第四話 魔法
「私より計算が速いなんて……」
項垂れるシルビアの肩をポンポンと叩くラルク。
「こいつはいろいろ普通じゃないから諦めろ」
ラルクひどいや……。
「ハル、稼いだ硬貨の半分は孤児院に渡す決まりだからな。残りは昼食や装備、道具を揃えるのに使うんだ」
「半分も貰えるの?」
「半分も、ってなぁ……。普段の薬草採取は、朝から昼過ぎまでやっても銀貨一枚くらいだぞ。 それの半分だと小銀貨五枚だ。
それでギルド依頼中に外での昼食をパン、干し肉で小銀貨三枚使うと……使うと……えと」
「残り小銀貨二枚ですね」
「そうだ、そうやって数日貯めても、おいらは短剣や弓矢の整備とかで無くなるんだ。だから半分ってのは結構ギリギリなんだよ。
たまに鳥や猪などが狩れる時はラッキーだな」
なるほど今回はラルクとシルビアが熊を倒してくれたから、あれほど貰えたわけだし、いつもこうはいかないということか。
「鉄ランクになればもう少し稼ぎやすくなるんだけどなぁ」
「いつなれそうなの?」
「ポイント自体はもう十分なんだよ。あとは十五歳になって試験を受けるだけだ。
銅ランク依頼は十二歳から受けられるけど、鉄ランクになるには成人しないとなれないんだ。鉄ランクになれば受けられる依頼が増えるからな」
おおっ! コングがもうすぐ鉄ランクになれるのか。何かお祝いしないと!
そんな僕らのやりとりを聞いていたラルクがとても嬉しい提案をしてきた。
「コングが鉄ランクになるまで二人とも俺達とパーティを組まないか?」
「え! いいんですか!?」
コングの食いつきがすごい。
「ああ、コングは弓も使えるし、剣も覚えたいんだろ? ハルには押し車を押してもらうか、沢山載せて重くても平気そうだしな、あっはっは」
荷物持ちでも全然かまいません。むしろ剣持って戦えとか言われる方が無理です。
「なにいってるのよ。ハルちゃんならその辺の大岩を持ち上げて投げつけれるわよ!」
シルビアの言った冗談に「なんてね、あはは~」みたいな感じで僕に視線が集まる。
(((本当にやりかねない!)))
なんとなく、みんなの思っていることがわかった気がして、つい顔を背けてしまった。
「ま、まぁ……依頼をやりながら、暇見て二人を鍛えてやるよ。鉄ランクへの試験は各武器を使って、どれか得意な武器で合格出来ればいいからな。
筆記もあるが冒険者なら知っているような基本的な事だから大丈夫だろう」
コングは剣を教えてもらえると聞いて大喜びだ。
次の日から一緒に討伐したり、訓練したり、時には外で睡眠時の見張り、こういう道具があるといいなど、様々な事を教えてもらった。
もちろん外泊時は院長に了解を得ました。
十五歳の成人になれば孤児院を出る事になるので、冒険者になるコングには必要なことだろう。
あれ……僕十四歳っていう設定だけど、いつ十五歳になるんだろう……。
それから一ヶ月くらい経って僕は、すっかりこのサイゼンの街が気に入っていた。
酒場の雰囲気にもようやく慣れて、街では色々な人とも話すようになり。今では『怪力のハル』などという、不本意な通り名みたいなものまでいただいてしまった。
その名で呼ばれるようになったのは、僕が鉄の盾を持っているのが始まりである。
通常の鉄の盾は、木製の盾に三ミリ程度の鉄を張り付け加工したものだが、僕の鉄の盾は厚さ十ミリはある。
鉄のまな板に取っ手を付けただけのような物だ。耐久性は最高だが重いため誰も使いたがらない。
作ってもらった時も、加治屋のおじさんに「あんたが使うべか? そんな細い腕じゃあ持って振り回せないべ」などと言われた後に、目の前でブンブン振り回したら、大口を開けてポカーンとしていた。
なぜかラルクがドヤ顔をしていたが、僕を使って面白がっているんじゃ……。
あと、街中で荷物が重くて困っている人を助けること数回。
果物の一杯に入った樽を台車に載せようとしていたおじいさん。大変そうだったので、ひょいと持ち上げて台車に載せてあげたら、おじいさんとおばあさんが腰を抜かしていた。
それから通る度に頼まれるようになったが、果物を分けてもらえたのでありがたい。孤児院に持って帰ってみんなで美味しくいただいた。
この世界に来てから、デザートというものを食べていないので、果物がとても美味しく思えるようになった。
甘味菓子など孤児院の僕達が食べられるわけがないのだ。
しかし、ないならないで特に不満はなかった。
