第二十話 王都での一日
オークスと別れたダルマンは、衣類屋、道具屋、武器屋などを探し、遂にハルが泊まった宿屋にたどり着いた。
「えっ! ここでハルという人間の少年が泊まったって?」
「そうさね、あの子のことは覚えてるよ」
「今も泊まってるのか?」
「さぁ、それ以上は教えれないねえ」
そう言って手を出す女将さん、硬貨を要求されたダルマンは少ない手持ちながら、硬貨を手渡した。
硬貨の対価として、今この宿にはいないこととハルの行き先を知っている人物を教えてもらった。
女将は指を指す、その男はすぐ隣の席で食事をしていた。
「隣で聞いていたなら最初からお前が教えろよ!」
ニヤリと笑う隣の男は手を出した。
「お……おい、俺さっきそこの女将に硬貨を渡したんだが……」
「女将は女将、俺は俺。お前は女将に聞いたんだろ? 俺は聞かれていなかったから答えなかっただけだ」
手をクイクイ動かし、早く寄越せと催促する。
その頃、冒険者ギルドに入ったオークスは、カウンターにいた新人受付嬢に、ハルという少年が依頼達成していないか聞いたところ、そう言うことは教えることが出来ませんとのことだった。
仕方なく情報屋を見つけハルの事を聞いた。勿論情報料を渡してだ。
そしてその情報によると、少年はこの村に来ていたようだ。
そして、ある宿屋に泊まったということだ、まだ泊まっているかどうかまでは知らないという。
しかし泊まる宿をコロコロ変えることは少ないため、まだ泊まっている可能性が高い。
実はこの情報屋はハルがすでに王都に行ったことを知っていたが、わかっていて宿屋の女将を紹介したのだ。
そして不幸にもダルマンとすれ違ってしまったオークスは、ダルマン同様あと二回情報料を支払うことになるのだった。
そして情報を持ち寄ったオークスとダルマン、
「はぁ!? お前もあの宿屋で情報料払ったのか!」
「あの獣ババアッ! クソッ!」
こうして痛い出費になってしまった二人は、ハルが王都に行ったという情報を持って、一旦雇い主のドレイク・マティア支部長の元へ戻っていった。
勿論、情報料は経費でおちることはなかった。
ヨハンとの一戦から数日が経ったある日の朝。お城のふかふかベッドで眠っている僕を、朝になるとメイドが起こしてくれます。とてもセレブな気分です。
ただ監視付きというだけでこの待遇。でも監視されているといっても部屋にいる間は誰かに見られている訳じゃない。
部屋から出ると、部屋の外で待機しているメイドがついてくる程度だ。そして外にいくときは騎士団の方に寄って、メイドと騎士団の方が監視の交代をして、騎士団の誰かと外にいくことになっている。
しかし王都アルステムから出ることは控えるように言われた。
監視の人もついてくることになるから困るよね……。どうしても王都から出る用事があるときは事前に言って欲しいとのこと。
僕が他国に渡って、何かの理由で戦力としてアルステムに歯向かってきたら困るからということだが、それは絶対ないと言っているんだが……。
……あれ? 僕って危険人物扱い? マジか……。
メイドが持って来てくれたお水で顔を洗い食堂に到着すると、頭がボサボサのソマリが眠たそうに座っている。
うん、見慣れた光景だ。
ソマリは朝が弱いみたいです。いつも跳ねている髪の毛がさらにひどいことに……。
「ハル様おはよぉおござい……ます」
挨拶をしてくれたソマリの目はまた閉じてしまった。
ゆったりと朝食を食べ終わった僕達は、ヨハン道場に向かう。僕についてくるのは、ソマリ…………と、騎士団のジャック。
「今日はあなたが監視役ですか……」
しかめっ面になるソマリ。
「なんで俺が子供と犬の子守りしなきゃならねぇんだよ」
「犬……!? ぐぎぎっ! ふふんっ! その犬に負けた人間は犬以下ということですよね!」
「なんだとこのやろう!」
この二人は会えばすぐにぶつかるようで、相性最悪のようだ。ただソマリが怪我をしているので、口喧嘩だけで済んでいるけど怪我が治ったらどうなることやら。
ヨハン刀術道場に着いた僕は、みんなと一緒に整列してヨハンに挨拶をする。
総勢三百名ほどいる門下生のうち今日は百五十名ほどの門下生が来ているようだ。
通常の訓練は素振りから始まり、門下生同士で打ち合いをしたり、型を確認しあったりするのだけれど、なんと僕にはヨハンが直々に相手をしてくれている。
スペシャル待遇と言っていいだろうが、先日の僕とヨハンの戦いを観た門下生達は誰一人として文句を言うものはいなかった。
それに三剣のラグドールの紹介ということと、そのラグドールの娘もいるというのだから、不満がでないのも当然である。
