9-9:ホーム《すりおろしたリンゴの優しい味》
「どうりで敵わないわけだ。最初から〈××〉は誰のことも敵などとは思ってなかった。つまり、無敵だったのだからな」
〈ガリ勉〉――建寛が穏やかな表情で微笑みかけてくれる。
「ちょっとよしてくれよ。そんなに持ち上げられた後にまた買いかぶってたとか言われると実はちょっと傷つくんだからさ」
「いや、それは、すまない」
笑いながら言った冗談ではあるけれど、建寛は気にしてるみたいだ。
「俺は建寛のこと頼りにしてるんだ。手を貸してくれ」
「ああ、貸そう。貸してやるとも。手でも足でもなんでも、好きに役立ててくれ」
「ありがとう。頼もしいよ」
すると、そう言うなりキッチンにやってくる。
「?」
リンゴとおろし金を取り出したかと思うと猛烈な速さと緻密な正確さでおろし始める。それにスプーンを添えてダイニングテーブルに置く。それからエプロンを身につけて、
「ここから先はおれが引き受けよう」
と彼に言う。
「どうしたのさ。いきなり」
「具合が悪いのだろう?」
「なんだ、最初から気づいてたのか」
「無論分かるとも――長いこと生活をともにしてきたんだからな。
そして分かるだろう、おれとて自分の言葉に責任をもちたいんだ」
「――――」
「手伝わせてくれ」
「・・・ありがとう。そんならお言葉に甘えて」
「うむ」
彼はありがたくその好意を受け取った。エプロンを脱いで、リンゴのすりおろしを口に運ぶ。
「そうだ、建寛も学からもらった?」
「ん?なにをだ」
「折り紙で作った赤い花」
「うむ、受け取ったぞ。あれはいいものだ」
「だよな。実はあれ、大河のぶんもあずかってるんだ」
「・・・そう、か。ふふふ、学らしいな」
「ああ、だからさ、俺たちでちゃんと届けてやろう」
「もちろんだとも」
彼はまたスプーンですくって口に運ぶ。優しいリンゴの甘味が口全体に溶けるように広がる。その味わいもまた、彼を元気づけてくれるものだった。
そうだ、この炎はこんなところでは消えない、と彼は思った。
教わった希望を目印にして、分けてもらった勇気を燃料にして進むのだ。この炎は自分一人のものではない。多くの支えの中で、家族から、友人たちから、そしてもう一つの家族から受け継いできた灯火なのだ。
それらは雨も風も雪も雷でさえも乗り越えて彼の元まで届けられた、ガッツあるしぶとい炎なのだ。いくら彼が弱かろうと、彼の炎は強い。戦うことに疲れ果て嫌気が差して、消したくなっても結局消えはしない。それがどんなに苦しくても、彼自身にもその願いを消すことはできないのだ
もうこればかりはしょうがない。
知ってしまったものは、出会ってしまったことは、なかったことにはできない。これだけの愛と勇気を教わって、なにも知らない顔しては生きられない。この身体に流れる血のように暖かい思い出が雨の日に廃墟で目にしたカンテラの明るい光が、折り紙の花の赤色に託された真心が、リンゴのすり下ろしが感じさせてくれた優しい味わいが。諦めなければならない理由などないと彼に語りかけてくれる。
(――もう少しだ)
彼は思った。
どんなに苦しくともやまない雨などないのだから。




