第六話 獣人の村ドベイル
僕は疲れた身体を起こし周りを見渡す。日は完全に落ちきっているが今日は月明かりがある。
僕は森の中を一人歩き続けた。
この世界にはどんな獣がいるかわからないが、獣が出たら僕は殺す。武器もないから素手で殴り殺すことになる。
日本にいた頃の僕には考えられないことだが、これ以上甘えていたらこの世界でやっていけない。ここは日本ではないのだから。
木々が開け、馬車がギリギリ通れそうな道に出た。がむしゃらに走って来たから、今どの辺りなんだろうか。
そもそも地図とかみたことないので、サイゼンの街の周りに、どんな街や都市があるのかまったくわからない。
しばらくその道を歩いていると、沢山の明かりが見えてきた。
少しホッとしてしまった自分が嫌になる。
ホッとしたのは明かりがあったからではない、獣や魔物に出くわさなくてよかった、殺さずにすんだ……と。
どうやら村のようだ。外壁……ではない、柵というべきか。木を斜めに切り尖らせ、槍にしたもので造られており。入り口には門番が一人立っていた。
近づいて行くと門番が腰の剣に手を掛けたが、すぐに安心したように剣から手を離した。
「ん……子供? こんな夜に一人なのか?」
それもそうか、武器らしい武器はなにも持っていなくて、見た目弱そうな子供が一人なのだから。
よく見てみると頭には耳があり、身体の後ろから尻尾が見える。獣人っていたんだ……。
サイゼンの街では異種族は見なかったから全然知らなかった。
「一人です、ここには冒険ギルドはありますか?」
「ああ、すぐ目の前だ」
見える限りの家々は全部木製の造りで、外装塗装などはしていないのでサイゼンの街より質素に見える。
入り口からすぐの所が冒険ギルドだった。中に入るとギルドカウンターが二つあり、受付の女性職員が二人とガチムチ身体の男職員が一人。
受付カウンターから離れた場所に飲食できるところがあるのはどこも同じようだ。
テーブルで飲み食いしている冒険者が八人いる、職員も冒険者も全員獣人みたいだ。
僕を見るなりザワザワしだした。僕は受付嬢の綺麗なお姉さんに声をかけた。
「タグプレートはこれでいいですか?」
「はい、結構ですよ。えっと、ハル様ですね。銅ランクでサイゼンの街出身ですね」
受付のお姉さんはタグプレートを見た後、僕に返そうとしたが動きが止まった。
「君、男の子?」
「は……はい」
女の子です、と言っても通るような中性的な顔立ちの僕。この質問はすでにサイゼンの街でも何度もされているが、顔一つで前世とこうも周りの反応が違うと複雑な気分だった。
受付のお姉さんは胸を押さえ、顔を真っ赤にしながら僕を上から下まで舐めまわすようにみている。
(真っ黒な髪と瞳に色白な肌、ほっそりした華奢な身体に女性的な顔立ち。旅をしているハンターなんて、みんな筋肉質で男臭いのにこの子は別格! ああああ! 抱き締めてグリグリしたい! こんな子が一人でやっていけるわけない! 私が……、私が!)
などと、頭の中はこんな感じだが、勿論僕の知るところではなかった。
「ハル様は旅をしているんですか? 一人で?」
「は、はい、一応冒険者のつもりです。一人ですけど……」
「だめでしょうか?」
「だめですっ!」
げ……一人ってだめなんだ。未成年だからかな? 困ったな……宿代も食事代もないし、少し稼ぎたかったんだけど……。
「こんな……こんな……こんな可愛い子が一人で旅をしているなんて許しません!!」
…………なにそれ。
受付の獣耳お姉さんが僕の手を強く握った。
「でも大丈夫です! 私が守ってあげますよ!」
キリッとした目で筋肉ガチムチに向かってとんでもないことを言った。
「ギルドマスター! しばらく私はこの子と旅に出ます!」
「「「「えええええええええ!?」」」」
受付のお姉さんの爆弾発言に酒場中が声をあげた。
あのガチムチの男職員はギルドマスターだったようだ。突然の停職宣言に顔を真っ赤にして怒っているようだが、受付のお姉さんは無視をしていた。
なんだかよくわからない事になっているが、ここは丁重に断ろう。
「あの、お姉さんは忙しそうだし。僕は一人で大丈夫なのでお断りさせていただきます」
「「「「「えええええええ!?」」」」」
酒場中が驚愕の声をあげた。
「ソマリちゃんを断るなんて……」
「人族の趣味はわからねぇな……」
「俺なら二つ返事オッケイするけどな」
周りの獣人からは信じられないというような言葉ばかり聞こえた。このソマリという名の受付のお姉さんはとても人気があるようだ。
「この私が断られるなんて……」
ガックリ肩を落とすソマリ。
