第五十九話 忍び寄る影
デモン・スティーン。彼はすでに六十は過ぎている年齢だが魔力量に衰えは見せず、今尚、アルステム国では、ずば抜けた魔法技術と魔力量を持っている。
白く輝く布地に、金の刺繍の入ったローブは王宮魔法使い総司令の証。
魔法研究の方にも力を入れていて、薬物と治癒魔法を併用した新しい治癒魔法など、様々な分野で役に立つ魔法を開発している。
そして、そのデモン・スティーンとデモンの片腕でもあるドレイク・マティアは、第一王女の成人のお披露目に向けて、入念な打ち合わせを騎士団としていた。
その中には、オリバー騎士団長と、二人の副団長リアムとジャック。そして騎士団の部隊長数人。城下町担当の各区衛兵長が会議に参加していた。
「国王と、カレン姫の周りには私とデモン、そして騎士五名、治癒魔法二名。
バルコニー下を副団長ジャックと騎士五名、治癒魔法二名、火力魔法二名。
正門に一般兵二十名、騎士四名、治癒魔法二名、火力魔法二名。
正門からバルコニーまでを一般兵六十名。
南門に――――――」
決められた事を、読み上げていくオリバー騎士団長。
すべて読み終わり周りの顔を伺う。
そこに、静かに手を挙げる人物は、ドレイク・マティアだ。
ドレイクが手をあげた事に、ピクリと片眉をあげるオリバー騎士団長。
「質問ッス。リアムさんの名前が上がってないみたいッスけど? まさか、大事な日に休みとかじゃないッスよね?」
「リアムには、緊急事態に備えて、柔軟に動けるように部下と待機だ。文句あるか?」
「やだなぁ、オリバーさん……目が怖いッス。ちょっと聞いただけじゃないっッスか」
大きなため息をついて、デモンに目線を向けるオリバー騎士団長。
「この正門で行われる、果実酒の配布についてだが、どうしても必要か?」
「祝いの場に酒は付き物ッス。強い酒でもないし、なにも心配いらないッスよ。こんな些細な事で国民が喜ぶなら良いことだと思うッスよ。
それに国王からも許可は降りてるッスから」
デモンの代わりに答えたのはドレイクだった。デモンは特になにも話さないまま黙って頷く。
オリバー騎士団長からみても、果実酒の配布自体は問題にしていない。祝い事を民にも分け与えることは今まででもあったからだ。
ただ、今回の発案がデモンだということが、オリバーにはどうにも気になって仕方がなかったのだった。
そして、準備が進められていき、第一王女のカレン姫の成人御披露目の日。
結局、オリバー騎士団長にガウルの事を聞いたが
昼からの御披露目にも関わらず、朝から城門前には貴族以外の民間人が列を作っていた。
貴族達は並んだりしなくても、民間人とは別の所に座席が用意されている。
バルコニーから扇状に貴族や特別招待を受けた人達が座れるような区間が設けてあり、小さな丸テーブルと椅子が用意されていて、酒をたしなみながら貴族同士、話せるようになっていた。
民間人はその区間から、仕切りと警護の兵を挟んで、カレン姫の姿を見れるようになっている。
少し遠目のうえ、立ち見ではあるが、三階にあるバルコニーは遠くからでも観やすい高さだった。
そして、正門が開くと、次々と果実酒を受け取り、正門からゆっくりバルコニー前へ向けて歩き出した民間人。
数百という民間人で王城への道が埋め尽くされた。
バルコニーには警備のため数名の騎士と魔法使いが待機しているが、そこにはオリバー騎士団長とデモン・スティーンの姿はなかった。
本日の主役である第一王女のカレンは、まだ準備中のため、化粧室にいた。
その部屋の前にはオリバー騎士団長が一人立っている。部屋の中には準備中のカレン姫がいるため、何人たりとも入れぬ、といった感じで部屋を死守していた。
隣の部屋には、アルステム国王であるアルステム・ディスパー・グレーム。
王宮魔法総司令のデモン・スティーン。
そして第二王女のアルステム・クロエ・グレームがいた。
「国王陛下、今日を迎えられたこと心よりお喜び申し上げます」
「私とお前の仲ではないか、堅苦しい言葉使いなどいらん」
