10-10:ホーム《郷村純平――2》
その日の夜、郷村純平は死ぬことに決めた。
なにせもとから死ぬはずだった命。ここまで十年間も生き延びられただけでも恵まれすぎたほどなのだ。本来であれば美味しいご飯も、日曜日の洗濯物の優しい匂いも、お風呂場で一緒に歌を歌う楽しみも、家族とかいうものの団らんさえ知ることのできなかった定めなのだ。ところが自分はそれらを知った。十分すぎるほど幸せなのだ。そしてこの上ここに留まり続ければ誰もが不幸になってしまう。ならば居なくなるほうがずっといいのだ。
(そう・・・どうせ最初から)
誰にも望まれてなどいなかったのだから。なんの祝福も与えられていないかのだから。産まれたことそのものが間違いなのだ。生きているだけで罪を重ねることになるのだ。だからもう、もうこんな馬鹿げたことなど今夜限りで終わらせてしまおう。いくらか郷村夫妻の体裁を損なうかもしれないが、自業自得だ。安易な考えで自分みたいなのを拾ったのが悪い。そもそも拾われなければもっと楽に死ねたのだ。たいていのことはあいつらのせいだ。よし、死んでしまおう。死ぬぞ。
そう強く思っているのに、足の震えがとまらない。頭では分かっている。心でも感じている。生きているのは辛い、孤独で悲しくて辛くて、苦しい。早く逃げ出して楽になってしまいたい。そう思うのにどうやっても実行できなかった。
数十秒か数分か、はたまた一時間か。月明かりもない夜の真っ暗闇の中で震えながらそうして必死に死のうとした。生きることにも死ぬことにも怯えながら、すべてに決着をつけようとした。何度も何度も死のうとした。けれどもこれもできなかった。彼は悔しくて苦しくて涙がまた流れた。泣きながら布団に潜り込んだ。あまりにも自分が惨めでならなかった。殺すことも、死ぬことも、生きることさえ自分にはままならない。涙が枕を濡らし、嗚咽が暗闇に吸い込まれていく。
ああ、みんないなくなってしまえばいいと思った。そうして誰も居ない世界を思ってあまりの寂しさに涙した。ああ、さっさと死んでしまいたいと願った。そうして、死ぬことの怖さのために涙を流した。やっぱり生きたい。そうだ、生きていたいのだ。当たり前だろう。誰だって生きて、誰かのことを愛したい。そして誰かに愛されたい。幸せなりたい。誰かが幸せになる役に立ちたい。どうしてこんなに辛い気持ちにならなければならないのだろう。
そうやって人知れず涙を枯らす夜が幾晩も続いた。
泣き疲れた頬を朝日が照らすまで眠れないことが多かった。
そして窓の外に満ちる光を見て、ああやっと夜が明けたのかと安心してから、死ぬように眠りについた。純平は次第に学校にも行けなくなり始めた。
当時、郷村純平には幼馴染みの女の子がいた。
ある夕方、学校が終わったのはいいものの、そのまま家に帰ることが憂鬱でならなかった純平は少し脇道に入ったところにある公園で時間を過ごすことにした。するとその女の子が俯いてブランコに腰掛けていた。
話しかけると「わたし、引っ越すことになるかもしれない」と泣きそうな顔で言われた。そこで会話をして知ったのだけれど、その女の子も家庭に問題を抱えていたらしかった。なにやら毎日両親が喧嘩していて、家にいるのが辛い。最近ではどっちが自分を引き取るかなんて話までしていて、離婚したらどっちについてきたいかなんてことまで尋ねられた。決められないと首を振ってもしつこく答えを求められて辛い。もしそうなったら、どちらかの親とも純平とも離ればなれで暮らすことになるのかもしれない。そう言うと顔を覆って泣き出した。
離婚、というものについてまだ小学生だった純平はよく分からなかった。けれども、その女の子が大人の事情とやらに巻き込まれ、振り回され健気な心をズタボロにされていることだけは痛いほど分かった。そうして、純平もひとりで抱えるには重すぎた秘密を打ち明けた。それから2人は夕方から夜の時間を一緒に過ごした。特に目的もなく街をぶらついたり公園で日が暮れるまで愚痴をこぼしては「家に帰りたくない」だとか、「大人なんて信用できない」と子どもなりの苦しみを分かち合ったものだった。
けれど、年末にその子は転校した。直後に届いた年賀状に記載されているその子の名字は純平の知らないものだった。親友を失った純平は、それから学校にすら通わなくなった。