結局、力持ちなのはバレてしまったけど、節度をわきまえて力を使っているので大きな問題は起きなかった。
コングはラルクに教えてもらっている剣技と、状況に応じて弓を使うというスタイルだ。ラルクと打ち合い稽古もしていて、実践の経験も積み、剣技が上達しているのが観ていて分かる。
そして今はシルビアに、魔法を教えてもらっているところだ。
――っと、言っても、攻撃魔法ではなく、使えると旅をする時に便利な、薪に火を点ける程度の魔法と、水筒が空になったときの水補給程度のものだが。
そんな些細な魔法でも十人に一人くらいしか使えないとのことだ。
つまり、魔法が使えれば、よほどクセの強い人でない限り、パーティーで誘われないということはないらしい。
コングはシルビアの杖を手に持ち、説明を受けている。
杖には魔石が埋め込まれていて、魔素を取り込みやすくなり、体内での魔素と魔力の調整がしやすくなるのだという。
「いーい? 大気中の魔素をその杖から身体に取り込むんだけど、使う量の魔力と、同量の魔素を取り込み、混ぜ合わせるのよ。
魔力ってのは皆あるの。多い少ないはあるけどね。
ただそれを感じにくい人は魔力や魔素の分量を合わせにくいから、うまく魔法が発動しないのよ」
言い終わると手の平の上に水の塊が作り出された。
それを見た僕は一つ質問した。
「あの、魔法を出すとき何か言ったりしなくていいんですか? 以前熊を倒したときにシルビアさん、何か言っていたような……」
「魔法を出すときは本人のイメージで形が変わるのよ。私がお手本で、『水よ、出ろ』と言って丸い水の塊を出したとするわよ。
次に、あなた達が、魔法を出す際、『水よ、出ろ』と同じ言葉を言うと、多分私の出した丸い水の塊をイメージするでしょ?」
「なるほど、口に出して言うことにより、形をイメージしやすくするということですね」
「そうね。ただし無茶な形状や、大きすぎるイメージをすると失敗するわよ。自分の魔力と取り込んだ魔素に見合った大きさしか作れないから」
つまり明確なイメージさえできるなら口に出さなくてもいいということかな。
魔法の詠唱とかってなんか『いかにも魔法!』ってイメージあったけど、この世界ではそんな必要はないようだ。
……ちょっと残念かも。
シルビアの杖はコング君が使っているため、順番待ちの僕は杖なしで、大気中の魔素を取り込んでみることにする。
……。
…………。
…………う~ん、そもそも大気中の魔素というものがよくわからない。
「だめだー! 魔素を取り込むことはできるんだけど、魔力や魔素がモヤモヤしていて量が揃えられない!」
コングが弱音をあげている。相当難しいみたいだ。
「そのモヤモヤが普通なのよ。ハッキリわかったら誰でも簡単にできるわよ。人によって度合いが違うけど、そのモヤモヤのままで、魔力と魔素の量を合わせれるように練習するのよ」
「そうなんだ……こんなの合わせれる気がしないよ……。でも魔法は使えれるなら使えるようになりたいから、これからも練習してみます」
そう言ってコングは杖を僕に渡してきた。どうやら交代のようだ。
杖を握った僕は、目を閉じて魔素というものを取り込んでみる。
すると、さっきまではわからなかった魔素が、ハッキリわかるようになった。杖の効果ってすごいんだ……。
いまなら魔素と魔力がハッキリわかる。
あれ? さっきシルビアはモヤモヤしているのが普通と言っていた。ハッキリしていたら簡単だって……でも僕には魔素と魔力がハッキリしているように思うんだけど。
さっきのシルビアの水玉をイメージしつつ――――
「水よ出ろ!」
僕のイメージ通り、手のひらに収まるくらいの水玉が杖から出て地面に落ち、バシャッっと小さな音を立てた。
「「「ええっ!?」」」
おおっ! 出た! すごいすごい! これが魔法!
僕の感激を横目に三人は驚きを隠せずにいた。
「ハ、ハルちゃんはきっと魔法の才能があるのね……次は、もう少し大きいの作ってみる?」
「はい!」
僕は初の魔法に興奮して、もっともっと大きい水を出そうと意気込んだ。
集中……集中……。
周りの三人は、もしかしたら本当に次も成功してしまうかもと思い、少しハルから距離をとった。
そして――――
「沢山の水!」
僕は両手いっぱいの水が杖から出るのをイメージし、解き放った。
出した水がどうなるのか考えずに……。
ドッッパッ! バッシャッァァァ!