少し困った素振りをみせたデモンは「では、失礼……」と堅苦しさを外した。
「カレン様は大変お美しくなられましたのぉ」
「うむ、今日のためにこしらえた、ドレスやアクセサリーを着けたカレンを見るのが楽しみで仕方ないのだ」
国王からは威厳は感じとれず、今はただの父親の顔になっていた。
「クロエも、おてんばばかりしていないで、カレンを見習い、女性らしさを身に付けねばな」
「むぅ……お父様はそればかりですわ」
「クロエ様、その様なお顔をなされるものではないですぞ」
「もうっ! デモンまでお父様の味方をして!」
拗ねたクロエ姫だが、いつものやり取りなので本気で怒っているわけではなかった。
国王は今までの会話とは違って、小さな声で問いかけた。
「デモン、例の魔法薬はどうだ? そろそろと言っておったが? 最近、マクラム国の軍の動きが慌ただしいからな、早く完成させないとな」
「心配なされなくても、あとは実験体に注入して最終確認をするだけですぞ。これでこのアルステム国は安泰ですじゃ」
「そうか、お前はよくやってくれた。マクラムめの驚く様が楽しみだ。しかし、使わなくて済むなら使わないのが一番いいのだがな……」
「お父様、デモン、お姉さまのおめでたい日にそんな話するものではないですわ」
クロエ姫に指摘された、国王とデモンはお互い目を合わせ、「クロエに注意されるとは」と、笑いがあがった。
魔法薬とは、禁忌の魔法に必要な薬のことだ。マクラムが禁忌でくるなら、アルステムも禁忌を使わねば国の存続に関わる。綺麗事を通して負けてしまっては意味がない。
『目には目を歯には歯を』である。
現代で例えるならば、核兵器には核兵器ということだ。
他国や、自国の一部からは反発はあるものの、絶対的に抑止力となるための兵器でもあるだろう。
約二十年前、マクラム国が禁忌魔法で罪人を使い、アルステム国に恐怖と多大な被害を与えた。
しかし、マクラム国がなりふり構わず、兵士にも使っていたら、アルステムは負けていたかもしれない。
そんな時、まだ若くしてアルステム王になったばかりの、アルステム・ディスパー・グレームに、対策案として持ち出したのが、『禁忌魔法の開発』だ。
勿論、発案者はデモンだった。
マクラムが攻めてくる数年前から、王宮魔法入りし、みるみる内に頭角を現し、王宮魔法のトップになり、アルステムの国王ディスパーの魔法教育係としてもその腕をふるった。
そんな関係だったからこそ、国王ディスパーは素直に受け入れたのかもしれない。
あくまでも防衛の最終ラインとして、禁忌を使えるようにしておこうということで研究に踏み切った。
そしてデモンはその期待に答え、結果をだしたのだった。
マクラム国が使った禁忌の魔法は、痛覚が失くなり本来の意識はなく、ただただ相手兵を倒すだけの殺人鬼となっていた。
しかしその効果は一日と短く、また効果が切れると二度目の禁忌魔法は効果がなく、ただ記憶もなく、話すこともなく、何もすることのない廃人となったのだった。
だが、デモンはその禁忌の魔法の研究に務め、そしてついに進化を遂げることに成功していた。
痛覚は失くなるのは変わらないが、効果はその身が朽ちるまで続き、肉体は本来よりもはるかに強い身体になるのだ。
獣が魔物化するかのように……。
アルステム周辺で魔物化の活性化は全てデモンやドレイクが関係していた。
全ては禁忌魔法の研究の一環としてだ。
そして、魔物化した大蜘蛛。あれも魔素液の入った注射をして、異常に耐え続けた奇跡の個体があの大蜘蛛だった。
なぜ、野に放ったのか? それは、アルステムの周辺が危険に晒されてもデモンには関係がないからだ。
むしろ、騎士団などに多大な被害が出たほうがいい。
災害級の虎の魔物、奇跡の産物の大蜘蛛。
これらが出没したとあれば、騎士団が動くはずだ。あわよくばオリバーが殉職か大怪我でもしてくれればと思っていたからだ。
オリバーはきっと計画の邪魔になるであろうと、デモンは思っていた。




