第六十話 準備完了
オリバー騎士団長の立っている後ろの扉が開いた。
そこからはまるで妖精……いや、天使かと思うような輝きを放つカレンが立っていた。
金の髪に合わせた、白を基調とした黄色とオレンジ色の模様のあしらわれたドレスに、髪飾りには、綺麗に透き通ったエメラルドグリーンの宝石と、ダイヤのような無色透明の宝石が、藤の花のように沢山ついていて、光に反射してキラキラと輝いていた。
その姿に国王は勿論、その場にいる一同皆が感嘆の吐息を洩らした。
今日は、第一王女の成人祭ということで、僕とソマリはお城の客室という名の自室で待機していた。
御披露目が始まったら、一般観覧より近くで見れる所を用意してくれるということだ。
特別扱いみたいでうれしい。
ちなみに今日はラルク、シルビア、コングまでも同じ部屋にいた。
普段はいくら友人でもお城どころか城門も入れないのだが、オリバー騎士団長の友人ということで今日は特別に入っていいとオリバー騎士団長が手配してくれたのだ。
勿論、剣などは城門の所に居た騎士団の方に預けてある。さすがに剣を腰に刺したまま城に入ることは、長くお世話になっている僕でも許されていない。
ラルク達は初めての入城ということで、かなり緊張している様子だ。コングなんて話しかけてもまったく話が頭に入らないようだ。
孤児院で育ちから、冒険者になったコングには一生無縁だと思われていたことだから、コングが緊張するのも無理はないだろう。
僕がこの城に初めて入ったときは、ソマリが怪我をしていてそれどころではなかった。
それに前世では、修学旅行や社会見学などで、お城とか国会議事堂などを経験していたため、この城を観て回ったときも観光気分だったし、緊張ということはなかった。
「ら、ラルクさん……お、おいらこんな服なんでスすド……」
「き、奇遇だな。俺も畏まった服なんてもっていないからな……」
ラルクもコングも、自分の着ている服を僕やソマリの服と比べ、場違いな所に来てしまったと焦りを見せていた。
二人の服は冒険者が着るような薄汚れた服のため、このような場所ではとても貧相にみえる。
僕も入城した時は汚い服だった……ふと、僕がこの城に来たときの事を思い出していると、女性物のワンピースを着せられた黒歴史を思い出し、僕は部屋の隅で一人悶絶していた。
ラルクの横では、落ち着いた雰囲気で静かに座るシルビア。さすがは大人の女性だ。
二人ほど緊張していないみたいだし、服装の方は女性だけあって一着だけはおしゃれ用の服を持っていたようだ。
「私はラルクと違ってオシャレにも気をつけてるからね。このような時でも困らないのよ」
そう言うシルビアは、テーブルの上に用意されている紅茶の入ったティーカップの取っ手を摘まむと、ティーカップと受け皿がガタガタ音を立てた。
どうやらシルビアも少しは緊張しているようで、手が小刻みに震えていた……。
「しかし、よくこんな息の詰まる所で寝泊まりできるな……」
「ほんと……おいらは安宿の方が落ち着く……部屋の置物や敷物を汚したらと思うと……」
ラルクもコングもお城での生活は嫌みたいだ。その繊細さをソマリにも分けてあげてほしい。
そんな二人を見て、呆れた顔を向けるシルビア。
「あんた達、貧乏性が染み付いてるわね……」
しばらくするとメイドがやってきて、手には五人分の着替えがあった。
ラルクとコングはメイドに対し、まるで神を崇めるかのごとく感謝をしたのだった。
渡された服だが見た目はシンプルな作りだが、上質な布を使っているため肌触りがよく、布に艶があってとても上品に見えた。
「おいら、こんな布初めてだ! すげー気持ちいい!」
コングはすごいはしゃぎようだ。たしかにとても肌触りはいいと思ったが、それはあくまでもこの世界でのことだ。
前世ではこれが普通だった僕には驚きは少なかった。
僕の場合、別の驚きだった。電気もないようなこの世界の実状での、この技術力の高さに驚いたものだ。
「ハルは最近こんな服ばかり着ていたけど、いつももらいものか?」
「貰ってるわけじゃなく借りているだけだよ。寝る時の服と、朝起こされる時に外着用を渡されるんだよ」
「寝るためだけの服!?」
コングが驚きの声をあげるのは仕方がない。
僕もこの世界に来てから、城に来るまでの間、寝間着などは着なかった。孤児院のときは一人二着しかなかった。
二着といっても二日に一度洗って、干している間にもう一着を着るためだから、最低限の分しかなかった。そのため四十八時間、同じ服を着ているのだ。
「ハル……お前、もう冒険者に戻れないんじゃないか……?」
ジト目をするラルクとコングだが、心外だ! 僕はその環境に対応できる自信はある。ある……たぶん。
でも最近ずっとフカフカベッドだったから、野営の時は辛いかも……。確かに城での生活が続いている。
無料で寝泊まりできる所があるというだけども、すごいことなのに、ましてやこの設備。
むぅ……。
心身共に、ダメになる前に冒険者に復帰しなくては……オリバー騎士団長やクロエ姫がなにも言ってこないため甘えていたのは事実だ。
ヨハンとの稽古のお陰で腕も磨けたはず。刀も造ってもらったし、そろそろラグドールとの約束も守らないと……。
双剣か……双剣と打ち合いしたことないや……。
ソマリの怪我も治ったし、稽古の相手してもらおうかな……。
そこに、ノックもなく入って来たのは服を見せるためにクルクル回るソマリだ。
「どうです? 可愛いですか?」
ソマリはとても綺麗であり可愛い。しかも獣耳と尻尾があるなんて反則だと思う。
そんなソマリは、この城に来てから新しい服を渡される度に、こうして聞いてくるのだ。
最初の頃は、女の子に対して「かわいい」なんて言うのは恥ずかしかった。
しかし、何度もこんなやり取りを繰り返す内に、さすがの僕も社交辞令笑顔と共に、「とても可愛いです」と言えるようになっていた。
いつものように、さらっと「とても可愛いです」と言った僕に、周りの視線が集中した。
その視線の意味を理解した僕は、急に恥ずかしくなり赤面する。
しまった! 半分癖になっているこの返事、チャラかったかもしれない。
前世の時、教室で空気になっている僕に聞こえてくる言葉。
髪型を変えたり、ネイルを変えただけで「可愛いね」とサラッと言っているチャラい男子。
僕にはそのハードルは高く、絶対に言えないと思っていた頃があった……。
そんな僕にシルビアは「ハルちゃん……大人になったのね」となぜか嬉しそうで悲しそうだった。
ソマリはいつも、僕が「可愛いと思います」「似合ってます」など言うと、いつも嬉しそうな反応をしていた。
勿論今回も、にへっと顔を崩して喜んでいる。
何度誉められても嬉しいものなのだろうか?
でも、喜んでいるソマリを微笑ましく思うし、悪い気分ではない。さすがにみんなの前では恥かしかったけど、ちゃんと言葉に出してあげることは大事なんだなって思った。
それからすぐにメイドが部屋に呼びに来て、そろそろ御披露目が始まるということなので移動することになった。




