第六十一話 進軍
バルコニーから扇状に広がっている観覧席。その扇状から僅かに外れた所に僕達はいた。
貴族席とも、民間人の観覧場所でもなく、バルコニーを横から観る位置だった。正面ではないが十分に見えるであろう。
席が用意されているためゆっくり観られそうだ。貴族とも区間別にされているため、貴族が寄ってくることもない。
僕達のために、ここまで用意してくれたオリバー騎士団長には、後でしっかりお礼を言わなくては……。
バルコニーの両脇に、オリバー騎士団長と、王宮魔法使い総司令のデモン・スティーンが現れたことにより、ざわつく民衆達。
そして今日の主役である、アルステム国の第一王女。アルステム・カレン・グレームが姿を表した。
陽当たりの良いバルコニーに、眩しいくらいに輝くカレン姫が立っていた。
美しいドレスに身をまとい、髪飾りやネックレスなどの装飾品は、太陽の光でキラキラ輝き放っていた。
しかし、ドレスや装飾品に、負けじと輝いていたのは他でもない、カレン姫だった。
化粧や装飾品で着飾っているとはいえ、とても十五歳には見えないほど美しかった。
民衆達はドッと歓声をあげた。
カレン姫が来賓の挨拶を終え、果実酒を掲げると、貴族も民間人も同じように果実酒を掲げた後、グイッと飲み干した。
カレン姫は口を付けただけで飲んではいないようだ。
すぐにオリバー騎士団長が果実酒の残ったグラスを受け取りメイドに渡していた。
やはり、主役が酒を飲んで体調を崩したり、酔ったりしてはいけないからだろうか?
カレン姫はにこやかに微笑んだまま、手を胸の高さまであげ軽く手を振りだした。
すると、民間人が移動をし始めた。
民間人の観覧方法だが、カレン姫を観たらすぐ移動しないといけないようだ。
後ろからどんどん人が流れてくるのだ。
警備兵が管理しているため、押し合うことはないし、きちんと間隔は空けられているが、落ち着いて眺めることは出来そうにない。
まるで動物園でパンダなどを観る人の列のようだ……。
僕はお酒は飲んだことがなく、手元の果実酒も飲むつもりはなかった。
しかし、グイッと飲み終えたラルクとコングが僕に飲むように進めてきた。
「男なんだから酒くらい飲めたほうがいいぞ!」
「この酒飲みやすいからハルでも大丈夫!」
たしかに、そのうちラルク達と、酒場で飲み明かしたりとか楽しそうだが……。
ぐいぐい進められ、押し負けた僕は渋々飲んでみた。
たしかに飲みやすい? のかな? 僕でも飲めたところをみるときっと飲みやすいのだろう。
口に含んだときはブドウのような味がして思ったより美味しいかも? と思ったが、後からお酒の味が広がってきて、やっぱり美味しくないと思った……。
お酒の美味しさがわからない僕はまだ子供なのだろうか……。
シルビアも飲んでいるけど、妊娠している時って飲酒は駄目だったような……。たしか――――
「シルビアさん、妊娠中の飲酒はだめなんですよ! 赤ちゃんの健康や身体に、異常が出てしまうかもしれないんです!」
それを聞いたシルビアは、驚き急いでグラスを置いた。
「吐くわ! 赤ちゃんが大変!」
「まて! シルビア! ここで吐くなっ!」
すぐに吐こうとするシルビアを、止めるわけではなく場所が問題だというラルク。
すでに身体に吸収されているお酒なので、今さらであるが……。それよりも吐くことの負担の方が心配だっ!
勿論吐くことは断念させた。
他世界から来た僕の話をまじめに受け取ってもらえたようだ。僕の出身が他世界のため、疑われても仕方がないと思っていたが、僕の知識を全面に信用してくれているのは嬉しい限りであった。
そんな中一人だけ顔が赤いソマリ。ソマリ酒弱すぎじゃないかい!?
飲んだことがない僕でも平気だったのに、ソマリってどんだけ弱いのか……。
しかし、トロンとした目が以前ベッドの上で押し倒された時のソマリになっていた。
この顔のソマリは色っぽくて可愛い……。
そんなことを思っていると予想外の事を言い出したソマリ。
「ハルぅ様は、いじわるでひゅ」
突然の酔っぱらいの言葉に嫌な予感しかしない!
