第三話 気をつけよう
なにもわからない、ということになっている僕のために、みんなして色々教えてくれるのは感謝ですが、騙しているようで申し訳なく感じる……。
この世界の硬貨を教えてもらいました。
銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨。たった五種類だけのようで覚えやすかった。
紙幣がないため大金を積むとなると重そうだが……。
話の続きは依頼を受けて、移動しながら話すことになった。先ほどの酔っぱらい冒険者が街の外で待ち伏せている可能性もあるので、今日は僕達のギルド依頼についてきてくれるという。
ホント、なんていい人達なんだ……。
僕とコングは銅ランク依頼の、薬草採取を受けた。
ラルクとシルビアは、都合のいい依頼がなかったため、遭遇した獣を倒して素材をとるとのことだ。
依頼品以外の素材売却はかなりの値引きになるため利益は少ないが、僕達についてくるついでに、素材となる獣に出会えればラッキー程度だそうだ。
ラルクとシルビアが一緒なので、林の少し奥まで薬草採集に行くことになった。
この世界には獣以外にも魔物も存在する。
しかし、ゲームに出てくるような気持ち悪いモンスターみたいなやつではないみたいだ。
山奥や辺境の地には魔素という人間には毒となる大気が噴出しているらしく、獣がその魔素を含んだ植物や大気を大量に摂取したり、山奥など魔素の濃度が濃い大気を長い期間吸っていると魔物化するらしい。
魔物化した獣は目が赤色や紫色になり、体格も大きくなり、攻撃力、防御力、素早さ、全てのスペックが上がり凶暴化するみたいだ。
なにそれこわい……。
そんな危険な魔物を倒しても、素材の買い取り部位は爪と牙のみらしい。肉は固くなってしまって食べられない。毛も固くなってしまっていてビックリするくらい格安になってしまうそうだ。
つまり魔物化した獣はデメリットこそ多いが、メリットはないということだ。
しかし、ラルクでも今までの旅で、二度ほどしか見たことが無いとの事。山や森の奥深くの魔素が多いところに行かない限り遭遇することはまずないということなので安心である。
「――――じゃあ、さっきの相手を飛ばした時は、魔法を使ったわけじゃないのね?」
さっきのギルドの酒場での出来事について、シルビアがいくつか質問をしてきている。
「夢中だったので……でも、僕は魔法とか知らないですし、そもそも魔法というものがあるということも、さっき知りました」
「そう……」
うーんと唸り、頬に手を当てて考え込むシルビア。
ラルクはコングと話しているようだ。
「コングは剣士になりたいのかい?」
「はい! 目標はラルクさんです!」
「あははっ、俺の事を買い被りすぎだよ。俺はまだ銀ランクだしな。目標にするなら金ランクの冒険者にしときな」
「いえ! 銀ランクもすごいと思います! おいら達の前に立ち塞がってくれたときのラルクさんが格好良かった!」
うん。僕もコングと同じ気持ちである。
「僕もそう思います。見てみぬふりをするのは誰でもできます。誰かのために動けるように僕もなりたいです」
ラルクは頭をボリボリかき、照れながらシルビアの方を見て苦笑いをしている。僕も守られるばかりじゃなく、大切な人を守れるようになりたい!
しばらく薬草を採取しながら歩いていると、かなり遠いが、こちらに向かってくる大きな物体がいる。
眼をこらし、じっと遠くを見つめる僕を、ラルクは不思議そうに声をかけてきた。
「ハル? どうかしたのか?」
「茶……いや、赤色? 大きな獣が向かってきています」
ラルクとコングは、眼を細めじっくり見ている。
「俺には見えないけど……見えるのかい?」
「んー? おいらにも見えないぞ」
「こっちに向かってきています」
しばらくすると、三人の眼にも認識できたようだ。
「やはり熊か!」
ラルクは剣を抜き構えた。
大きさは地球よりも少し大きく、赤みがかかっているようだ。この世界の熊はこうなのだろう。
「二人はそこの木の後ろに行け! シルビアは俺が熊の突進を避けたあとに魔法で攻撃してくれ!」
「二人は走って逃げたりしないでね! 逃げ切れないし逃げようとする者を追いかけてくるわよ!」
シルビアは鋭い目付きで熊を見ながら、魔力を練り上げているようだ、身体の周りがうっすら青く光っている。
「これが魔法……」
僕はシルビアの光に魅入ってしまっていた。
熊の進行方向にはラルクがいる。そして熊がそのままの勢いで突進してきた。
ラルクはギリギリまで引き付けて、横に飛んで避けたあと、再び熊に向けて剣を構える。
「うらあああああっ!」
ラルクが熊の注意を向けるために声を張り上げた。シルビアの身体に纏っていた青い光は杖に集つまっている。
「フリーズアロー!」
杖から放たれた三本の鋭い氷の矢が熊の腹と足に突き刺さった。
『グオオオオオオオオオ!』
