第十二話 三剣
――――二十年前、隣国マクラムがアルステム国に対し戦争を起こした。
マクラム兵は国境を越えてきて、アルステム領土である平原での戦いとなった。
当時の騎士団長も強者で采配力もあり、戦況はアルステムが押していた。
しかし、戦いが二日目に入り、マクラム兵の後続部隊が合流したと報告があった。それからアルステム兵は押されだしてしまった。
マクラム兵の様子がおかしかった。刺そうが腕を落とそうが痛みがないかのように斬りかかってくるのだ。
そんなゾンビみたいなマクラム兵を相手にしたアルステム兵は恐怖に襲われた。
そんな中、懸命に食い止めようとした騎士団長はマクラム兵に討ち取られてしまった。指揮官を失った騎士団は逃げ腰になり退却を余儀なくされた。
アルステム国の城門近くまで迫ってきたマクラム兵に、打って出たのはオリバー副団長と、そのオリバーの二人の友人だった。
オリバー副団長の兵は数少ないが、オリバーの下で心身共に鍛え抜かれた精鋭達。
ヨハンは、自分の小さな道場の門下生達を連れてきた。
ラグドールは王都で冒険者として名をあげていて、獣人でありながら冒険者ギルドでは人望も厚かった。
しかし門下生も部下もいないラグドールは「今、アルステムの危機だ! 共に戦う者は付いてきてくれ!」とギルドで声をあげたのだった。
そして三人は僅か百ほどの数で、二千以上のマクラム兵に向かっていったのだった。
無謀とも見える戦いだが、アルステム側は誰も負けるなどと思っていなかった。
そう思わせるのは先頭を切り抜ける三人の活躍にあった。
その勇姿に魂が震わない者はいないほど、鬼神のごとく敵を倒していく三人。
そして、ついにはマクラム兵を倒し、アルステムを勝利に導いたのだった。
――――――マクラム国との戦争から一週間が過ぎた。
王都アルステムの騎士団の訓練所には、先の戦いでの活躍したラグドールが剣を振っていた。
国からの通達により、城に出向いたのは、ラグドールやヨハン、戦いに参加した冒険者や門下生達だった。
その日、戦いに参加した者、勿論戦死してしまった者も、恩賞と国王からの言葉が与えられた。
オリバー、ヨハン、ラグドールの三人には、特別恩賞として、後日その場を設けるということで閉幕した。
ラグドールはオリバーと待ち合わせのため騎士団訓練広場で、一人で剣を振っていた。
「お前らしくない剣だな」
「…………オリバーか」
見向きすることなく剣を振るラグドール。
「ふぅ……」
剣を止めてその場に座りこみ、汗を拭うラグドールは、自分の剣を見ながら口を開いた。
「なぁ、あの禁忌の魔法を見てどう思った? なんであんな魔法を人に使おうと考えれるんだ?」
「たしかに恐怖心や痛みを感じない身体というのは戦争ではすさまじい力だ」
「だがなオリバーよ。あれは許されるものではない! 戦争が終わった後の敵兵を見たか!? 生きてはいるが会話どころか動こうともしない、ただ死を待つだけの人形になっているではないか……」
「ああ……禁忌として扱われるわけだな。何百年という昔、似たような魔法を戦争で使われたらしいが、まさかその禁忌の魔法を使ってくるとは……」
先の戦争で、マクラム魔術師団が数百年前に、禁忌とされた洗脳魔法を使ってきたのだ。
昔の書物と魔法研究と人体実験を重ねた結果、数百年という年月をかけて、再びこの地に禁忌の魔法が姿をみせたのだった。
自我を無くさせて人形になった兵士、恐怖心も痛みもなく突撃してくる。斬られても斬り返してくる。足が動く限り走り、腕が無くなるまで剣を振り、腕がなくなれば噛み殺しにくる。
そんな魔法を兵にかけたとあっては、マクラム兵や民は黙ってはいないと思われたが、どうやら奴隷や犯罪者などに、洗脳魔法を使い突撃させたみたいだ。
「オレは故郷に帰ろうと思う」
突然告げられたことにオリバーはラグドールに掴みかかった。
「なんだと!? 臆病風に吹かれたか! マクラム国だってまた、いつ攻めてくるかわからないのだぞ!?」
「おいおい勘違いするなよ。オレはアルステムの兵じゃないんだぜ? 別に戦争が怖いとかじゃないんだ。先日手紙が届いてな、もうすぐ産まれるだぜ」
掴んでいた手を離し、優しい顔に戻ったオリバー。
「そうか……お前は父親になるのか……。もう、戻ってこないのか? そ、そうだ! 子供と嫁さんも王都に連れて来てはどうだ?」
「この王都に獣人は何人いる?」
「…………」
オリバーはバツが悪そうに目を伏せた。
「オレは平気だ。こいつで認められ、そしてお前とヨハンという親友までできた。ギルドにいけば仲間もいる。
だが獣人族の子供に王都は居心地が悪いだろう。それに戦争になったら早馬で三日、いや一日で駆けつけてやるよ」
そう言ってオリバーの背中をバンと叩いた。
「いつ発つんだ?」
「明後日、国王からの特別恩賞が与えられるだろ。その後だな」
「そうか……」
「さみしくならぁ……」