両親は、そんな風にへそを曲げる純平にも誠実に向き合い態度をもって、2人の子どもになんの違いもなく同じように愛していることを辛抱強く伝えようとした。けれど、純平はまったく聞く耳を持たなかった。
冷静に考えれば、自分を引き取り育ててくれた両親にも何の罪もないし実際純平自身もそれまでは色々ありながらもそこを自分の居場所とも思っていた。言ってみればただ血が繋がっていないだけなのだ。これまで重ねてきた思い出も、郷村夫妻が親であることにもなんの嘘偽りもなかった。けれどそこまで割り切って考えられるほど良く出来た子どもでもなかった。また、そんな風に現実を飲み込めるほど余裕のある精神状態でもなかった。
そんな風な生活が1年も続いた。
それなのに、反抗的な態度をとり迷惑を掛けても両親は決して純平に対して「いなくなってしまえばいい」とか「お前なんぞ拾わなければ良かった」などとはただの一度も口にしなかった。いつもへそを曲げてふてくされる純平を相手にし、さすがに疲れの見える顔ではあったけれど温かく迎え入れようとしてくれた。
(どうしてそこまでするんだ)
純平は本当に訳がわからなかった。
あらゆる屁理屈を立てては自分は愛されていないと思い込もうとした。本心を伝えればこれ以上荒れることが目に見えているから、親としての体裁を守るために大切にするふりをしているだけなんじゃないか。息子を愛していると自分自身に言い聞かせないと立ち行かなくなるからそうしているだけなんじゃないか。本人にとっては愛情のつもりかも知れない行けれど、ただのエゴの押しつけなのではないか、とか。
色々の難癖を頭の中で作り上げては決して相手のことなど信用しないようにとムキになった。もちろん、不幸にしがみつくことは純平を決して幸せになどしない。それどころか純平が切望してやまないあらゆるものから遠ざけていくばかりだった。けれども、それすら曲がりなりに純平にとっての心の支えだった。
混沌とした世の中で生きる人々が、神話によって世界の原理に納得しようとしたのと同じだった。不信感に苛まれる純平もまた、自分は愛される資格がない人間なのだ、という「神話」を信じることよって自分の身に起こった「親に棄てられる」という悲劇を説明しようとした。
自分は不幸だと決めつけ、誰にも心を開かないことでこれ以上の痛みを負うリスクを極限まで減らしたいという企てもあった。それは未熟で幼い純平なりの人生の苦痛との戦いだった。それはほとんど逃げに徹した戦いだったけれども、どうにか生き抜くための苦肉の策でもあった。
けれど、目の前の両親のどんな理屈も通用しないほどのあまりのしつこさ、その一貫した態度に少しずつ純平の軸がブレはじめた。もしかしたら本当に愛されているのではないか、と思うことがあった。そうだったらどれだけ嬉しいだろうと期待してもいた。もう一度だけ信じてみようかと靡きかけることだってしばしばあった。信じてみたい、と涙を流すほど切ない思いに焦がれることも何度もあった。
――それでも、彼は勇気を持って踏み出せなかった。あたたかく迎え入れてくれる両腕の中に飛び込んでいくことが出来なかった。だって、そうなると辻褄が合わない。自分は無価値だからこそ捨てられたのに。間に合わせのために拾われたのに。だからこそ今自分はこんなに苦しむことを強いられているのに。もし自分のような人間ですら愛してもらえるのだとしたら、どうしてそもそも最初から棄てられなどしなければならなかったのか。
それに対する答えを知らないと言うより、知りたくないという方が適切だった。
人間というものが、生きていくことが、否応なしに矛盾していて混沌としているのだということを認めることは子供心にとってあまりに辛かった。そういう清濁を飲み込んでそれなりに足を踏み出していくことこそが「人生を歩む」ということなのだとは、このときの純平はまだ知らなかった。
誰よりも愛情に飢え、切望し、踏み出したいと思いながらも、同時に他の何よりも怯えてもいた。愛することにも、差し出された愛を受け取ることにも。
そして、とうとう、そのために最も残酷な悲劇が起きた。




