10-1:学 校《梅雨の憂鬱とクラスマッチ》
◇ ◇ ◇
「はあ~どうしよう。明日のクラスマッチ・・・」
だし巻き卵を口に運びながら〈グルメが〉が珍しくどんより呟く。
明日、この学校では創立記念行事としてクラスマッチが開催される。
・・・別に創立記念でなくても、いくらでも理由など見繕えそうなものだけれど。ともかく、無理に梅雨のまっただ中にクラスマッチが行われるため、たいていの場合は屋内競技が行われることになる。それも手短に済ませるために、リーグ戦ではなくトーナメント形式の。
「どうしようって、なにを迷ってるんだい」
〈イケメン〉は生まれてこの方、緊張したことがないという顔つきで人のお弁当をパクパク口に放り込んでいく。
「う~ん、明日休んじゃおうかなあって。なんだかうまくできるか自信がなくて」
「なに、そんなに弱気にならなくったっていいさ。下ばっかり見てるとお天道様も愛想つかしちまうぜ」
〈グルメ〉の悩みは今に始まったことではない。クラスマッチが近づくと、昼休みに男子連中で集まって練習のようなものをするのだけれど、一応の建前として彼も〈グルメ〉も最低限の回数は顔を出していた。その初回からずっと〈グルメ〉はこの調子なのだった。
「そりゃまあ、確かに一ノ瀬みたいな目に遭うことはないだろうからね」
「あー、あの話を持ち出しちゃう?ありゃあほんとにまいっちゃったね」
ちなみにこの〈イケメン〉は不参加である。授業もロクに出てないのだから当たり前と言えば当たり前だけれど、実は去年のクラスマッチには参加していたのである。そして本人も言うように、その試合内容が目も当てられないほどヒドかった。
去年の種目はバスケだった。もちろんコートの上ですら〈イケメン〉は味方からもハブられて、ろくにパスも出されなかった――のだが。この傲岸不遜な男、自ら敵のパスをカットしたかと思うとエッジの効いたドリブルをかましながら単騎で敵陣へ切り込んだ。ハブられていた男のことなど、敵ももちろんノーマーク。そうでなくともあれほど見事なドリブルを止められる者などそうはいない。見る見るうちに敵をごぼう抜き。味方さえも置き去りにしてバスケ部員顔負けの鮮やかなシュートを放ち、なんとたった1人で得点を決めてしまった。
ファンの黄色い声援は最高潮。敵も味方も唖然としている。その真ん中で漲る自信を表情いっぱいにあらわしている得意顔の〈イケメン〉。もはや誰にもとめられないかと疑われたが・・・そうは問屋が卸さない。
その〈イケメン〉を襲ったラフプレイ――ラフプレイというよりかもはやバイオレンスと呼ばねば事実をねじ曲げることになるほどの暴挙――は一言で言うなら、アメフトやアイスホッケーの試合を1人だけ防具ナシでやらされてると言って良かった。
「骨の折れる試合だったよ、ホント。あ、オレ今うまいこと言っちゃった」
「自分で言うなよ。でも確かにあれはひどすぎた」
「で、今年はハンドボールなわけじゃん?オレの甘いマスクにケチつけたがる連中が何するか考えただけでも気が滅入るってものさ」
「でももったいないよねえ。一ノ瀬くん、せっかくスポーツ上手なのに」
上手どころか万能と呼んだ方がいい。しかも本人いわくゲーセンの類でも自分に並ぶ者は滅多にいないのだそう。デカイ口を叩くけれども嘘は言わない人間なので、おそらく間違いは無いだろう。
それだけ万事そつなくこなす才能ががあるのだから勉強とて当然器用にこなせるのだろうけれど、そんな無粋なことをわざわざ口に出して聞かずともどんな返事が来るかはわかりきっている。――「だってつまんないじゃん?」。真剣に遊ぶから楽しい人なのだ。
「ま、これもイケメン税ってやつだろう」
まるで気にしてない風におかずを口に運ぶから器が大きい。クラスの男子から受ける仕打ちも、人のアスパラベーコン巻きを2本も食べることも、本当になんでもないことのようだ。
