第三十話 急げ
人物紹介
◆キール
盗みをしたモモを捕まえたが、ハルにモモをとられてしまい恨んでいる。その後ハルに戦いを挑み、腕を蹴りあげられてしまい腕の骨を折る大怪我をしてしまった。※第十五話参照
門番兵を飛び越えた僕のあとを、追いかけてくる門番兵達。もちろん追い付けるはずもなくみるみる離れていくが冒険者ギルドの隣にある診療所は門から近いので振りきることができないようだ。
僕は診療所に入り、受付のある待合室を走り抜けて診察室に入った。カーテンの仕切りがいくつかあり、その中で各治療が行われるようだ。
「毒にやられて危ない状態なんです! 妊娠しているので一人では治療できないらしくて……お願いです助けてください!」
それを聞いた一人の治療師が、カーテンの仕切りから出て来て容態を確認しにきてくれた。
「これはいかん! キーマスさん! 先にこちらの毒の治療を手伝ってもらえますか!?」
シルビアの容態がよくないことから、先に治療をしてくれるようだ。僕は胸を撫で下ろしたが、別の問題を突きつけられてしまった。
キーマスと呼ばれた治療師は僕とシルビアを見てこう言った。
「……身分証と治療費は持っているんだろうな?」
シルビアの荷物は野営地に置いてきているはずだ。腰に着けていたポーチの中を見させてもらったが、非常食と包帯と傷薬しか入っていなかった。
僕はというと、タグプレートはあるが、硬貨など持っていない。それどころか置いてきているとか預けているとかでもなく、本当に文無しだった。
「ないようだな……悪いが無償治療はできないんでな」
「あっ、後で必ず払いますから! 仲間がもうすぐ来るんです!」
もうすぐといっても、あと一時間くらいかかるかもしれないが、なんとか治療をしてもらわなくては……。
ドカドカドカと、数人の足音が後ろから聞こえてきた。
「いたぞ! おい、小僧! 王都への不法入門で連行する!」
まずい、シルビアを置いて僕だけ外に出るつもりが間に合わなかった。治療が始まらないまま、門番兵達が来てしまった。
「はんっ、まさか違反者だったとはな。治療しなくてよかった」
キーマス治療師は吐き捨てるように言った。どうしよう……治療してくれなさそうだし、門番兵も来てしまった、このままではシルビアが!
かつてないほどの苛立ちを起こす僕の耳に、聞き覚えのある声がした。
「親父、その女を治療してやってくれ」
顔をあげてその人物をみると、腕に包帯をまいているキールの姿があった。
「し、しかし……硬貨を持っていないから治療するわけには……」
「それは当てがあるから大丈夫だ。それと、女の方は知らないが、そこのガキは俺の知り合いだ」
「そ、そうか。おまえの知り合いならいいだろう」
キールとの戦いで腕の骨を蹴り折ってしまったので、当然僕の事を恨んでいると思ったていた……。それなのに困っている僕を助けてくれるようだ。
後日なにかとんでもない要求をされるんじゃないだろうか……。しかし、それでもシルビアが助かるかもしれないならどんな要求でも聞こう。
それと今、親父って……。いやいや、とにかく治療をしてもらえるのなら親父だろうが母親だろうがどうでもいい。
「ハルっていったな。これは貸しだからな、いいな?」
「はい! ありがとうございます!」
キールのおかげですぐに治療が始まった。しかし僕にはその後、治療が間に合ったのかどうかはわからない。なぜなら僕は門番兵と衛兵に連れて行かれてしまったからだ……。
それから一時間くらいが経ち、オリバー騎士団長とガメットの二人が王都の門にたどり着いた。どうやらラルクは二人についていけなかったようだ。
「ハァハァ……し、しかし、ハル少年は……ハァハァ本当に一人で走りきってしまいましたね」
「ああ……彼の秘密にますます興味が出てきた」
「秘密ですか……?」
タグプレートを見せて門番に話しかけるオリバー騎士団長。
「ごくろうさまです! オリバー騎士団長様! お前ら敬礼!」