ソマリはいつもソワソワしている。
きっと木刀を持って暴れたいのだろう……。
ジャックは道場の端の方で素振りをしている。小僧を見ていても時間の無駄だから……と、監視が仕事なので仕方ないだろうけど、なんか申し訳ないです。
もっと下っぱにやらせればよさそうな気もするけど、多分それなりの実力者を選んでのことだろう。
いままで歯応えのある相手がいなかったため、道場よりも鍛治場や自室にいることが多かったヨハンだが、今は毎日のように道場にいる。
ヨハンは、対戦相手ができて嬉しいようで、実戦ばかりやらされる。
「おまえすげーなぁ、その歳で俺とこうして打ち合えるんだから」
打ち合いながら褒めてくれるヨハン、
「ありがと……う、ございます!」
「あぁ、そこは受けるんじゃなく流すんだぞぉ。受ける攻撃と流す攻撃を分けろよぉ」
くぅっ、そんなこと言われてもっ。
「違う、今の攻撃はそんなに踏み込まなくていい、隙ができるぞ」
「はいっ!」
ヨハンが言うには実戦で覚えるのが一番とのことだ。言っていることはわかります、でもヨハン相手だと考えている余裕がない。
毎日ボロボロです……身体能力がすごくても、動きが少しゆっくり見えても、ヨハンに負けてしまうのだ……。
一体どれだけの鍛練を積んできて、あそこまで強くなったのだろうか……。
僕はこの数日でヨハンとの打ち合いで動きに慣れてきたけど、それでも何度もやられるのは、僕の苦手な所を徹底的に狙ってくるからだ。
身体能力でカバーしていては成長がない。この機会にしっかり教えてもらおう!
そして僕が倒したキールは、この道場では五本の指に入る実力者だったようだ。だから慕う者が数名いたわけか……。
キールは骨折していたため、治るまでは道場には来ない。なんか申し訳なくなってきた。
いや……でも刀に手をかけたんだから、その代償はあるだろう。こっちは斬られそうだったのだから。
お昼の食事になると様々な人がやってくる。大半が試合の申し込みである。
僕も同じ門下生ということもあり気軽に試合の申し込みができるからだ。
でも申し込んで来るのは門下生の中でも上位五人くらいだけであった。
その門下生達との試合は僕にとって、実はかなり有意義であった。
ヨハンに教えてもらったことや、注意されたことの復習が実戦でできるからだ。
相手には悪いけどヨハンとやった後では、大人と小学生くらいの違いがある。
そして、ソマリに一つ悩みができたみたいです。
門下生の中には女性もいるので、ヨハンとの戦いを観た影響と、母性本能をくすぐる中性的な顔立ちの僕の周りには沢山の女性がやってくるようになった。
特に食事の時など、話す機会がある時はソマリが隣に座るが、反対側に座った女性門下生がひっついてきてソマリがフーフー怒っている。
ソマリは猫型なのかな?
そんなソマリを最近可愛いと思ってしまった僕は、すでにソマリに毒されてしまったのかもしれない。
女性と話していると、男性門下生からの視線が、ヨハンの訓練の時より痛いような気がする。つまらない敵を作らないように慎んでおこう。
夕方になると僕の稽古は終わる。さすがにヨハン相手に稽古をするとヘトヘトだ。
僕の動きは無駄が多すぎるから疲れるとのことだが、それにしてもヨハン五十歳前後のはずだがタフすぎる……。
夕食は帰りの道で露店で立ち食いか、お店に入って食べるけど、僕はモモの件でお金がなく、ソマリに出してもらってる訳で……稽古が休みの日にでも冒険者ギルドに行って、少し稼いでこようかな……。
城に戻った僕が一人になったときに、オリバー騎士団長から声をかけられた、
「モモちゃんの孤児院を調査したところ、支援金や寄付金を横領していたみたいでね、子供の服や食事の回数を減らして私腹を肥やしていたみたいだね」
「そうですか……これでもう大丈夫なんですかね?」
「ああ、横領していた二人は相応の処分を与え、別の人物に孤児院の管理をさせることにしたよ」
これで極度にお腹をすかせることもないだろう。僕はホッと胸を撫で下ろした。
「しかし、もうひとつ問題ができてしまってね」
「え? なにかまずことでもあったんですか?」
ニヤリと頬を吊り上げるオリバー騎士団。こういう顔をするときは、僕が困ることを言うときだろう。
「モモちゃんを見かけたんだが、木の棒で素振りをしていたよ」
「はぁ……、それで?」
「手の豆が潰れても振り続けていてね、誰かの旅についていきたくてやってるみたいだよ」
あー……そういうことですか。
頭を抱えている僕を見て、楽しそうにするオリバー騎士団長。
「近い内にもう一度会って話してきます……」
僕は重い足取りで自室に戻っていった。