「夜ベッドで抱ひついてもお、なあ~んにも、してくれないんですお? おかしひいですおね!?」
「ちょっ! ソマリさん!?」
何を言い出すの!? 僕は他にもあれこれ言い出さないように、ソマリの横に行き口を塞いだ。
「ハル……それは男としてどうかと……」
「ハルちゃん……それはソマリちゃんが可哀想よ……」
「ハルうらやま…………」
各々の感想が僕の胸に突き刺さる。
その頃、オリバー騎士団長の元に一人の密偵兵がやって来ていた。
緊急事態ということで、カレン姫の警護を他の者に任せ、バルコニーから席を外した。
カレン姫の警護を外させてまで伝えたかったこと。その緊急性にオリバー騎士団長は密偵兵に耳元で話すように促す。
密偵兵とは、他国を監視することを仕事とする者達だ。
敵対する隣国が戦争のための兵を出陣したのを確認すると、狼煙をあげて中継地点へ伝え、またその中継地点の密偵兵が狼煙をあげて次の中継地点へ知らせるという方法だ。
仮に雨が降っていたとしたら、その方法が使えないため、早馬で中継地点へ行って内容を伝えたら、中継地点で待機していた人物が新しい馬で次の中継地点へ行く。
そうすることで休みなく王都まで走り続けれるというわけだ。
そのため、敵騎兵などよりも何倍も早く、自国の本城に着けるという仕組みだ。ましてや歩兵を含む敵兵なら、相手が四日や五日かかる距離を一日で行くことが可能だ。
そして、その密偵兵がオリバー騎士団長の元に駆けつけたのだった。
「マ、マクラム国がアルステム国に向けて出陣した模様です」
「なんだと!? このタイミングで……」
報告してきた密偵兵には、今は誰に話さないように釘をさしておき、オリバー騎士団長はしばらく顎に手を当てながら考え込み始めた。
マクラム兵がアルステム領に入るのは二日はかかる、そこから王都アルステムまではさらに三日かかる。
今、この成人祭を取り止めるわけにもいかず、また、騎士や兵士を召集をかけることもできない。王都の民間人が混乱する恐れもある。
この成人祭もあともう少しで終わる。それから緊急会議を開き、編成をして明日の昼頃出陣をすれば王都から離れた所を戦場にすることができる。
今は、デモンと、国王だけに伝えておき、カレン姫を警護しながら編成を考えようという決断に至った。
バルコニーに戻ったオリバー騎士団長はカレン姫に聞こえぬように、国王とデモンだけに聞こえるように報告を始めた。
「緊急事態です。マクラム国がアルステムに向かって進軍を開始したようです」
その言葉にピクリと眉を上げるだけにとどめた国王はさすがというべきであろう。
戦争の開幕という事態なのだが、周りに気取られないように顔色を変えずにいるのだから……。
デモンは無反応のまま黙って聞いているため、聞こえているのか聞こえていないのかわからないが、目線だけはオリバー騎士団長の目を見ていたため話を続けた。
「この成人祭のあと緊急会議を開きます。緊急召集をお願いします。また、明日の昼に出陣できるとして、マクラムとぶつかるのはのアルステムから一日の距離だと思われます」
国王の目線はバルコニー下の民衆に向けたまま、「わかった」とだけ言って笑顔を崩さなかった。
そんな時、突然小さく笑いだした人物がいた。
「ふふっ、ふはははっ」
その人物はデモン・スティーンだった。不敵な笑みを浮かべ、声を漏らしていた。
「国王……ようやく準備が整いましたな。今から素晴らしい光景を御見せしましょう」
その言動にキョトンとするカレン姫は、なにかサプライズで私を喜ばせてくれるのかしら? と、思っているのだが、とても喜ばしいことではなかった。
オリバー騎士団長が剣に手をかけるが、まだ何をするのかもわからない人物を民衆の前で切りつけるわけにはいかず、剣の柄に手をかけるだけに留まっていた。
デモンは、国王やオリバーを見ながら、背後にあるバルコニーの手すりの上にふわりと飛び上がり、手すりの上に立っていた。




