第五十七話 カレン姫
◆久しぶりに登場した人物の紹介◆
◆シルビア
ラルクの冒険者仲間で恋人。ハルやコングに初級魔法を教えてくれた魔法使いのお姉さん。蜘蛛討伐で毒蜘蛛に噛まれてリアムに治療魔法を受けるが、妊娠していたため毒治療がうまくいかずに死にそうになる。しかし、ハルがシルビアを抱いて人外のスピードで王都まで走りきり、なんとか一命を取り溜めた。
◆コング
ハルの一歳上のお兄ちゃん的立場。この世界にきて右も左もわからないハルに色々教えてくれた。今はラルクの弟子としてラルクとシルビアとパーティーを組んでいる。
◆モモちゃん
パンを盗んだところをキールに捕まり、殴る蹴るをされていたところをハルが助けた。その後ハルに一目惚れをしてハルと旅ができるように自分を鍛え始めた。
部屋で安静にするソマリに付き添い、今日はヨハン刀術道場をお休みして、部屋で娯楽ゲームをしていた。
将棋やチェスのような戦略駒取りゲームなのだが、城に置いてある娯楽道具だけあって造りが豪華で精密だ。
とてもお高いだろう事は想像がつくというものだ。
落として壊さないようにしなきゃ…………。
こういう類いのゲームは、前世ではほとんどやったことがなく自信はなかった。
しかし、僕よりも弱かったのはソマリだった。
ソマリは三戦三敗の負け街道まっしぐらであった。
「まったあ! ちょちょちょっと置き直させてください!」
後半になるにつれて、何度も置き直しをするものの、結局負けてしまうソマリ。
ヒートアップしているソマリが持つ駒が心配でたまらない……壊さないでね!
「あらあら、ソマリは『まった』ばかりね」
置き直しを要求されて嬉しそうなクロエ姫。さすがは持ち主だけあって強かった。
「――――って、クロエ姫。忙しいって言ってませんでしたか?」
僕の問いかけに「きゅ、休憩ですわ」と目をそらしている。
僕たちがメイドに、部屋で遊べそうな娯楽道具がないか聞いたところ、このゲームの存在を教えてもらった。
メイドは親切に、娯楽道具の持ち主であるクロエ姫の元へ取りに行ってくれたのだが、なぜかクロエ姫までついてきたのだった。
しばらくゲームをしていると扉をノックする音がした。僕が返事をすると、扉が開く前にクロエ姫が「きっとお姉様だわ! 私はいないって言っておいて!」と小声で言い残し、ベッドの後ろに隠れた。
お姉様というと第一王女のカレン姫か。初対面なので緊張してきた。
扉が開くと真っ先に目に入ったのは、いかにも高貴なオーラを醸し出す、豪華な赤と黒のドレスに身を包んでいる女性だ。
艶のある金色の髪は綺麗に後ろでまとめられていて、豪華装飾品の髪止めがついている。
クロエ姫の話ではもうすぐ十五歳ということだけど、美人な顔立ちが子供っぽさを感じさせなかった。
その右斜め前にいるのは、腰に剣を刺していて、鎧こそは着ていないが騎士と思わせる立ち振舞いの護衛だが、四十過ぎだろうか貫禄のあるダンディな男性だ。
カレン姫の左には側使えがいる。
僕とソマリは椅子から降りると、片膝をついて顔を伏せた。
ちゃんとした相手には、ソマリもこういうことするんだと思うと笑えてくるが我慢我慢……。
「こちらの御方は王女のアルステム・カレン・グレーム様であられる」
クロエ姫の言った通りカレン姫のようだが、なぜわざわざ姫様本人が来たのだろうか?
「お顔をお上げになってよろしくてよ」
ゆっくり顔を上げると、カレン姫と目があった。
部屋に入り、僕の前まで来てジッと見つめるとクスリと微笑んだ。
「貴方が噂のハルね」
噂ってなに!?
「ほんとね、オリバーやクロエの言った通り可愛い子ね。それなのにオリバーと渡り合えるほどの腕の持ち主だとか」
だれ!? そんなこと言ったの!? すっごいハードルを上げられている気がするんですけど!
