第三十二話 揺れる護送馬車
僕がいる牢獄のフロアには、十人分の牢獄があり、それぞれに犯罪者達が入っている。
罰金を払い終わっている人は、刑期が終わるまでの数日間を牢獄で過ごすだけであるが、罰金が払えなかったり、罪が重くて罰金で済まない人は、これからの処遇を言い渡されるまでここで待つことになる。
しばらくすると、隣の部屋から監守が二人入ってきた。僕の隣の牢獄に入っている犯罪者の前で立ち止まる。手に持っているバインダーに目を通した後、口を開いた。
「罰金の金貨七枚の確認ができた。よって、あと五日間ここで反省したら釈放となる」
「っんだよー、すぐ出れねーのかよ……」
「しっかり反省するんだな」
き、大金貨三枚……。いったいどんな罪で大金貨三枚なんだろうか。
もし、ソマリが来てくれたとしても、とても払えないだろう。あ……、いやいや……、なんで払ってもらうつもりでいるんだ。
今度は僕の前にやってきた監守達はバインダーを見て、訝しげな表情になった。
「「……なんだこれ?」」
一体なにが書いてあるんだろうか?
「門番兵を飛び越えて不法入門した? 意味がわからん……」
どうやら門番兵から、直接話は聞いていないらしく報告書だけみたいだ。ここは余計な事を言わないでおこう……。
「まぁ、門番兵などに危害は加えていないようだな。お前の罪名は王都への不法入門。
罰金は金貨二枚だ。君のポーチの中を確認させてもらったが硬貨は入っていなかった。もし役場かギルドの金庫に入っているなら、そこから支払うことも可能だ。どうする?」
「き、金貨二枚……とても払えません……」
まいったな……。大金貨どころか小金貨一枚でも払えないけどさ、グスン……。
こんなことならギルド依頼を少しでもやっておいて貯金しておくべきだった。
ヨハンとの刀術の訓練が楽しくて、最近ずっと通っていたからなぁ……。
「では、罰金を払ってもらえるような家族や知り合いでもいいぞ? この王都内であればこちらで対応する」
オリバー騎士団長やクロエ姫に助けを求めれば、何とかしてくれるのかもしれないけど、果たして違反をした僕を助けてくれるものだろうか? 駄目だ。そんな偉い人に迷惑をかけられない。
僕は黙って首を横に振った。
「そうか……硬貨が払えないなら鉱山労働で五十日といったところだが。ふむ、そうだな、お前なら貴族の元で、たった十日間の奴隷生活……というのもあるが……」
「鉱山労働でお願いします!」
僕は即答した。鉱山労働が五十日に対して、貴族の家で十日間の奴隷生活……きっと変態貴族のオモチャにされるのだろう、そんなの絶対嫌だ!
話を聞いていた他の受刑者達がヤジを飛ばしてくる。
「お前みたいなひょろひょろな身体の奴に、鉱山労働ができるかよ! おとなしく貴族様にお尻でも突き出しときな」
「「「ハハハハハッ!」」」
周りの受刑者達は大笑いをした。
「静かにしろ! 丁度今から、鉱山労働現場への護送馬車が出るところだ。お前も乗っていけ」
さすがに監守達は笑ったりしていないようだ。……いや……口では怒っているが、目が若干笑っていて、頬が上にピクピクとつり上がっている。
笑いたいけど我慢しているのだろう……。
裏口に連れていかれると、馬車が二台停まっていた。
周りには護衛と思われる人が八人いて、馬車の荷台には手錠と足枷を着けている鉱山労働行きであろう人が三人いた。
荷台に乗り込むと僕の足にも足枷をつけ始めた。
手錠だけでは走って逃げてしまうからか……。
上げてあった天幕を下ろし、外から見えないようにすると護送馬車が動き出した。
ふぅ……まさか自分が犯罪者になる日が来るとは、神様の力……無くなったりしないよね? 足枷の鉄球を手で持ち上げてみた。
ん……軽いな。力は消えてないようだ。
しかし、モモが僕についてくるなんて言わないようにするために、王都の外がどれだけ危険か、どんなに大変かを、知ってもらおうと思って受けた依頼がとんでもないことになってしまったな……。
でも、大量の毒蜘蛛や、シルビアが死にそうになってしまったり、外がどれだけ危険かというのは身をもって教えれたのではないだろうか?
