9-5ホーム:《龍造寺建寛――壱》
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龍造寺建寛は「正義の人」であることを己に課してきた。
建寛は5歳になるまで家の外に出たことがなかった。幼稚園や保育園に行ったことがないということではない。言葉の通り、家からただの一歩も足を踏み出したことがなかった。
それどころか、彼の両親は出生届を役場に出してさえいなかったことをのちに知る。建寛の両親の「子育て」は、まるで動物を飼育でもするかのようだった。広大な社会から隔離された、家と呼ぶには狭すぎる世界の中に閉じ込められて建寛は成長した。
ところがある日、誰かからの通報によって児童相談所の人間が来る。
そのとき初めて建寛はその存在を親以外の他者に認識された。けれども社会的にその存在を証明される、つまり戸籍に記載されるようになるにはまだまだ時間が必要だった。ともあれ、通報の件以来、目に見えて実親は動揺し焦燥しそれから前にも増して乱暴になった。建寛が一時保護を受けるごとに激昂した。
そうしてある日建寛の一時保護先へ「子どもを返せ」と刃物を持って殴り込みに来たところを現行犯逮捕されたのが、建寛が見た父親の最後の姿だった。
その後、母親の「子どもを返せ」との要求は一変。
あんな人間を産んだせいで不幸になったとわめきちらし、新しい男を家に呼び込み「躾」と称し2人がかりで虐待を加えた。そのときのことは建寛自身もあまり考えたくないし、思い出そうとするごとに激しい頭痛と悪寒、吐き気と目眩がした。
ともかく、それから多くの人々があらゆる手を尽くした。
数え切れないほどの争いとドス黒い感情とあらゆる醜い応酬のすえ、子どもにとって長すぎるほどの時間が経ったあと、どうにか〈そよ風の庭〉に逃げるように移り住んだ。
もちろん他人に心など開けるはずがない。
会話らしい会話をしたこともなかったし、目に映るものすべてが恐怖でしかなかった。〈専門家〉も自分の両親に似ているところがたくさんあって恐ろしくてならなかった。けれども〈補助員〉や温かい心を持つ福祉職の人々の尽力や、のちに建寛自身が師匠と仰ぎ見るホームの〈先輩〉らの存在のおかげで少しずつ他人と打ち解けるようになっていった。
数年かけて生きることに対する基本的な安心感をようやく覚え始めてきた建寛にとって、目に見える世界はそれまでとはまったく違った物だった。なにもかもが新しくて、面白くて、信じられないほど広くてワクワクした。自分の境遇が特殊であることや、同じ年の他の子どもに比べて学習が遅れていること、価値観のズレなどコンプレックスはたくさんあったけれど、それでも新しいことを学ぶことはなにものにも代えがたい喜びだった。
人はそれから建寛をして〈ガリ勉〉と呼ぶようになる。
けれどそのことを建寛が気にとめたことは一度もない。勉強することが楽しくて楽しくて仕方なかった。建寛は義務として先生に詰め込まれるようなやり方でなくて、学ぶことの興奮と幸福とを噛みしめながら自分の楽しみのために学ぶのだった。
そして、そのころから特に好きになったもののひとつとして、『正義のヒーロー』というものがあった。
それは世界の平和と人々の幸せのために〈悪〉を退ける戦士の姿だった。
建寛は瞬く間に魅了された。強くて、優しくて、かっこいい。まだ幼い少年の夢は、正義のヒーローとなることだった。それから自分の名前のタツヒロからとって友だちにはヒロと呼んでくれるよう頼んだ。『おーい、ヒロー』と遠くから呼ばれる度に自分がヒーローになったみたいで嬉しかった。その情熱は本物だった。
勧善懲悪に憧れて、身近な人には進んで手を貸し、困っている人には手を差し伸べた。
いじめや陰口など卑怯なことを目にすればもちろん見逃すことなどない。すべて正々堂々真正面から体当たりでぶつかった。