僕は黙って依頼ボードに歩き、三枚くらい持って受付のソマリに質問する。
「この中の討伐依頼で、おおよその生息場所を教えていただきたいんですが、ダメでしょうか?」
半泣きのソマリは、ゆっくりと暗い顔を上げて三つの依頼紙に眼を通す。
「あの……どれも鉄と銀ランクの依頼なので、ハル様は受けられませんが……」
さっきまでの元気な声とは真逆の声で答えるソマリ。
「素材の買い取りはしてもらえますか?」
「できますけど? 半値ほどになってしまいますよ?」
「それで構いません、おおよその場所を教えてもらえるなら」
「この依頼の熊なら西に真っ直ぐ一時間くらい進んだ先の洞穴に数匹いるとのことです……まさか行くんですか?」
僕は返事をしないでお礼を言い、お辞儀をして、酒場を出ようとカウンターから離れると、ソマリに手を掴まれた。
「一人で行くなんてなに考えてるんですか!? 死んじゃいますよ! どうしても行くならこの私もついていきます!」
――――誰かこの暴走お姉さんを止めてください……。
「ソマリちゃん、その小僧にそこまでしなくてもいいんじゃないか? それにいくらソマリちゃんの腕でも熊数匹はキツいだろ」
「じゃあ、あなたとあなた、ついてきなさい」
二人ほど指名して立てと言わんばかりに人差し指でチョイチョイと合図する。
ご指名の冒険者は青い顔になり、黙って立ち上がる。
なに……? こんな横暴許されるの? それともこのお姉さん超怖いとか……。
「あの、ついてくるのは勝手ですけど、敵は僕が殺りますので」
それを聞いた近くの冒険者が怒鳴りだしてきた。
「おい! 俺達のソマリちゃんがそこまで言ってやってるのにその言いぐさはなんだ! そもそも武器すら持ってない小僧がどうやって殺るのか教えて欲しいけどなあ!」
なるほど、ソマリは冒険者達のアイドル的存在だということは理解できた。
しかし、なんで酒場では毎回絡まれるのであろうか……。
「……どうしたら行かせてもらえますか?」
冒険者はしばらく悩み、
「あれだ! そう! 勝負だ!」
「勝負ですか? ジャンケン? ケンカ? 腕相撲?」
「お、腕相撲でいいぞ! 生意気な小僧だが、殴り倒したらソマリちゃんに後でなにされるかわかったもんじゃないからな!」
マッチョな腕を出して指をパキポキ鳴らしている。周りからは「手加減してやれよ」など聞こえてくる。
僕らはテーブルに肘を置き、手を握り合う。ソマリが僕らの手の上に手を置いた。
僕の細腕に比べ相手はムキムキの腕である。
かなり強そうだし、相手の力がわからない、余裕ぶっているうちに一気にやってしまおう。
しかしどれくらい力をいれればいいのか……、力を入れなさすぎて負けても困るし、多少強めにやっておけばいいか……。
沈黙が流れる――――
なかなかスタートの合図がかからない。僕の手を触って動かない。なんだか頬も紅いし……僕の手をスリスリしてる。
もしかして……このお姉さん、ただ手を触りたいだけじゃ……。
「あの、いつ始まるんですか?」
僕の問いに我に返ったソマリは、改めて手を置き直し――――
「始めっ!」
ドンッ!! バキャッ! お姉さんの開始の掛け声と同時に、木のテーブルに激しく叩きつける音が響き渡った。相手の手の甲をテーブルに叩きつけて木片が飛び散った。
「「「「ええっ!?」」」」
冒険者達はあまりの出来事に、驚きの声をあげた。
しまった! やりすぎたかも!?
みんなが唖然としている間にさっさと外に出てしまおう。僕はお辞儀をしてそそくさとギルドから出ていった。
その頃、サイゼンの街では。
「ラルクさん……」
コングはラルクとシルビアの宿に来ていた。
「こんな遅くにどうした?」
「おいら、ハルに本音を全部ぶちまけちゃって、それで……」
「んー? まあ、入って話せ」
コングは言われるまま中に入り、シルビアの座る対面の椅子に腰かけた。
「それで? どんなことを言ったんだ?」
コングは覚えている限りのことを全部話した。
怒られるかと思っていたコングに対し、ゆっくりとした口調で話し出すラルクであった。
「コングの言いたいこともわかる……が……コングは今後どうしたいんだ?」
「ハルと組みたいとは思うんだけど、ハルが盾のままじゃ二人パーティーはキツイので……剣か攻撃魔法を使ってもらうしか……」
「そうか、うーん……」
ラルクはコングに話すか迷っていた。ハルの秘密を……。
「よし。明日試験終わったら四人で話そう。コングの事だから明日の試験出るんだろ?」
「はい……受けてみたいです」
こうしてコングは明日の鉄ランク昇格試験を迎えることになったが、その日ハルは帰って来なかった。