安部長宅なのに、公安……じゃなくて、これはどう見ても暗殺者の方の格好だ。全員暗い色のレザーアーマーに身を包み、顔にはマスクをつけ、手にはショートソードやダガーなどを構えている。
私は中庭の壁を背に立ち、包囲されるに任せた。でも、口の中で必要な魔法の詠唱を進めておく。こんな時に便利な、とっておきの魔法だ。
暗殺者共は私を包囲したが、いきなり仕掛けては来ようとせず、一定の間隔を保っていた。
と、二階の廊下から私を見下ろしてた総大主教が、尊大な様子で口を開いた。
「変わった子鼠だな。――何者だ?」
私はそれに対してにやりと笑みを浮かべ、両腕を腰にやり、挑戦的に胸を反らせながら答えた。
「あら、フライブルクでわたしを知らないとは……さてはモグリね?」
そして、右手の人差し指でびしっと総大主教を指さしながら、いつもの決め台詞を一発。
「魔法少女ハニーマスタード、ここに参上! 今宵の私はぴりりと辛いわよ!」
「ほう、お前が噂のお節介焼きの小娘か」
興味深そうにニヤついた笑みを浮かべるラシードに対して、私は少しでも情報を引き出すべく口を開いた。もちろん、レコードクリスタルによる撮影は続行中だ。
「さて、ラシード公安部長、それとも、悪魔崇拝教団の総大主教猊下かしら? 公安部長宅にこんなに暗殺者を飼っちゃって、いったい何をするつもりなのかしらね?」
「ふん、何しろ公安部長と言う重職にあると、命を狙われる事も多くてね。護衛の傭兵を雇っていて何が悪い? 総大主教などとは……はて、何のことやら」
あくまでとぼけるラシードに、私は核心に切り込んでいく。
「この耳できっちり聞いているわよ。あんたたちがフライブルクに対して、要石による都市級結界を敷いているって事をね。この結界でいったい何をするつもりなのかしら? 魔神でも召喚するつもり?」
私の言葉に、ラシードは目を見開いて驚いた顔を見せた。もっとも、まだ余裕綽々の様子だ。
「ほう……なかなか目ざといな。そこまで掴んでおったか。噂の"正義の味方"は、警備部の無能共とはひと味違うようだな」
「お褒めにあずかり、光栄ね。――そうだ、お褒め頂いたご褒美に、一つだけ質問していいかしら?」
「ほう、何かな? 私が答えられるといいんだが」
せっかく相手が質問に答えてくれると言うチャンスに、私は確認したい事を頭の中で素早く選択し、ラシードに向かって質問した。
「シャイロックさんはこの計画の事を知っているの?」
「シャイロック? くくく、無論だ、彼の協力が無ければこの計画を成し遂げる事はできなかった」
「…………」
やっぱり、シャイロックさんは分かっていて協力していたのか……でも、なんで?
わずかに目を細めながら無言で返した私に対して、ラシードは口をゆがめながら言葉を続けた。
「もっとも……彼は魔神が召喚できれば娘が治せると思っているんだがな」
「……だましたって事?」
私は厳しい表情のまま、小さく質問を投げた。ラシードはそれに対して、いけしゃあしゃあとうそぶいた。
「この生き馬の目を抜くフライブルクで、五大商会の一つにまで上り詰めた男だ。普段ならばこんな陳腐な甘言に乗りはせんだろうに、娘のためには目が眩んだようだな」
つまり、魔神を召喚できればジェシカさんを助けられるって吹き込んだ訳か……
「愚かなことだ。我々の目的は魔神を召喚する事そのものにある。魔神が病気を治療する方法なんぞ有りゃせんよ。ああ、望めば不死人にならできるかも知れんがなぁっ!」
「そう、そういう事だったのね……」
至高神の信徒なら、汝は邪悪なりって叫びたくなるシチュエーションだ。でもまあ、私は厳しい表情で小さく首を振っただけ。「邪悪なり」って言っても「いかにも」って返されそうなだけだしね。
ラシードはひとしきり笑った後、歪んだ笑みを浮かべながら、会話の終了を告げた。
「さて、要石も全て揃った。この地が魔界と化せば、最早、"正義の味方"は無用の存在となる。お嬢ちゃんには、そろそろご退場願おうかね」
「あら、この程度の手勢でなんとかするつもりなの? ちょっと甘く見すぎじゃないかしら?」