――そして、もちろんことごとくこてんぱんにされて終わった。
多くの場合、自分がいじめられる側に回ることになったし、そうまでしても感謝される場合の方が少なかった。それでも建寛は負けなかった。自分には人を守るだけの力が無いのだと気づいてからは、とにかく己を鍛えることに没頭した。
弱くあってはならないのだ、と自分に言い聞かせた。
悪に屈してはならないのだ、と甘える自分を叱咤した。
始まりは、純粋に正義のヒーローに憧れる子どもらしいまっすぐな正義感だった。
しかし、やがて、妄執と紙一重なほどの血気迫る異様な雰囲気となっていった。
その他人を守りたい気持ちの中には、悪への憎しみも少なからずあったのだ。
かつて自分を苦しめた両親への復讐心とてないわけではなかった。自分は決してそうはならないというあまりにも悲壮な決意がそれだった。やつらは心が弱いからこそ悪に負けてしまったのだと自分に言い聞かせ、自分はそんな道を歩まないと固く誓った。そんな風になるくらいならば生きている価値などないと本気で信じていたのだ。
建寛はこの世の悪を憎んだ。悪に染まる人間の心の弱さと愚かさを憎んだ。
そうして、その逆、感情に左右されない強く正しい人間になることを目指す。
そのためにあらゆる己の弱さを切り捨てて、鍛え抜いてきた。感情に左右されれば人間は判断を見誤るという考えからあくまで理性的、理論的であることを心がけた。突き詰められるだけ物事をつきつめ、その果てで必ず白黒をつけた。
その厳格な理性と聡明な判断力は、自分にも他人にも一切の妥協を許さない。
必要とあらば自分自身にさえ厳罰を下すだけの覚悟があった。
それが完璧ではないと知らなかったわけではない。
けれど、完璧なもの事態この世に存在しないとも考えていた。
龍造寺建寛が生きてきた中での結論は『完全な者を目指すことこそ不完全であり、その上で何において妥協し、何について妥協しないかに人格が出る』というものだった。とするなら、大事なことはそう多くはない。何を切り捨てるべきか、何が切り捨てられるべきか。判断すべきことはたったその2つだけなのだ。
そしてその判決は理性の裁判によって下される。
そうして建寛は望んだ通りの力を手にした。
悪しき者を打ち負かすため、弱き者を守るため、何よりも正義を執行するため。たとえ相手が上級生であろうと、大人数であろうともはや負けることがなかった。腕力にせよ口論や議論にせよ、あるいはその他ほとんどの個人的な技能の優劣についても。〈補助員〉という規格外の化け物を除けば、たいていの人間はその鍛え上げられた肉体の前にひれ伏すことが常だった。
ここまで書くと、少し誤解を与えてしまうかもしれない。
とても追い詰められて切羽詰まった、悪への復讐に取り憑かれた男のようにも見えてしまうことだろう。けれど、それが建寛という男のすべてではない。
もちろん悪と断じたものに対しては冷酷に処断するだけの一面とて持ち合わせはする。けれども龍造寺建寛の最も根本的な行動原理は大切なものを守りたいという思いだった。それゆえに自分や他人にとって愛すべき物を脅かす存在を許せないだけなのだった。罪のないもの、力ないものを一方的に虐げる暴力こそ最も建寛の憎む〈悪〉なのだった。同時に、その源泉となる感情的な判断、論理性の欠如、倫理的価値観の破綻も同じように裁かれるべきものだった。
とはいえ、言うまでもないが三百六十五日悪党退治に明け暮れているわけではない。老若男女問わず敬意を払い、折り目正しく挨拶をし気を配り、面倒見の良いその姿はまさに模範的学生だった。おまけに超のつくほど成績優秀、スポーツ万能なのである。
模範的であるだけに毛嫌いする人間も多かったけれど、その誠実さや想い溢れる一面が、見知らぬ他人や、クラスから見捨てられた生徒にも平等に行き渡ることを知る人たちからは人望も厚かった。




