第十一話 クロエ姫
逃げていく野盗達を騎士達は追うつもりはないようだ。そして僕らの方に歩み寄ってきた騎士達、警戒しているためか距離は少し離れている。
一人だけ白い鎧を着ていて、年齢も四十から五十と思われる人物がこの騎士達のリーダー的存在であろう。
「君達のおかげで大した怪我人もでないで済んだ。お礼を言わせてもらおう。ありがとう」
「私達はドベイルの村から王都アルステムに行く途中で、先程の場面に出くわしました」
騎士達とは別の所から視線を感じた。そちらに目を向けると馬車の窓からチラリチラリと、こちらを覗いている人物がいるようだ。
「ゴホンっ。私は王都アルステムの騎士団長を任されているオリバーだ」
豪華な馬車に立派な鎧、統率のとれた騎士達。偉い人っぽいとは思っていたが、まさか王都の騎士団長とは……。僕達が手を出さなくても平気だったのかもしれない。
「野盗を崩すきっかけを作ってくれたことに礼を言わせてもらう、本当にありがとう。ところでもう日も暮れたし、我々はここで夜営をするが一緒にどうだね?」
「団長! こんな得たいの知れない連中を信じるんですか!?」
騎士団の一人が猛反対のようだ。しかしひどい言われようだが、当然そう思われても仕方がないかもしれないが、そういうことはコソッと話し合ってほしいものだ。
「まぁ、落ち着け。我々を襲う気ならここで別れても後で襲ってくるだろう、それよりもさっきの野盗がまた襲ってきたときに、この者達はきっと助けになってくれるだろう」
そう言って団長と呼ばれた男は、僕を見てウインクをする。
「こちらこそ助かります。二人だけではあの人数は大変なので……」
話がまとまると馬車から飛び出してきた一人の女性。
「クロエ姫! おまちください!」
馬車の中からお世話係らしき人が呼び止める。
「もう話は終わりましたわ! 私も話をしたいのです! 移動中ずっと退屈でしたわ!」
僕と同じくらいの歳の女性は真っ赤なドレスに髪は腰まであるストレートでサラサラの金色。
「クロエ姫、このお二人も夜営の支度があるので、落ち着いてからお話するといたしましょう」
「むぅ……、わかりましたわ……」
オリバー騎士団長は気が利くなぁ、ラルクを思い出してしまう。しかし『姫』って言っていたけど、王都の姫様なのかな……。
僕達は馬車から離れたところに焚き火をたきテントを張った。
僕が腕や足を砕いた野盗は、護衛の騎士達が縄で野盗同士で縛り付けたようだ。
傷が痛むよううめいていた。いくら野盗でも僕が傷をつけた人が苦しんでいるのを見ると罪悪感が出てきてしまう……。
焚き火の前で座る僕は、そんな事を思いながら干し肉を食べていると、ソマリが心配そうに顔を覗き込んできた。
「そこの野盗達が気になりますか? ハル様は人を殺したことがないのですよね?」
「ないですね……。人を傷つけたのも初めてです。ソマリさんはあるんですか?」
「私も殺したことはないですけど、先程のような者達なら抵抗はないと思います」
「そうなんですよね。僕は加減をしてしまいました」
「やっぱり殺さないように戦っていたのか」
後ろから突然声が聞こえてビックリした! 騎士団長さんはさきほどの女性と部下二人を連れて話をしに来たようだ。
「それでは改めて自己紹介をさせてくれ」
「私は王都アルステム騎士団長を任されているオリバーだ。こっちの二人はジャックとリアム。
そしてこちらの御方がアルステム王国の第二王女のアルステム・クロエ・グレーム様だ」
うわぁ、姫様ってことはわかってたけど、やっぱり王族なんだ……。
一生縁がないと思っていた。こうして話せるなんて嬉しいかもっ! しかし、名前が長いのは王族だからか? 『第二』ということは姉がいるということだろう。
「姫様だからって堅苦しくしなくていいからな、お転婆で礼儀知らずな姫様だか――あぃだだだだっ!」
クロエ姫はニコリと微笑み挨拶をしながらオリバー騎士団長の尻をつねっているようだ。
「よろしくお願いしますわ」
おおぉ……社交辞令的笑顔が素敵です。
じぃっとソマリを見つめる騎士のジャック。
「フンッ……獣か」
「ジャック! 失礼だぞ!」
先ほど、一緒に夜営することを反対した、部下のジャックは獣人嫌いのようだ。
――――おっと、ソマリさん落ち着いてください。怒っているみたいで拳を強く握りしめている。相手は姫様の護衛達です。手をだしたら僕達牢屋行きですよ!