掲げた杖の先からは、両腕をいっぱいに広げた大量の水が飛び出した。
そして地面に滝のように落ちた大量の水。少し離れただけの三人も含め、当然僕も水浸しになってしまった。
「ご! ごめんなさい!」
「ななっ!? なななんでそんなに簡単に魔法が使えるのよ!? しかも量がおかしいしっ!」
半場パニック気味のシルビアさん。
「と、とりあえず、一番濡れているハルは服を全部脱げ。乾かさないと風邪ひくぞ。シルビア、薪を持ってくるから火を点けてくれ」
服を乾かしている間、僕らは話をしながら焚き火を囲んでいた。
「しかしハル、お前の魔法の才能はすごいな……もしかしたら、そのうち一人で熊も倒せるんじゃないか?」
「何言ってるんですかラルクさん……そんなこといいますが僕には無理です……」
そりゃ、剣などで直接切り刻むよりは、魔法の方が精神的に楽かもしれないけど……。
今の盾で皆をカバーしたり、ノックバックを起こさせるのが精一杯だ。
ノックバックといっても盾で体当たりしたり、殴り付けるのだから、これでも精神的にはきついのだ。
もちろん綺麗事なのはわかっている。ここは日本ではないのだ。いつか僕も一人で獣を殺さないといけない。
いっそゲームなどで出てくるようなモンスターとかだったら殺せたのかもしれない……。
「じゃあ、ハルちゃんは私の弟子になればいいわ。剣なんて野蛮だし」
「あ!? 男なら剣だろ! 魔法なんて遠くからこそこそ攻撃してるだけじゃないか!」
「自分が魔法使えないからってひがまないでよね!」
ラルクとシルビアの痴話喧嘩が始まったようだ。
そんな話をしている僕達を、コングは面白くなさそうに見ていたが、僕は気がついていなかった。
僕にはすごい怪力もある。そして水の魔法も使える。それが冒険者にはどれだけ便利で頼りにされるか。
そんな僕にコングは、強い嫉妬を抱くようになっていった。
ここは王都アルステムの魔法研究施設の本部。王宮魔導師達は、自分の魔導を磨きあげる者と、魔法を研究する者の二つに別れる。
この魔法研究施設では表向きは治療魔法と、攻撃魔法の新しい可能性を研究している。
しかし裏では禁忌とされている魔法にも手を付けているのであった。
眼鏡を掛けて、くるくるの短い天然バーマの髪は金色で、まだ二十歳弱の若者。
深緑色のローブの上に白衣を羽織り、バタバタと走ってやって来たのは、サイゼンの街にある魔法研究施設を任されている、ドレイク・マティア支部長である。
「デモンさん! 面白い話を持ってきたッス!」
「なんじゃ騒々しい。研究が上手くいったのかね?」
白く輝く布地に金色の刺繍が施されているローブを着る老人。
一息つくように振り返ったのは、肩下まである長い白髪に、顎には白い髭を生やしている、六十歳くらいの男性であった。
アルステム王宮魔法使い、魔法研究本部長を任されているデモン・スティーンだ。
今は魔法研究をしているが、彼は王都アルステムの魔法使いとしても誰も敵わない実力を持っている。
「洗脳魔法の第二段階の初期素体が見つかったッス!」
「第二の初期というと……洗脳魔法と魔素注入を施した三体が暴れだし、そのうちの一体が逃げ出したやつじゃの……」
「あのときの二体はいままでの洗脳魔法の後遺症と同じ、脳や精神が破壊されていて、治療法もなく、会話もできなくて、記憶が戻る事もなく、廃人になったッス。
しかし! その逃げ出した素体のみが生活出来るまで回復していたみたいっス!」
「ほぅ……?」
「監視の集めた情報では記憶がないらしいッスよ。ただ理解できない点がいくつかあるらしいッス」
ドレイクは興奮しながら話を進めた。
「なんと肉体が強靭化しているみたいッス! なんでもサイゼンの街では『怪力のハル』とか言われてるみたいっスよ。見た目華奢な子供が、大の大人よりも強い筋力を持っているんッスよ!
そして大柄の戦士でも使わないような重い盾を振り回したり! これは普通では考えられないッスね! 面白いっスよね!」
「獣ならば魔素注入によると魔物化と考えれば説明がいくんじゃが、人間の子供が異常なまでの能力向上、そして記憶は戻ってないとしても、なぜ精神がそのままなのか……。
我らの手から離れたあとになにがあったんじゃ? それでその素体の回収は可能なのか?」
「今は二名ほど交代で監視してるッスけど、許可をもらえれば、こちらに連れて来ようかと思うッスよ」
「予測不能な素体だからな……記憶が戻ってしまう可能性もゼロではないじゃろう、どちらにせよ素体の回収を急がせろ」
ニヤリと笑みを浮かべ、顎の髭を触るデモン・スティーンであった。