「とんでもありません。オリバー騎士団長の剣術には到底及ばないと思います」
実際には戦ったことがないのでわからないが、ヨハンやラグドールを考えると、僕はまだまだではないだろうか。
「貴方はソマリね。ふふ、獣人にもこんな綺麗な方がいらっしゃるのね」
ソマリは「ありがとうございます」とだけ言って、澄まし顔だが。揺れる尻尾が綺麗と言われた嬉しさを表現していた。
「さて……クロエ、私とお父様が本気で怒る前に戻っていらっしゃい」
カレン姫はクロエ姫がいることがわかっているようだ。
名指しをされた瞬間、ベッド横のランプ置きがガタッと音を立てた。
廊下に出ていったカレン姫を追うように、ベッドの影からのそっと出てくるクロエ姫。
「うぅ……なんでばれたのかしら……」
とぼとぼと出ていくクロエ姫だが、とても姉のカレン姫みたいなオーラは感じられなかった。気品の違い……。
皆が出ていった部屋は、僕とソマリだけになって静かになった。
僕はソマリの対面に座り、「ゲームをやりましょうか」と駒を並べだすと、ソマリも駒を並べだした。
手と手がちょんと触れると、僕は反射的にソマリの顔を伺った。
するとソマリもこっちを見ていて目が合った。照れ臭くてお互い黙ってしまう。
まるでお見合いみたいと心の中で思うが、そんなこと口にするはずがない、余計に気まずくなりそうだ。
どうしても深夜のソマリを思い出してしまい緊張してしまう。そんな僕の心を読んだかのようにソマリが話しかけてくる。
「なんか、二人きりで部屋にいると恥ずかしいですね」
恥ずかしいと言われると、余計意識してしまい恥ずかしくなるんですけど……。
「ところ構わず抱きついてくる人が言うセリフじゃないと思いますが……」
「みんなの前だから抱きつくんですよ!」
「なんで!? 僕は恥ずかしいんですけど!?」
「こんな可愛いハル様を独り占めしてるんだぞって見せびらかしているんですよ」
まるで小さい子がぬいぐるみとかを嬉しそうに抱きしめながら歩いてる気分なのかな。あれ? 僕ってぬいぐるみ枠?
「話は戻しますけど、ドキドキしませんか?」
もじもじしながらチラチラこっちを見つめてくる。
「ソマリさんがこの高価なボードゲームの駒を壊さないかドキドキはしていました」
「なんですかそれっ!?」
猫のように「フシャー!」って怒るソマリを見て笑いが込み上げてくる。つられてソマリも笑いだし楽しい雰囲気になった。
僕にはまだ、ソマリと個室でイチャイチャするような度胸や覚悟がない。
いや……周りからはイチャイチャしているとよく言われるが、あれはソマリが一方的に抱きついてきたり、手を握ってきたりしているだけなのだ。
それに『将来を見据えたお付き合い』という事になってもいないのだから、嫁入り前のソマリに手を出せるはずもない。
いつもドキドキするような事をしてくるのは、きっといじめておもしろがっているのだ。僕はぬいぐるみ枠だしね!
もちろん好意があるのは伝わっているのだけれど……。
それに、いつかはソマリみたいな可愛くて楽しい人を恋人にできたらなぁ……とか思うけどさ。今は楽しいからこのままでいいや。
その後も駒取りボードゲームをやり続けたが、ソマリが勝てそうにないくらい弱かったので、バレないように手を抜いて最後の一回を勝たせて上げたら、ご機嫌で夕食に向かったのだった。
次の日。ソマリは普通に歩けるようになったが、まだ走る事はやめておいた方がいいということなので、午前中ラルクの宿屋に顔を出しに行って、午後からはヨハン刀術道場で稽古という予定だ。
もちろんソマリは見学だ。
硬貨を稼ぐためにも、本当は冒険者ギルドの依頼をやりたいんだけど、それはソマリが治ってからにしよう。
一人で行くと絶対拗ねるので、後始末が大変になるからだ。
電話という手段がないため、アポなしの突撃訪問になるのだが、果たしてラルクはいるのだろうか。
王都に滞在している間は、ここにいると教えられた宿に着いた。
ラルクの借りている部屋をノックすると部屋の中からシルビアが返事をした。
僕とソマリは中に入り挨拶を交わす。
「ハル君、ソマリちゃん、おはよー」
「「おはようございます」」
「ラルクは今、ギルドに依頼を見に行ってるわ。しばらくしたら帰ってくるから待っててあげてね」
ラルクは朝一番でギルドに行って、その日に受ける依頼をコングと選び、一度シルビアにどんな依頼に決めたのか、わざわざ報告しに来るという。
「ハル君、私を抱いて走ってくれた時の事、まだお礼言えてなかったわね。本当にありがとうね」
お礼をいいながら、僕を抱きしめるシルビアは、全身で感謝を示していた。
ソマリと違った抱かれ心地……まるで母さんに抱かれているかのような安心する優しい抱きつきだった。
そんな僕達を見るソマリは怒ることはなくても、複雑な顔をしていたらしく、シルビアに「ごめんなさいね、ハル君を取るつもりはないから安心して」とソマリに微笑んでいた。
そもそも僕はソマリのモノじゃないですけど……。
その後ラルクが来るまで、雑談をしながら待っていた。
この宿は外観、内装はそれなりに綺麗だが、部屋は狭いようだ。値段を押さえるために一人部屋を借りているためベッドは一つのようだ。もちろん二人分の宿泊料金は取られるのだが、部屋代が安くなるため一人部屋の少し大きめを選んだらしい。
ベッドはなんとか二人で寝れるサイズだが、壁際がシルビアのため、ラルクはたまにベッドから落ちるとのことだ。
お腹の中に赤ちゃんいるシルビアが落ちない壁際で寝るのは当然だろう。
しばらくするとズカズカと歩く音が聞こえてきて、ラルクとコング、そしてモモがやって来た。