「でもなんて言って休むの?」
と〈グルメ〉が尋ねる。ほとんどの座学の教師は愛想を尽かして何も口出ししては来ないが、生徒指導も兼任してるあの体育教師がそうそう欠席を見逃すはずがない。後日とっ捕まえられてしまうことは目に見えている。
「そうだなー・・・。あ、いいの思いついた」
にやりと笑って頭に電球がぴこんと光りそうな顔をする。
「嫌な予感しかしない」
「まあ聞けって。あの脳筋の進藤が優雅に廊下を歩くオレを呼び止める。『おい一ノ瀬、お前今年こそは出ろって言ったじゃないか』そこで俺は可憐に振り向いてこう答える」
〈イケメン〉が胸の前で両手を組んで裏声を使う。
「先生、あたし今日、男の子の日なの」
その不意打ちに思わず彼もご飯を吹き出しそうになる。言ってる本人はもう、あはははと笑っている。
「また指導室からお呼び出しだな」
「進藤からの求愛がまた一段と激しくなっちゃうわな」
一応この進藤先生の名誉のために弁解しておくと。
進藤先生の〈イケメン〉へのご執心ぶりはもはや恋なんじゃないかというほどに猛烈なのだが、そうはいってもさすが生徒指導の看板をしょってるだけある。昨年のバスケで公然とリンチが行われた際には鼓膜に穴が空くほどの音量で拡声器へ向けてホイッスルを鳴らし、サバンナの動物を思わせる勢いで駆けつけてきた。
周囲をひとしきり叱りつけ、クラスマッチ終了後には『もうあんな真似はさせないから来年も参加して存分に活躍しろ』と言うだけの熱血漢ではある。当然、話が終わらないウチから本人は『女子の応援をしてた方が楽しい』と言って逃げ出したのだけれど。しかし、それでもこの〈イケメン〉がわざわざ自分から目上の人間をおちょくるようなことをするのはこの進藤先生くらいのもので、彼の目から見ればそんなに悪い関係でもなかった。・・・向こうはそう思っていないだろうけれど。
ともかく、みんなひとまず笑い終えて、〈グルメ〉が言う。
「ボクも一緒に休んじゃおうかな」
「え、男の子の日で?」
と、ここでも引っ張る。彼はとうとう吹き出した。
「そうじゃないけど」
「でもまあハンドボールなんてそんなに動かなくても大丈夫っしょ。キャッチャーの姿勢はしんどいかもだけど走ったりとかはほとんどないだろ?」
「まあ、サッカーとかバスケに比べれば・・・・・・」
「それにフォアボール、ホームランのときはゆっくり走ってもいいわけじゃん。クマちゃんなら凡打になんかなりゃしない。当たればホームラン間違いなし」
例のウインクを決めながら親指をびしっと立てる。
やっぱりこの〈イケメン〉の声や言葉やあるいは仕草にも、魔法がこめられているんじゃないかというくらい謎の説得力がある。それはもちろん自信に溢れた本人の笑顔の裏にあるものに裏打ちされたものではあるんだろうけれど。これじゃ女たらしというより人たらしだ。――などと感心していると不意打ちを食らう。
「ま、〈罪人〉は凡打が多そうだけど」
ニタニタしながらこっちを振り向く。彼にも遊び心が湧いた。
「ふ、かつて放課後の空き地で〈鬼・送りバント魔神〉と恐れられた俺の実力を見せてやるときがきたか」
とノリノリ応じてみる。
「うわ、なにその自慢するのも恥ずかしい名前」
「急に常識人になるなよ、なんか恥ずかしくなってきたわ!」
「1年以上の付き合いになるけどお前のそんな一面初めてだわ・・・」
「だから引くのやめろって」
「でもたしかにちょっと職人さんぽいところはあるよね~」
「でしょ?さすがクマちゃん、分かってる」
「あ、そうか、〈罪人〉足だけはやたら速いんだっけか。なら、女の子に手を出すのはどれくらい早いのかな?」
「一ノ瀬もいつからそんな気持ち悪いキャラになったんだよ」
ここ最近の心境の変化のせいなのか、学校で変なキャラがあらわれはじめそうになる彼だった。