「ほざけ、小娘が! 構わん、殺れ!」
総大主教の指示に応じて、囲んでいた暗殺者共が動き始めた。
それと同時に、私はぎりぎりまで待機させていた魔法を完成させる。
「これでも喰らいなさい――"連鎖電撃"!」
私の左右に広げた両手の前に浮かび上がった魔法陣から、それぞれ紫色の電撃が飛び出し、密集した暗殺者どもを繋ぐように襲っていく。
これは、一定範囲内の目標に対して電撃が連鎖的に襲う、対多人数用の攻撃魔法だ。敵味方の区別は付かないから普段は使いづらいけど、味方は自分だけで残りは全員敵という状況ならお構いなしだ。
バリバリっと電撃が走った後、暗殺者どもはそのままの勢いで倒れ伏してしまった。それほど攻撃力は強くないから、これで死ぬことはないと思うけど、スタン効果によってしばらく体の自由は利かない筈。
「なっ……!」
「さて、ご自慢の暗殺者部隊……自称、傭兵部隊でしたっけ? は、無力化したわよ。次はどうするのかしら?」
私の挑発に、ラシードはイラついた様子でナイトシェードに指示を出す。
「ぐ……、ええい、ナイトシェード、殺れ!」
「は」
ラシードの指示に、ナイトシェードは小さく答えて二階から飛び降りようとする構えを見せた。
うん、ここが潮時だろう。
ナイトシェード相手では、一対一で恐らくギリギリ。これ以上の加勢が入ったり、スタン中の暗殺者部隊が回復を始めてくると、とても勝ち目はない。
私はナイトシェードと接敵する前に、撤退する事を決めた。あとはどうやって逃げるか、だけど…… "浮遊"の上昇速度ではあっさり追いつかれるし、"重力軽減"によるジャンプも、結局、追いかけっこになるから長距離になると不利だ。で、あれば、とにかく素早く空中に逃げるしかない。
方針を決めた私は、素早く魔法の詠唱を開始した。
「"マナよ、姿を変えてこの身を護る盾となれ"――防御!」
「"マナよ、万物の軛、重力から解き放つ力となれ"――重力軽減!」
防御は足下を重点に、下からの打撃に耐えるように展開している。
そして、二階廊下の手すりを踏み越えて、こちらに飛びかかろうとしているナイトシェードを見据えながら、続く魔法の詠唱を開始した。
「"マナよ、我が求めに応じ万物を砕く破壊の炎となれ"」
「!」
私の"爆裂弾"の詠唱を見たナイトシェードは、空中にいる体勢のまま、左手を振りかぶった。恐らく、私が爆裂弾を発射した瞬間に小刀でも投げて爆発させるつもりなんだろう。
その対応は想定内!
私はとんと軽くジャンプしてから「――爆裂弾!」と唱えて魔法を成立させ、私の真下に爆裂弾を生成、そのまま地面に着弾させる。
轟音と共に足下から広がってくる爆炎に私は包まれた。
私に向かって突進していたナイトシェードは、爆炎に襲われて顔面を左手でかばい、たたらを踏んでいる。もっとも、ナイトシェードに向けて放ったわけではないから、ダメージは受けていないだろう。
そして私は……
「それじゃ、聞きたいことは聞けたし、今日はここまでにしといてあげるわ! バイバ~イ!」
爆風で20mほど真上に吹き飛ばされ、落っこちる前に"浮遊"と"重力子"を唱え、そのまま飛行体勢に入る。まさに垂直離陸だね。ちなみに、足下で展開した"防御"のお陰で、爆裂弾のダメージそのものは受けていない。
地上から私を見上げるナイトシェードと総大主教を尻目に、私は手を振って捨て台詞を残し、離脱していった。
◇ ◇ ◇
「――くしゅん!」
寒いと思ったら、ついにちらちらと雪が降り始めていた。この勢いだと、朝までに積もってしまうかもしれない。何をするにせよ、夜が明けてからでないと進められない。
と言うか、二足のわらじの厳しい所で、明日も普通に仕事に出なきゃならないんだから、徹夜なんてしてられない。
私は迂回経路を取って追跡を避けつつも、早々に下宿に帰って布団にくるまって眠りに落ちたのだった。
次回予告。
深夜に就寝した私は、下宿のベッドの中でまどろんでいた。ところが昨日に続いてまた今日も、私はドアを激しく叩くノックの音で叩き起こされる事になったのだった。
次回「逮捕連行!?」お楽しみに!