「女性に突っかかるだなんて、器が小さいですよチャックさん」
「俺はジャックだ! 獣め図に乗るなよ! 相手になってやる!」
「決闘ですわね!?」
クロエ姫が目をキラキラさせて喜んでいる。
そんな三人をよそにオリバー騎士団長がこそこそ話しかけてきた
「あの獣人の女性も君みたいに強いのか?」
「強いかもしれません。ソマリさんの本気は見たことがないのでなんとも言えませんが……」
「なるほど。ジャックは剣士としての腕はいいんだが少々鼻にかけるところがあってな。誰かに負けるのもいい薬になるんだが、しかし……ジャック!
今は野盗に警戒しなければいけないときだ、味方同士で争っているときではないぞ」
「では、姫様に余興の剣舞をお見せしましょう」
そう言って腰の剣を抜きソマリを睨んだ。明らかに挑発である。勿論ソマリも短剣を抜いた。
「剣舞なら一人より二人の方がいいでしょう」
血の気の多い二人だ。僕とオリバー騎士団長さんが同時にため息ついた。
篝火の明かりに照らされるソマリとジャック。
最初はゆっくり剣を交わらせ舞っていく、やがて少しずつ交わる剣が速くなっていった。
剣舞とはいえ、ソマリの剣技をこうやってじっくり見るのは初めてだった。
ソマリの短剣の持ち方は独特のようだ、右手は通常の持ち手で、左手は逆手に持っている。
逆手の方が受け流したりしやすいだろうが、両手とも逆手では距離が短すぎる。攻撃パターンも左右の持ち方が違うことで多彩になるということだろう。
剣舞なのでどちらも相手を斬るつもりはないがソマリが圧倒しているのがわかる。ソマリの流れるような剣さばきと動きはまさに剣舞と呼ぶに相応しくとても美しい。
騎士のジャックはそろそろ苦しそうだ。ソマリの動きについていくのがやっとで、もはや剣舞とは呼べないものになっていた。
するとクロエ姫が立ち上がり、拍手をしたことによって剣舞が終了した。
多分ジャックの動きをみて、剣舞を終わらせたのだろう。
拍手喝采の中戻ってくる二人。辛そうに肩で息をするジャックとは対照的に踊りながら戻ってきた。
「疲れましたー」
そう言って僕に抱きついてきたソマリ、みんな見てるから恥ずかしいです。いや、見られていなくても恥ずかしいですけど。
「…………なんで抱きつくんですか?」
「疲れたので癒されてます」
僕は充電器か……。
クロエ姫はソマリをキラキラした目で見ている。
「ソマリ素敵でしたわ!」
まさか姫様まで抱きついてくるとは! 騎士団長さん助けて!
「あ~……。クロエ姫は勘違いされているかもしれませんが、ハル君は多分男だと思いますよ」
オリバー騎士団長も僕のことをはっきり男と断定できていないようだ。
「えっ!?」
クロエ姫様は跳びはねて僕から離れた。
「男……ですか?」
「申し訳ありません……男です……」
「すすすすみません! 可愛いお顔でしたので女の子かと思いましたわ!」
顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「そうなんです! ハル様は可愛いのです!」
頬擦りしてくるソマリを僕は引き剥がした。
そんな僕らと離れた位置に座るジャックにオリバー騎士団長は黙って肩を叩いた。
励まされたジャックはまだ落ち込んでいた。
「……すみませんでした」
「別に勝負したわけじゃない、余興だろ?」
「しかし、獣人の……しかも女に……」
「俺も昔、獣人に負けたことあったぞ」
「団長がですか!?」
オリバー騎士団長が昔話を始めたので、僕もソマリも耳だけは傾けていた。
「二十年前の隣国マクラムとの戦争の時に、私とヨハンとラグドールはアルステムの三剣と呼ばれていたんだ」
「はい、私がまだ十歳越えたくらいの訓練生だったときでした。みんなの憧れで目標でした。今も団長は私の目標です!」
肩を竦め、オリバー騎士団長は話を続けた。