他の受刑者は目を瞑っていたり、そっぽを向いていたりして、会話をしようという感じではない。
ガタガタ揺れる護送馬車。自然と口から歌がこぼれていた。
どなどなどーなーどーなー…………。
ハルが自分の世界に入っている時、オリバー騎士団長、ラルク、シルビア、ソマリは、ハルを連れ戻すために刑務所向かっていた。
モモが一緒に付いてくると駄々をこねたので、仕方なくコングがモモを孤児院に連れて行くと言うと、素直にコングに付いていった。コングにはなついているようだ。
オリバー騎士団長の配下である騎士のリアムは、蜘蛛討伐の会議をするための準備があるので、一足先に騎士団本部へ戻っていった。
「不法入門って罰金いくらだったかしら?」
シルビアの質問にラルクはサッパリわからないといった様子だが、オリバー騎士団長が答えてくれた。
「大金貨二枚か三枚くらいのはずだ」
「げっ! 結構高いな……」
ラルクの額から冷や汗が垂れるのが見えるようだ。
「ハルちゃんは私を助けるために無茶をしてくれたんだから、金貨くらいどおってことないでしょ。ラルクの金庫から出せば済むことよ」
「俺の金庫かよ!」
「「――――っあ!」」
ラルクとシルビアが同時に声をあげた。
ハルの罰金を払うために、刑務所に向かっていたのに、ラルクの手持ちの硬貨が全然足りないことに気付き、ギルドに戻ることになった一行だった。
ギルドの金庫から大金貨三枚を取り出し、刑務所に着いた四人は中に入り、入り口の監守にハルのことを問い合わせた。
「こちらにはもういないですね」
「「「え?」」」
「罰金の額が決まって支払うあてがないとのことなので、鉱山労働行きの護送馬車が出発するところだったので、それに乗っていきましたよ」
「ハルさまあああ!」
ハルが労働奴隷として連れていかれてしまったことに、半べそのソマリ。
「はぁ、仕方ねえ。罰金を払っておいて、明日迎えにいくか……」
「私も一緒に付いていってもいいですか!?」
半べそをかいていたソマリがラルクに詰め寄る。嫌と言っても、付いてきそうな勢いだ。
「じゃあ、明日の九時の鐘に北門でいいな?」
時間と集合場所を指名したのは、忙しいはずのオリバー騎士団長だった。
「お、おいおい! オリバーさんは蜘蛛討伐の会議とか仕事とかあるんじゃないのか!? それでなくても、昨日から俺達と外泊しているのに」
「フッ、作戦会議なんて今晩だけで終わってしまうさ。明日は各ギルドで蜘蛛討伐の募集が張り出されて、出発するのは明後日の朝だから間に合うだろう」
「しかし、他に仕事とか――」
「馬車を用意するつもりだが?」
「「「ありがとうございます!」」」
満場一致のようだ。
その日の夜、五十人は入れるだろう広い部屋、各柱とテーブルには火が灯してあり、昼間のような明るさはないが十分明るかった。
アルステム城の会議室であり、その部屋の奥にはオリバー騎士団長が腕を組んで立っていた。
その隣ではリアムが毒蜘蛛についての状況説明などをしている。
部屋には騎士団だけではなく、王宮魔法使いの部隊長達も参加していた。
「そんなに沢山いたんですか。たしかにもう冒険者達の討伐依頼の範疇を越えていますね。それに近隣の村なども心配ですね」
「そこで、我ら騎士団が横一線に並び突き進み、魔法部隊は後方から援護および、上から襲ってくる蜘蛛を倒してもらいたい」
リアムが実際、体験した蜘蛛の生息場所や蜘蛛の数、そして魔物化した蜘蛛の数。その戦闘となるだろう地形の説明をしている中、遅れて入ってきた者達がいた。
「いやー、遅れてしまってすまないッス」
扉から入ってきたのは、眼鏡を掛けた天然バーマの金髪、三十歳前くらいであろう人物。いつも深緑色のローブの上に白衣を羽織っている、ドレイク・マティアだ。サイゼンの街にある魔法研究施設を任されている支部長である。
そしてその後ろからもう一人。
肩まである長い白髪に、顎には髭生やしている六十歳くらいの老体は、アルステム王宮魔法使いの総司令であり、魔法研究本部長も任されているデモン・スティーンだ。




