94.馬車強盗
物語を綺麗に収めると言うのはホント、難しいですね。これまでまともに終わらせた事が無いので、四苦八苦しています。
めっきりPV数も落ち着いて、涼しさを感じる今日この頃ですが、今しばらくご覧頂ければ幸いです。
しれっと新技登場で、使い倒しています。
次回は10月10日更新予定です。
先行して出発した私は独り、襲撃予定地点の屋上で待機していた。
そりゃまあ、一緒に行動した方が色々はかどるんだろうけど、こればっかりは護らなければならない一線のように考えている。
もう日付は変わった頃で、気温も一気に下がってきていた。こんなに寒いと雪でも降り始めるかもしれない。
「来たわね」
すでに”暗視”を掛けて見えやすくなった視界の向こうから、四頭立ての荷馬車がゆっくり近づいてくるのが見えた。御者台には二人座っているようだ。
そして、荷台には大きな岩のような物体が布に覆われてくくりつけられており、そこにも二人のローブをかぶった人影が座っているのが見えている。その風体は、見るからに荷物運びではなさそうだ。
さて、そろそろ始めないとね。私は屋根の上に潜んだまま、地上の荷馬車からは見えないような位置で、虚空に向かって小声で語りかけた。
「出ておいで、シルフィ」
すると、一陣の風が舞ったかと思うと、碧がかった半透明の女の子が現れた。さらさらの長髪にゆったりとした白いローブを身にまとって宙に浮かんでいる。
彼女は、ひょんな事から私が”契約”する事になった風の精霊、シルフィだ。
「あの荷馬車を中心に、無音にしてくれる?」
私の”標準語”でのお願いに、シルフィは軽く頷いて荷馬車の方を向き、なにやら小さく息を吹きかけた。
精霊たちは、こちらの言葉は分かってくれるんだけど、彼らの言葉は私は理解する事ができない。シャイラさんのように、精霊使いの素養があれば分かるんだろうけど、残念ながら私は持っていない。
ともあれ、召喚中はマナがダダ漏れと言う代償はあるものの、精霊使いでもないのに風に関する精霊魔法が使い放題と言うのはいい取引だと思う。
常人ならば長くは維持はできないレベルのマナ消費も、私にとっては無料同然であるわけだし。
荷馬車の様子を見ると、いきなり無音になったことに気づいたのか、荷馬車に乗っている人たちが周囲を見て警戒態勢に入っていた。馬たちも驚いたのか、立ち止まってきょろきょろしている。
そこに突然、馬車の前方から矢が射かけられたようだ。通常であれば風切り音とかでもう少し気が付くんだろうけど、無音では気づくすべも無く、ざくざくと護衛達に突き刺さっていき、彼らは倒れ伏していった。
◇ ◇ ◇
荷馬車の全員が倒れ伏したところで、おそらくスラッシュとフレイムスロワーを筆頭に、六人の黒装束の男達が姿を現した。
彼らは荷馬車に駆け寄ると、彼らの隠し倉庫に運び込むべく、再び動かし始めようとしている。
そこに突然、男の声が響き渡った。
「公安だ! 全員そこを動くな!」
見ると、馬車の後ろに八名ほどの人影が現れていた。既に、そのうちの四人が抜剣状態で突進を始めている。
シルフィの”静寂”につつまれた荷馬車の周辺では、その声を聞くことができなかったが、盗賊ギルドの襲撃部隊も、なんとか公安に気づく事ができたようで、慌てて体勢を整えようとしている。
こうなっては”静寂”は邪魔なだけ。私はその解除と……さすがに公安に攻撃はできないから、彼らの足止めをシルフィに命令した。
「シルフィ、”静寂”解除! 次はあいつらの足止めをお願い」
私の命令に小さく頷いたシルフィ。彼女か軽く身振りをすると、まず”静寂”が解除されたようだ。
次いで、彼女が再び小さく息を吹き出すと、突進する公安を中心に”暴風”がわき起こった。彼らの衣服や髪が突然、かなりの勢いで煽られ始め、彼らは足を止めて風に吹き飛ばされないように踏ん張っている。
交戦されると、さすがにこれ以上援護はできないけど……幸いにも盗賊ギルドの襲撃部隊は撤退を選んでくれたようだ。彼らは次々に発煙弾を公安と荷馬車の間に投げ込んで視界を塞ぎ、その隙に反対側に逃げ始めた。
私は襲撃部隊の撤退が完了したあたりで”暴風”を解除し、しばらく様子を見ることにした。
公安の面々は逃走した襲撃部隊には構わず、荷馬車に元々乗っていた人たちの死体を確認している。また、二人ほど荷馬車の周囲に立って警戒に当たっているようだ。
なにやらぼそぼそ喋っているようではあるけれど、屋根の上の私の位置からはさっぱり聞こえない。なので私は、またまたシルフィに助力をお願いする事にした。
「シルフィ、あそこの音を私に聞こえるようにして」
シルフィが軽く頷いた瞬間に、”聞き耳”の効果が発動し、彼らの会話がはっきりと聞こえ始めた。
◇ ◇ ◇
「被害者の様子は?」
「全員死んでいます。これは、矢傷ですね。毒はないようですが」
馬車から一歩離れた位置で、腕を組みながら馬車の様子を見ていた若い女性が口を開くと、それに応じて死体の様子を見ていた青年が答えていた。
あれ、てっきり男性の方が上司だと思ったら、あの女の子が一番偉そうな感じだ。ストレートの長い長髪を、ポニーテイルの形に結っている。腰にはごついククリナイフをぶら下げていて、年の頃は……私より少し上、かな?
