6-1:学 校《青春という過ぎ去った季節》
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四月が広がって五月に染まった。若葉の緑が眩しく、初夏の足音も近づいてくる。
クラス替え直後の互いの出方を探り合うような浮き足だった興奮気味の空気はルーティーンの構築と確認が済むと次第に落ち着いていった。そして最終的には何十年も前からずっとそうしてきたかのような、なんの疑いもなく日常に適応した人々が醸し出す常識的な雰囲気が漂っていた。
「そういえば、新入生の体験入部も今週までらしいね~」
お弁当を口に放り込みながら〈グルメ〉がおっとりと言う。
「ゴールデンウィークが明けたら本格始動ってわけか」
「ま、オレたちゃ帰宅部だから平常通りだけどね」
「ぼくはどちらかというと美食部って呼んでもらいたいなあ」
「いいじゃんそれ、オレも入っちゃおうかな」
「いやいや、一ノ瀬は紛うことなき帰宅部だろ。帰宅速度が総体でも表彰台に上がれるレベルだよ」
「早退だけに?」
「審議拒否」
何部にも所属していない3人にとってはビラ撒きも勧誘もどことなく他所で行われているお祭りのように感じられて、それを観ている楽しさもあったのだが、自分たちが参加していない分終わってしまうことになんの未練もなかった。
ただ、彼だけはアルバイトのなかった中学時代に陸上部に所属していたことがあるので、漠然とその過去の残滓が泡のようにおぼろげに、薄く、漂うような感じがあった。
それはただの春夏秋冬とは別の季節、人生を通して俯瞰したときに青春と呼ばれるある時期のこと。中でも、部活動にまさにこれから突入していく季節であり、独特の新鮮な活気や刹那的な輝きを放つものだった。
無論そのまっただ中にいたときには青すぎる空のせいで何も見えていなかったし、それこそがあらゆる喜びと充実感の源でもあったのだと思う。
そのときの彼はなんの目的も意味もない退屈な時間を当時の彼は恐れていた。行動と行動の間に隙間ができてしまうと、そこから現実が滑り込んでくるからだった。夢中に本を読んでいるときは聞こえなかった周囲の音が顔を上げた途端に息を吹き返して鮮明に立ち上がり始めるのと同じ。過酷な現実とそれを形作る自分の罪の耐えられない重さが彼の小さな頭蓋内で際限なく膨張し、それに圧迫される。気を抜いてしまった瞬間に、ぷちゅん、となにかが破裂してしまいそうだった。
そういうとき、取り組むべき義務があることが何よりの救いだった。
全速力で地を蹴って、風の中を疾走するとき、ただ純粋に走るという喜び以上の、肉体と精神の歓喜を彼は味わうことができた。
頭を空にする。自分のもつ能力のすべてが「走る」という至極シンプルな目的のために総動員される。重苦しい思考もすべてクリアになる。手足が自分のものとは思えないほど軽い。跳ぶようなものすごい速さで身体が勝手に進んでいく。
なにもない、という快感、爽快な気分、身も心も軽い状態。それらの後に来る疲労ですら、自分がなにがしかをやりきった証のようで心地よかった。思えばあれ以来、自分の全力を出し切るという経験は久しくしていないし、彼自身もしようなどとは思わなかった。
何事も手軽に、効率よくおこなうことが求められていると感じていた。今でもそうだ。実際、彼もうまく手を抜くすべを身につけて、最低限の真面目さとでも呼ぶべき模範的な態度を習得した。それによって「型どおりに量産される何物でも無い誰か」へと造りかえられていくことを感じていても、抵抗するだけの気力も無かった。
「そういえばゴールデンウィークみんな何する?」
彼は聞くともなしに尋ねてみた。
「ぼくはお祖母ちゃんちに行くくらいかな」
「さすがクマちゃん。孝行息子」
「わお、ほんわかする答え。オレはライブハウス巡り。〈罪人〉は?」
「みんなでドッグランに行く」
「家族サービスするサラリーマンみたい」
真面目に答える彼に〈イケメン〉が、くっくっくと笑う。
「関係が冷え切るよりかはずっといいだろ」
彼もなんだか可笑しく感じながら返す。つい何事も気負いがちな彼はこうして笑ってもらえるだけで気が楽になることをこのチャラチャラした男からいつも教わるのだった。




