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廃墟と春の庭  作者: 石上あさ
5月14日
54/106

7-5:ホーム《決闘の行方と建寛の多面性》


  ◇  ◇  ◇


 浜辺を後にしてホームへと帰る途中、彼はここ数日の出来事を思い返していた。

 あの「事件」の数日後、〈ガリ勉〉は宣言通り不良との決着をつけようとしたけれど、結論から言えばその目的は達されることがなかった――。


  *  *  *


 その晩、〈ガリ勉〉は珍しく門限を破った。

 常日頃からホームのすべての規則に対しあたかもそれを守る義務を負わないかのように振る舞う〈不良〉ならいざ知らず、生徒手帳の校則の一字一句をも骨身にたたき込んでいそうな生真面目一辺倒の〈ガリ勉〉が意図的に規則に反することは住人たちの関心を集めた。

 とはいえ、さすがは〈ガリ勉〉、腐っても〈ガリ勉〉。無断でそんな暴挙に打って出るほどの身勝手さは己に許さなかったと見える。このホームの家長たる〈専門家〉に対して、

『一身上の都合により門限を破るご無礼をどうかご容赦ください』

 故郷を捨てて流浪の旅にでも発つような文言を寄こしてきたらしい。

 これがどういうことを意味するかをすぐに悟った〈専門家〉と〈補助員〉は2人の決闘を阻止するべく町中を探し回った。けれど、結局その日のうちに見つけ出すことは叶わなかった。このままどちらかが無言の帰宅をするようなことになったらどうしようとあわてふためく〈旦那さん〉をよそに、眠れるときに眠るに限ると仮眠を決め込んだ〈補助員〉が夜中に飛び起きて家を出るところを彼は目にした。

 その数分後に家に戻ってきたのは、ボロ雑巾みたく体中泥とアザだらけになった2人と、それを両脇に抱え込んでいる〈補助員〉だった。

 後から聞いた話によると。

 近隣住民が夜中の公園で取っ組み合ってる人を見つけて直接ホームに連絡を寄こしてくれたのだそうだ。夜中に目が覚めてなにやら騒がしいと窓の外を見ると高校生くらいの少年2人が気でも狂ったかのようにお互いを殴り合っている。

 しかもそれはなんと札付きの不良として面の割れている〈不良〉と合うたびの折り目正しく挨拶する品行方正な〈ガリ勉〉だったのでどちらも記憶に残っており、これは放ってはおけないとそのままホームに連絡が来て〈補助員〉が叩き起こされることにつながったらしい。

 どうしてそんな目の届きかねない場所を選んだのかと問われた際に〈ガリ勉〉はあっけらかんとしてこう答えたという。

『あの大河めを再起不能にした後、野ざらしにうちやっておいても構わないが、そのまま死なれでもすればさすがにそれはこのホームの体裁に関わる。そこで事が済んだ後、担いで運ばなければならないことになったのでそれなら近い方が手間が少なかろうと考えた』

 皮肉にも、詰めの甘さとでもいうのか、策が裏目に出たと言うべきか、いずれにせよそのために〈ガリ勉〉は担いで運ばれる側に回った。あれだけ方々を殴り倒して恨みをもたれてる〈不良〉のことだから道ばたに転がして置いても下手人は分からないままだったんじゃないか、そうしておくべきだった、と反省の色のないことを口にしながらだったそうだけれど。

 ところが、この問題は身内だけのことではすまなかった。その噂好きな通報者は、市民の当然の義務として警察にもこれを通報し、「一身上の理由による個人的な争い」は必然的に周囲を巻き込む形になってしまった。

 その火消しの一環として、〈ガリ勉〉は〈専門家〉を伴って学校にこの騒動について釈明をしに行ったのだけれど、面談を終えて建物の外に出るなり〈専門家〉は舌打ちをしてこう言ったという。

『あなたがなにをしたかなんてどうでもいい。でもね、あなたが私よりも教育について無知で程度の低い人間にこの頭を下げさせたことだけは絶対に忘れないわ。こんなこと二度としないでちょうだい』

 それでも己の意志を曲げようとしない〈ガリ勉〉に、〈旦那さん〉が、ある青年から聞いた話をきかせた。

 その青年とは、〈専門家〉の実子だった。かつて全く同じことを宣言され、それを守らなかったその子は〈専門家〉の実家に一時的に預かられた。その「島流し」の後、その子は二度と反抗することがなくなったけれど、それと引き替えに死んだ魚のような目になり、極端に口数が少なくなった。それと裏腹に、母親の表情はとても晴れ晴れとしていた。

『やっとマシな人間になった』

 〈専門家〉は愉快そうな顔で、さも大きな手柄をあげたかのように話していた。後にも先にも、あんなに楽しそうに笑う母親を見たのはその一度だけだという。

 その後、〈専門家〉は先夫から離婚を言い渡され、親権も先方に渡り、〈旦那さん〉と再婚して、今はこうして児童養護なんぞに首を突っ込んでいる。それを耳にした実子が、不安を覚えてわざわざ〈旦那さん〉の元へ忠告しに来たときに先述の逸話が語られた。