はて、どこかで見たような……? 黒髪ポニーテイルの若い女性で、ククリナイフ……
そのキーワードから、デーモンコアの一件の際に戦った暗殺者を連想した私は、軽くかぶりを振った。あれは邪教集団の暗殺者で、ここに居るのは公安のメンバーのはず。うん、同一人物のはず、無い、よね?
「そう。襲撃者の手がかりはなさそう?」
「そうですね……放置して、運び先を追尾した方が良かったかもしれませんね。ま、十中八九、盗賊ギルドでしょうがね」
女性は少し考え込んだ後に青年に答えた。
「そうね……ま、これでいいでしょう。一時的にでも、これを他人の手に預けるリスクは避けるべきね。今の段階では、誰が襲撃したか、などは気にする必要はないわ」
「は、分かりました」
と、答えながら、男は死体をまとめて荷台の隅に積み上げ始めていた。
そこへ、御者台を調べていた別の男が女性に向かって声を掛けたようだ。
「あ、ナイトシェードさん」
その言葉を聞くやいなや、若い女性はその男性の下に一瞬で飛んでいき、彼の胸ぐらを掴んでいた。そして低い声で叱責する。”聞き耳”が有効な今は筒抜けだけどね。
「ここでその名前は止めなさい。私の名前はアマリエよ」
「う……ぐ……す、すみません、アマリエさん」
女性が掴んでいた手を離すと、男性はうつむいて咳き込み始めた。
ナイトシェード? 確か毒草の名前だっけ。公安でコードネームなんて使っていたかな? 毒草だけに、暗殺者だったらありそうな名前だけど……
「それで、何?」
「そ、その、移動準備ができました」
「分かりました。それでは護送を開始しましょう」
「はっ!」
公安の面々は別の若い二人を残して荷馬車に乗りこんだ。残った二人は馬車の前後で歩きながら警戒に当たるようだ。
「それから、今の魔法から考えると、襲撃部隊には精霊使いが含まれていたようです。全員逃走したとは思いますが、再び仕掛けてくる可能性もありますから注意してください」
「はい、わかりました」
御者台に乗った男が鞭を振るうと、荷馬車はゆっくりと動き始めた。
”場所”に対して作用する”聞き耳”では、効果範囲から外れてもう聞こえない。うん、シルフィはそろそろ還してもいい頃合いかな?
「シルフィ、もういいわ、ありがとう」
私の声に彼女は優雅に礼をすると、またまた風と共に去って行ったのだった。
シルフィを見送った私は、音がしないように鞄から静かに杖を取り出して、それにまたがった。
「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊」
「"マナよ、万物を引き寄せる力の源となりてここに現れよ"――重力子」
二つの魔法を唱えて、私はふわりと屋上から浮かび上がる。
屋根の上からの追跡だと、瓦を踏む足音で気づかれる可能性もあるし、いつぞやの暗殺者との一戦の事を考えると、決して屋上は安全な場所じゃ無い。少し距離を取って、空から追跡した方が安全だろう。
そう考えた私は、比較的高度に余裕を取って、空中から荷馬車の後を追っていったのだった。
次回予告。
荷馬車の後を追いながら、これまでの情報を整理するハニーマスタード。そして、公安がシロかクロか判断に迷った所で、ついにその正体を知る事となったのだった。
次回「黒幕見ゆ!」お楽しみに!