オリバー騎士団長と知ると、門番達が一斉に拳を胸に当てて敬礼をする。
「ご苦労。ところで女性を担いだ少年はいつ頃来たかな?」
「は、はい! その者なら不法入門をしたため牢屋に入れております!」
「「ぶっっ!」」
診療所に向かったはずが、なぜか牢屋に行き先が変わっていたことに二人とも吹いてしまった。
「身分確認しないまま、門番兵を飛び越えて走り去ろうとしたので不法入門で牢に入れました」
「「…………」」
言葉をなくし顔を見合わせる二人。
「も、もしかして、あの少年はオリバー騎士団長様のお連れでしたか!?」
「ああ、私の友人だ」
顔面蒼白になる門番兵達。オリバー騎士団長の、お気に入りの友人を牢屋に入れてしまったことに戸惑いを表していた。
「ももも申し訳ございません! まさかオリバー騎士団長様のご友人だったとは! 今すぐに牢屋からお連れするように言ってきます!」
「いや、君達は仕事をこなしたまでだ。それで、女性も牢屋に連れて行ったのか?」
「いえ! ご友人は門番兵を飛び越えたあとこの先の診療所に入っていき、女性の治療をするよう話しをしていました。私達がご友人を連行したのは、女性の治療を開始してからです。
女性の方は毒の治療があるとかで、身分確認はその後にしてくれと医者に言われましたので……なので門番兵が一人診療所の方で待機しています」
シルビアが毒治療をしてもらっていたと聞いてホッとするオリバー騎士団長は門番兵に「ごくろうだった」と労い、立ち去ろうとしたところにラルクもようやく追い付いたようだ。
「おっ? ラルク君も来たようだ。思ったより早かったな」
「とう、ハァハァぜハァハァんですよハァハァ」
当然ですよ、と言いたかったラルクだが、死に物狂いで走ってきたため言葉にできなかった。
「門番兵、すまないが彼の素性は私が保証する。このまま通してくれないか?」
ビシッと姿勢よく敬礼をする門番兵。
「かしこまりました! どうぞお通りください!」
こうしてラルク、オリバー騎士団長、ガメットは診療所に向かっていった。
「シルビア!」
勢いよく扉を開けて、すごい剣幕で受付のおばさんに言い寄るラルク。
「あのっ! 毒の治療をしているシルビアという女性はどうなりました!?」
「彼女なら奥のベッドです。そちらの通路からお入り下さい」
診察室の奥の部屋にベッドがいくつも並んでいる部屋がある。診察室を通らずに、別の通路からでも行けるようになっていた。
そしてベッドの並ぶ部屋に入ったラルクは、横になっているシルビアを見つけると恐る恐る近づき、さっきまでの勢いが嘘のように、ゆっくりとした足取りでシルビアの横に立った。
シルビアはいつもの顔色に戻っていて、小さな寝息をたてて寝ていた。崩れ落ちると共に緊張の糸が切れたのか泣き始めた。
それを見たオリバー騎士団長とガメットは黙って部屋から出ていった。
「いやー、間に合ってよかったですね。正直、俺はあの娘はもうダメだと思いましたよ」
「まさか妊娠していたなんて思わなかったからな。私もさすがにダメだと思ったさ。しかし、ハル君が来てくれてよかった」
受付に向かったオリバー騎士団長だが、治療費は支払い済みということになっていた。どうやらここに勤める治療師の息子が、ハルに『貸し』ということで支払いを肩代わりしたようだ。
その人物はすぐ後ろに座っていた。
「初めまして、シルビアという女性の毒治療をしたキーマスの息子のキールです。こうしてお話するのは初めてですが、以前ヨハン道場でお会いしました」
そう言われて少し過去を振り返るオリバー騎士団長。腕の怪我を見てピンときたようだ。
「ああ……もしかしてハル君と決闘していた子かな?」
「はい。お恥ずかしい所を御見せしました……」
「少し別のところで話そうか。ガメット、今回の件はまだ伏せておいてくれ。こちらからまた連絡する」
ガメットは「了解」と言い、自分の寝床であり、仕事場である、冒険者ギルド第四支部へと戻っていった。