その声にラグドールとオリバーは顔を向けると、腰に刀を携えて腕を組むヨハンが、訓練所の扉にもたれ掛かっていた。
「いつからいたんだ?」
「禁忌の魔法をどうって所ぐらいだ」
「「ほとんど最初からじゃねーか!」」
「今回の戦いでえ、俺の刀術が注目された。これから門下生も増えるだろぉ、特別恩賞で道場を大きくしてもらえたら幸いだあ」
ヨハンは王都アルステムの城下町で小さな刀術道場を開いている。
門下生も百名ほどいて希望者はヨハンと共に戦場へ立つことが許されている。
自分の磨きあげた腕を、実戦で人間相手に振るえることは滅多にないため、今回のマクラムとの戦いでは参加者は五割にもなった。
「ラグドール……お願いがあるんだ! 俺と勝負してくれ!」
オリバーはラグドールと次いつ会えるかわからないということと、これから騎士団長になるであろう自分がラグドール相手にどれだけ戦えるのか。
「ああ、オレもオリバーとはやってみたいと思ってたんだ」
ラグドールもまんざらじゃないといった風にニヤリと口の端を吊り上げた。
二人がぶつかり合う。こんなことを見せ物にすれば剣に興味のある者なら、お金を払ってでもみてみたい一戦であろう。
ラグドール、オリバー、ヨハンの三人しかいない訓練所で三剣同士の戦いが始まった。
ラグドールの武器は右手に長剣、左手に短剣を逆手持ちという一風かわったスタイルだ。
対するオリバーは長剣と腕の長さくらいはある盾を持っている。
ヨハンは訓練所の扉の鍵を閉め、邪魔者が入らないようにして、壁に寄り掛かって二人を見届ける。
先に仕掛けたのはオリバーだ。重い一撃をラグドールに上から叩きつける。
ラグドールは左の短剣で受け流し右手の長剣で斬りつけるが、オリバーの盾は当然のようにそれを防ぐ。
短剣での受け流しは盾ほど簡単ではない、見切っていなければできない芸当である。
ラグドールは二本の剣で巧みに技を繰り出す。オリバーは剣と盾で必死に防ぐ。
ラグドールの怒涛攻撃はオリバーに攻撃の隙を与えない、しかしわずかな間隔を見つけてはオリバーは反撃しラグドールを驚かせた。
オリバーの盾は防ぐだけじゃく、攻撃にも使うため、隙を見せればノックバックさせられてしまう。お互い慎重に攻撃しつつも手を休めないでいる。
長く続く攻防をヨハンは黙って見守っていた。そしてこの長い戦いも終幕を迎えるときがやって来た。
ラグドールが長剣を振りかぶり斬りかかろうとする。これを盾で防ごうとするオリバーは驚愕した。
――――なに!? どうする気だ!?
ラグドールの右手にあった長剣はどこかに消えていて盾を上から掴んだ。
「おおおおお!」
ラグドールの叫び声と共に、オリバーが構えていた盾を、ドンッ! と地面に叩きつけ、下に押し下げたラグドールは盾を飛び越えてきた。
オリバーは盾と一緒に身体が前のめりになって姿勢が崩れた。
オリバーは無理な姿勢のまま剣で攻撃を試みたが、その腕をラグドールが足で押さえつけた。
この瞬間オリバーはゾッと寒気を感じる、左手の盾は押し下げられて、右手の剣は足で押さえられてしまっていて無防備状態だ。
咄嗟に盾を手放したが、それと同時に自分の胸元にはラグドールの短剣が寸止めされていた。
「……勝負あったか……」
ヨハンはそっと目を閉じた。
ラグドールの短剣はオリバーの首筋ギリギリの所で寸止めされていた。
「くそっ……負けたか…………」
力を出しきったオリバーは、地面に仰向けで倒れこんだ。それに習うようにラグドールも地面に寝転んだ。
オリバーは悔しくて悔しくてたまらないという表情ではなく、スッキリしたという表情をしていた。
「まったく、武器を捨てて盾を掴むやつがあるか!」
「いい加減その強固な守りに焦れったくなってな」
「鍛えておくからリベンジさせろ!」
「ああ……そうだな」
寝転がったまま空を見上げる二人
「オレは特別恩賞で、故郷のドベイルの村に、冒険ギルドの設立の許可を貰いたい」
「なるほど……それが故郷に帰るもう一つの理由か」
「ヨハン……オレの子供がでかくなったら剣を造ってやってくれ」
「剣じゃねえ、刀だ」
「…………どっちも同じようなもんじゃねえか……」
「てめぇ! 刀ってもんはなぁ――――――」
そして、特別恩賞では、それぞれの願いを聞き入れ、三人を『アルステムの三剣』という栄誉を与えた。
「――――――ってな、感じでかれこれ二十年経っちまったが、まだリベンジしてないわけよ」
オリバー騎士団長が肩を竦めて苦笑いをした。
「なぜ私がこんな話をしたかというと――――」
オリバー騎士団長はソマリを見ている。
うん、僕でもわかります。
そのリベンジの相手はソマリの父親だということ。
「まさか!? 左右に剣を持ち左手は逆手!」
ジャックが声をあげた、きっと気づいたのだろう……ソマリの父親が――――
「こいつが団長のリベンジ相手か!」
「「「「そんなわけあるか!」」」」
その場の全員が声を揃えてツッコンだ。