第三十一話 初めての牢獄
オリバー騎士団長が露店で二人分の飲み物を買い、門を出入りする人が見える場所で、キールとの話を再開する。勿論、人に聞かれることのないように配慮してだ。
「それで? 君がハル君を助けたのはどうしてだい? 腕をそんな風にされて、恨んだのではないのかね?」
「そうですね……最初は恨みましたね。しかし、夜な夜な考えていたら、恨みから興味に変わりまして……自分でも不思議に思います」
「ほう……」
「彼は……おかしいというか、訳がわからないと思うことが……。彼の側にいる貴方なら色々気がついたこともあるでしょう?」
「ふむ、君が何を見たか知らないが、ハル君についての事はあまり口外しないでほしいんだ」
「どうしてですか?」
「ハル君は今、私の監視下にある。つまり国の監視下ということだ。君の言う通り、説明のつかない事が多すぎるからだ。悪いがこれ以上は話せないので勘弁してくれ」
「お、ようやく来たな」
外から王都へ入ってきたのは、リアム、ソマリ、コング、モモの四人だった。
オリバー騎士団長の存在に気がついたリアムは、走ってオリバー騎士団長の元に行く。
「団長、ただいま戻りました。帰路はこれといって異常ありませんでした」
「うむ、荷物すまなかったな」
「それで……シルビアさんは?」
「大丈夫だそうだ」
シルビアの毒治療が間に合った事を知ったリアムは胸を撫で下ろした。野営地に置いてあった、オリバー騎士団長の鞄と簡易テントを手渡すと、ガメットの荷物を持って冒険者ギルドに向かった。
「あっ! あなたはあの時の! またハル様にちょっかいをかけに来たんですね!?」
ソマリの突き出した指の先では、キールが飲み物を飲んでいる。
モモはキールと目が合うとビクッと身体が震え、コングの後ろに隠れた。
一方キールは、ソマリみたいなうるさい女性は嫌いらしく、「ぺっ」っと唾を下に吐いてそっぽを向き無視をした。
そんなキールに苛立ちを見せるソマリ。
「むぎぎぎ! あっ、ハル様は診療所ですか?」
ハルが側にいればご機嫌になれるソマリは、こんな奴放っておいて、ハルに会いに行こうとオリバー騎士団長に話しかけたのだが、キールからとんでもない内容を聞かされた。
「あいつは衛兵に連れていかれた。今頃牢の中で泣きべそかいてるだろ」
「へっ?」
キールはソマリに対して、わざと意地悪な言い方をしてやったつもりだったが、ソマリはキールのせいで、ハルが衛兵に連れていかれたと早とちりをしてしまい……。
「ハル様になにをしたあああ!」
握りこぶしをキールの頬にめり込ませた。
額に手を当て、大きなため息を吐くオリバー騎士団長。
「キール君はシルビア君の命の恩人らしいぞ」
「えっ!?」
殴った姿勢のまま固まるソマリ。
「そしてハル君は、シルビア君を一刻も早く診療所に連れて行きたいがために、入門時のタグプレートの確認や認証をしないで、門番兵を無視して通ったから捕まったわけで……」
「えええっ!?」
気を失っているキールを見て、冷や汗をダラダラ垂らしながらオリバー騎士団長に確認する。
「私……やっちゃいました?」
黙って頷くオリバー騎士団長。
すぐに意識を取り戻したキールは、頬が真っ赤に腫れ上がり、とても痛そうだ。その目の前では、耳と尻尾をペタンと垂らし正座をするソマリ。
「ご……ごめんなさぃ……」
わずかに頭を下げるソマリ。
キールは元々、獣人であるソマリの事を好きではなかったのだが、早とちりから顔面パンチされてしまったため、いままで以上に嫌いになったのだった。
「おい、くそ女。お前も衛兵に連れていってもらって、あいつと同じように牢に入れてもらうか?」
脅しのつもりで言ったのだが、ポンっと手の平を打ち、閃いたような顔をしている。
「く、くそ女……。はっ!? なるほど! それでハル様と同じ牢に入れば、ハル様も寂しくないというわけですね!」