 それらを一通り話し終えて「お願いだからもうあの人を怒らせないで」と〈旦那さん〉が〈ガリ勉〉に頭を下げた。〈ガリ勉〉はそれきり、何も言い返すことができなくなった。

 そうして、2人の決闘は本人たちからまたしても見れば水を差された形で幕を閉じた。その後、両者は罰金として小遣いを徴収されることになり、それらの浮いた金は〈専門家〉のポケットに流れ込んだ。それと共に、〈ガリ勉〉も〈不良〉も対決を明確に禁じられてしまったのだった。


  *  *  *


 考え事をしながら歩いていると、いつのまにか〈そよ風の庭〉に着いていた。その庭先はほとんど手入れがされていない。ぼうぼうに生い茂った雑草が伸びるがままにされ、荒れ放題な有様だった。

(最後に草むしりをしたのはいつだっけな・・・)

 せっかくこんなに広い庭なのだからフォルテを好きなだけ走り回させてやりたい。そうでなくても家庭菜園にするだとか、何か植えてみるだとか、色々使い道は浮かぶだけになんだかひどくもったいない気がした。

(今度の土日あたり、天気がよかったら草むしりでもするかな)

 思えば。春になり新しい住人が1人と1匹増えてからというもの、なんだかんだでてんやわんやがずっと続いていることになる。目先のことに追われて生活の細部がおざなりになっていることを、こういった庭の荒れ方が警告しているように彼には思えた。 

 自室に荷物を置いて、手早く着替えをすませる。今日の料理当番を務める彼はエプロンをつけて冷蔵庫を開く。

 ――ところが、どうにも頭が回らない。いつものようにぱっと閃かない。

 ここ最近こういうことが増えてきた。

 頭に靄がかかったように疲れていてなんとなく気だるい。献立を考えることすらもだんだんと億劫に感じ始めてきた。とはいえ、長年の習慣というのは偉大なもので、一応それなりのものが時間を掛ければ思いつきはするのだけれど。

(ちょっと疲れてるのかもな)

 ひとまず今晩は優先的に消費する必要のある食材を適当にぶっこんで野菜炒めでも作ることにする。汁物はシチューあたりでいいだろう。そうと決まるとさっそく調理にとりかかった。

 食卓では〈ガリ勉〉がなにやら紙に書き殴ってはそれをぐしゃぐしゃ丸めたり腕を組んでうんうん唸りながら頭をひねったりしている。頭脳明晰、たいていの問題ならあっさり正解を導き出す男なので、あまり見慣れない光景だった。

「珍しいな、建寛が苦戦する問題なんて」

 台所から声を掛ける彼に気づいて〈ガリ勉〉が顔を上げる。

「ん?ああ、これか」

 そういってまた紙をくしゃくしゃに丸める。

「いやなに。せっかく建築科に籍を置いているのだからフォルテの新居を作ってみようと思ってな」

「お、いいねそれ。いつまでもケージじゃ味気ないもんな」

「だろう?それでずっと案を練っているのだがなかなか家の姿が見えない」

 なんだか石の中から人間の姿を削り出そうとする彫刻家のようなことをいう。

「壁と天井と出入り口があればいいんじゃないいの」

「駄目、とまではいわんが、おれの求める建築のあり方ではない」

 ここでも持ち前のストイックさが顔を出す。

「そっか。でもそれだけ真剣にやってくれてるならフォルテもきっと喜ぶだろうな」

「ああ、楽しみにしててくれ」

 そんなやりとりをしていると、2人の会話を聞きつけた〈わんぱく〉がダイニングテーブルにやってきた。

「フォルテのおうちつくるの?」

「ああ、いまはまだ設計図を書いてる途中なんだがな」

「見せて見せて」

 そう言って椅子にのぼって紙をのぞきこむ。

「すごい、これヒロ兄ちゃんが描いたの?」

 なにやら感激に目を輝かせている。〈ガリ勉〉もにこやかにそれを見守っている。

 それを見ながら、これが〈ガリ勉〉の両面なのだ、と彼は思った。〈不良〉と対峙するときの冷徹さも〈わんぱく〉を見守る穏やかさも、そのどちらも決して偽物ではない。まぎれもない龍造寺建寛の「事実」なのだ。

「ねー、ずんだグリーン描いて」

 〈ガリ勉〉の見事な腕前を目にしてなにか思いついたらしい。日曜の朝に放映されている戦隊ヒーローのイラストをせがんでいる。

「よしきた」

 言うが早いか、さささっと素早い動きで正確なデッサンを描き上げる。〈わんぱく〉がその様子を食い入るように見つめる。手を動かすそばから魔法のようにペン先が像を描き上げ「ずんだグリーン」がみるみるうちその姿をに紙の上に現していく。

 それがよっぽど気に入ったと見える。

「ねえ、これもらっていい?」

「ああ、もちろんだ」

「やったー!ありがとー!」

 ほっぺたに食べ物をしまったリスみたいく嬉しそうだ。はしゃぎながらテレビ前のソファへ駈けていく様子が意気揚々と巣に帰る小動物を思わせる。

「ねー見てこれ、ヒロ兄ちゃんが描いてくれた」

「わ、タツヒロって絵も画けるの?・・・なんか悔しいなあ」

 絵を自慢された妹は、謎の対抗意識を燃やしていた。

「じゃあ、お姉ちゃんもなにか書いて」

「いいよ!よーし、それじゃあ――」

 なにやらあっちはあっちで盛り上がっているようだった。


 

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