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廃墟と春の庭  作者: 石上あさ
6月22日
99/106

11-7:ホーム《炒飯と野菜サラダとオニオンスープ》


 そう言って自室に行って、なにか取ってきてチビスケの前にかがむ。

「はい、これ。もう俺なんかに頼まなくってもいいだろ?自分で渡しておいで」

 頷いたチビスケがはにかんだ笑みを浮かべ、子どもらしい小さくて愛らしい手で、何かをこちらに差し出してくる。

 それは、折り紙で作られた赤い花だった。

「これ、あげる」

 よく見ると、拙い、けれど精一杯の気持が伝わる文字で「たいが」と書いてあった。それを傷だらけの無骨な手で受け取ったとき、大河はとうとうせきかねる涙を抑えることができなかった。

「ほんと、無事帰ってきてよかった。みんなタイガのこと心配してたんだからね」

 郷村妹まで優しく微笑みかけてくれる。

 母の葬儀のあと、SWに助けてやることができないと言われて以来。周囲から圧力をかけられても数人がかりでボロ雑巾のように殴り飛ばされて道ばたに捨てられても、決して涙の一滴も見せることのなかった武井大河は、数年ぶりの涙を流した。それは今までに経験したことのない気持で流す初めての涙だった。

「・・・すまねえ」

 必死に嗚咽をかみ殺しながら。ダセエやつだと自分でも思いながら。なんてみっともない、情けない真似だと感じながらも涙をこらえることができない。くしゃくしゃになる顔を幾人もの人を傷つけてきた手で覆いかくすけれど、指の間からずっと心の底に隠してきたものが零れ落ちるのを止められない。冬に世界をモノクロに鎖した雪が、春のうららかな陽だまりと鳥の声とに溶かされて雪解け水となるように、心の凍土が溶け出して涙となって溢れ出るのだった。

「・・・すまねえ、みんな。すまねえ・・・」

 それを見て笑う者などひとりもなかった。なんて都合のいいやつだと責めるものもなかった。それどころか、その場にいる誰の目にも大河の零したものと同じ滴が光っていた。それはひとつの食卓を囲み、悲しみも苦しみも、喜びをも繋がる心で分かち合う者たちの姿だった。

 郷村が立ち上がり、涙を流す大河にそっと近寄る。

「・・・違うよ、大河。こういうときはな『ただいま』って言うんだ」

 顔を上げると、頬を濡らしながら郷村が優しく大河の肩に手を置いていた。

 すると突然、建寛がすっくと立ち上がる。

 不思議に思う皆をよそに台所からまな板とタマネギを持ってたかと思うと、持ち前の正確無比な動きで、そして猛烈なスピードでタマネギをみじん切りにしていく。

「ヒロ兄ちゃん――!?」

 すごーいとはしゃぐかに思われたチビスケですらドン引きを禁じ得ないほとのみじん切り。それにもかまわず一心不乱にこれでもかとタマネギを刻み続けていく。メガネが照明の光を反射しているので何を考えているのか顔色から読み取ることも出来ない。けれどそのメガネの隙間からは、やはり涙が流れていた。

「へっくち、ちょ、タツヒロ!それやばいから!」

 もうそこら中に酸化アリルが放出されて、誰の顔も涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになっていた。そうしてタマネギ4玉を丸々みじん切りし終えて、一仕事成し遂げた人のように

「このくらいでいいだろう」

 と額の汗を拭ったのだった。それから建寛の奇行に郷村がフォローを入れた。

「どうするのさ。建寛のせいでみんな涙がとまらなくなったよ」

 そうだそうだーとチビスケもこれにノる。

「む。すまんすまん。白飯だけでは恵里菜と学が味気ないだろうと思ってな。炒飯を作ろうと思ったのだ」

 鼻をズビズビ言わせながら建寛がいつも通りに振る舞うので、

「なによ、鼻水流してるくせにかっこつけちゃって」

 郷村妹がからかう。郷村も立ち上がって、

「そんなら俺が作ろう」

 と立候補する。

「いやいや、当番の人間が作るのがここの決まりだろう。ここはおれが」

「だからだよ」

「む?」

 ニコリと笑って郷村が時計を指さす。時刻は深夜0時を一分だけ超えていた。

「――もう、昨日は終わったんだ」

 それを聞いて建寛もはっとした顔をする。

「ただまあ、そうだな。タマネギがちょっと多すぎる。炒飯は俺が作るから、建寛はオニオンスープとかサラダとかを作ってくれないか」

「うむ。まかされた」

 それから2人はいそいそと台所で自慢の腕を振るう。できたての温かいご飯が全員のもとに行き届く。

「いただきます」

 泣き止んだ5人の重なった声が響く。それを家族というのか、友だちというのかは分からない。けれど、まぎれもなく絆とよぶべき暖かい繋がりがそこにはあった。互いの心がほんのすこし近寄り合うのをそれぞれが感じていた。

 そうして時計は、新しい時を刻み始めるのだった。


  *  *  *


「まさかこんな夜中に飯テロを食らうとは。なんだか腹が減ってきました」

 階段の踊り場から若竹信司がふらふらとリビングに降りようとする。

「ダメですよ、若竹さん!せっかくいいところなんですから」

 同じく子どもたちの様子を盗み見していた福士隼人がそれをがしっと止める。

「でも腹が・・・」

「ほら見てくださいって!あの子たちいい顔をしてるでしょう?」

「たしかに、悪くない面構えです」

「でしょう?明日、じゃない、今日の朝は大盛りにしてあげますから」 

「そこまでご主人が言うならそれで手を打ちましょう。頼みますよ、ほんと」

 腹をぐーぐー鳴らしながら宿直室へ戻っていく。

「もう戻っちゃうんですか?」

「自分には覗きの趣味はありません。それに子どもなんて大人の見てないところで育つもんでしょう」

 ぶっきらぼうにそう答える若竹であったが、隼人の目は見逃さなかった。だるそうに猫背で歩くその口元が、嬉しそうに笑っているのを。

 

 

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