「まったく……めでたい脳ミソしてやがるぜ。オリバー様の手前、今は見逃してやるが、いつかあいつの借りと一緒に返させてもらうからな…………いててて……」
キールはふらつく足取りで帰って行った。
「うう……嫌な奴に貸しを作ってしまった……」
モモは落ち込むソマリの肩に手を置いた。
「今のは……ソマリ、悪い」
「う、うるさいっ!」
やれやれといった感じのオリバー騎士団長は、まだシルビアと顔を合わせていない、二人を連れて診療所に向かった。
診療所に向かうと、丁度シルビアとラルクが診療所から出てきた。
シルビアに駆け寄るソマリとモモ。
「シルビア様!」
「シルビア……平気?」
二人を抱きしめたシルビアは、心配をかけたことを謝る。
「シルビア君が元気になって本当によかった。それより、私が一緒にいながらこんなことになってしまって申し訳なかった」
頭を下げるオリバー騎士団長。
「頭をあげてください! 元を辿ればこのバカが魔法を使えなくなったせいなんで、むしろ作戦を台無しにした自分等が謝るべきなんです!」
「誰がバカよっ」
「いぃっ!」
ベッドから手を伸ばしラルクの脇腹をおもいっきりつねった。
「でも……私が魔法を使えていたら、こんなに迷惑をかけることもなかったのに……妊娠したら魔法を使うなとか、使いにくくなるとは聞いていたんだけど、今まで普通に使えていたから……まさか突然使えなくなるなんて……。本当にすみませんでした」
たしかにシルビアが妊娠していなければ、蜘蛛に噛まれることも、囲まれることもなかったかもしれない。たとえ噛まれていてもすぐ治療できたのだ。
しかし、他にも想定外な事はあった。倒しきれないほどの毒蜘蛛だ。一体どこからあれほどの毒蜘蛛が出てきたのか?
「一刻も早くあの毒蜘蛛をどうにかしなくてはならない。近いうちに、アルステム騎士団、王宮魔術師、そしてギルド徴兵を行い、今度こそ蜘蛛の討伐をする」
「各ギルドに特別依頼が出るということですね?」
「ああ、私が戻り次第、国家防衛会議を開きすぐに討伐に向かう準備をする。明日、昼過ぎにはギルドに徴兵募集を行い、明後日九時の鐘で出発になるだろう」
特別依頼とは。戦争や、大型盗賊団殲滅や、今回のような大規模魔物狩りをする際、アルステムでは騎士団と王宮魔術師以外にも、日頃鍛えている冒険者達にも参加してもらうというものだ。
連携などがとれないため、冒険者達は最前線での戦いとなるが、後方からの魔法攻撃支援、治療魔法などをしてもらえる。何より報酬額と報酬ポイントが多いため参加者は多いのだ。
「ラルク君は蜘蛛討伐に参加するのかい?」
「俺は……」
チラリとシルビアの様子をうかがう顔は、すでに尻に敷かれているように見えた。
「行ってきて良いわよ。オリバーさんが騎士団を引き連れているなら安心でしょ。パパ、しっかり稼いできてね」
「お、おう……」
パパと言われて今まで見たことがないくらい照れていた。
僕は前の人生でもお世話になることがなかったし、今回の人生でもお世話になることはないだろうと思っていた場所にいた。犯罪行為を行った者が入れられる牢獄である……。
床や壁はレンガでできていて、鉄格子はそれなりに太くできていて、曲げられるようなモノではなかった。普通の人なら……。
僕なら曲げられそうだが……、勿論そんなことはしない。
トイレは……壺に蓋がされているだけのものだった。周りから見えないように布で仕切られている、通気孔はあるが、牢獄は臭かった。
隣や正面にも同じ間取の牢獄があり、犯罪者が入っているようだ。
僕ってどれくらいの罪なんだろうか?
たしか、モモのときは、罰金が払えるなら五日~十日間牢に入り、出ることができるはず。罰金が払えないときは労働奴隷だと言っていた。罪が重すぎてり、罰金の金額が多すぎると、奴隷商人に売り渡されてしまい、一生奴隷として生きていくことになると……。
所持金や預金のない僕は労働奴隷になってしまうのだろうか……?