立ち上がった熊がシルビアの方を向き、ラルクから敵視が外れたのをラルクは見逃さなかった。
瞬時に間合いを詰めたラルクは、首の辺りを突き上げるように剣を突き刺し、刺さっている氷の矢を蹴り、より深くめり込ませてその場から転がり離脱した。
ラルクが離れた直後、フリーズアローで追い討ちをかけた。
剣や氷の矢が刺さったままの熊は、フラフラと巨体を揺らした後に大きな音と共に倒れた。
「「す、すごい!」」
あっさり二人で倒してしまった! 見ているだけで震えてくるのに、剣で近距離攻撃なんて……。
ラルクは安堵のため息を吐き、熊から剣を抜き、血を飛ばして剣を納めた。
「まさか熊に遭遇するとは……しかし一頭でよかったよ」
二頭いたらやばかったらしい。
「熊は爪や毛皮は勿論、肉も高く買い取ってくれる。持ち帰りたいが……二人とも手伝ってもらっていいかな? 勿論報酬は分けてあげるよ」
「「手伝います!」」
僕とコングは声を揃えて返事をした。
報酬とかより、とにかく何か手伝いたかった。ものすごく興奮している自分がいる。
魔法もかっこよかったけど、二人の連携が凄かった! 初めての大物との戦いをみてテンションマックスだった。
なにも考えず、力を入れて熊を持ち上げたら、軽々と熊が持ち上がった。あれ? まるで中身がスカスカのように軽々と上がった。奇声をあげた。
「「「うええええええっ!?」」」
見事に三人の声がハモった。熊を持ち上げた僕を見て、みんな驚いて固まっている。
あれ? え? …………もしかして、熊を軽いのも、酒場で冒険者に蹴られても痛くなかったり、突き飛ばしたのも、神様からもらった力?
ど、どうしよう!? えっと……。
僕はそっと熊を下ろした。
「さっ、みんなで持っていきましょう!」
(((無かったことにしたっ!)))
はい……無かったことにできなかったです。
「ハル! お前、今のなんだ!? 魔法か!?」
コングが大きく目を見開きながら詰め寄ってくる。
「魔法なら魔力を練るときに解るし、風魔法だとしても……う~ん……」
「力か? そんな女の子みたいな身体で俺より力あるのか!?」
ごめんなさい。筋力じゃなく多分 神様からいただいた力です……。
うう……どう言えばいいんだろう。全部本当のこと言ってしまっていいのだろうか。
でも信じてもらえるだろうか? 他の世界で死んで、神様に力をもらいました。信じてくれたとしてもその後がこわい。
今のままの関係がそのままってことはないと思う。
考えすぎて頭がグルグル回る状態の僕。
そんな困っている僕を見て、シルビアはそっと頭を撫でてくれた。
「ハルちゃん……多分なにか事情があって言いづらい事なのよね?」
「なんだよハル! 記憶喪失じゃないのかよ!?」
「コングちゃん、待って。どんな人にも話せない事や、黙っていたい事はあってもおかしくないのよ。私だってラルクに話してない秘密はあるもの」
「えっ!?」
「秘密ってなに!? 気になる!」
ラルクはシルビアの秘密が気になるらしい。
「僕は……、この身体の記憶がないのは本当です。魔法も今日シルビアさんのを見たのが初めてです。力は……少し……異常なのかなって、今自覚しました……」
僕は深呼吸をして話を続けた。
「今はまだ言えない事はあります。でもその時が来たら必ず話します」
僕はギュッと唇を噛み締める。シルビアは黙って頭を撫でてくれている。
「わかった。じゃあ、とりあえずハルはすごい力持ちって事は間違いないんだな? でもそれって隠さなくてもいいんじゃないか?」
コングはとりあえず納得してくれたようだ。
「そうねぇ、たしかに力持ちってだけならいいんだけど、その華奢な身体であの力ってなると……」
「じゃあ、街では力を抑えておいて、少し力持ちくらいにしておけばいいんだろ。それよりも、シルビアさっきの秘密って――」
ラルクはシルビアの言っていた秘密がどうしても気になって仕方がないようだ。
「あら? なんのことかしら?」
シルビアはケタケタと笑って誤魔化した。
熊は僕とラルクで、前と後ろを持って街まで運んだ。
なんと素材の買い取りで小金貨一枚と銀貨二枚になった! これほど早く金貨というものに触れるとは!
ラルクが「これは四人で分ける。四人で出掛けたのだからお前らには貰う権利がある」と言い張り、お言葉に甘える形になった。
ラルクは何から何まで男前である。
僕は報酬を暗算で四等分をして、ラルクに一人辺りの硬貨伝えた。
「手持ちがなければ両替いってきましょうか?」
僕のその言葉に、また三人が固まった。
――――えっ? なに、どうしたの?
「そうなのか? お……おい、シルビア、合ってるか?」
「ちょっと待ちなさい! 今計算しているんだから!」
シルビアは硬貨を広げ、ブツブツ独り言を呟きながら必死で計算している。
どうやらすばやく暗算した事が驚かれたようだ。
これからも色々気を付けなければいけないことがありそうだ、と思った……。