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廃墟と春の庭  作者: 石上あさ
4月10日
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2-1:学 校《色男とありふれた日常》


 ◇  ◇  ◇


 翌日の学校でのことだった。

「なあなあ、今週もひとつ頼んじゃっていい?」

 去年に引き続き同じクラスの〈イケメン〉が両手を合わせてウインクしてくる。

 「構わないけど、今度なにかおごれよ」

 やれやれ、という感じで〈イケメン〉こと一ノ瀬京ご所望のノート類を貸す。その人柄は毛先を遊ばせ制服ですら自由に着こなす外見があらわすように、奔放そのものと言って良かった。平日昼間から好き放題遊び倒し授業中にも好き勝手に振る舞っているので、授業ノートが新品同様の真っ白さなんてことは、ざらにある。

「さんきゅー。いやーホント助かっちゃう。持つべきものは金のかからない趣味と素敵な友だちだね。このお礼は期待してくれていいぜ」

「はいはい」

 〈イケメン〉に限らず、彼は他人に期待しようとは思わない。

「だいたいさ。始業式の日から授業があるってのが、ちょっと余裕ないんじゃないの」

「始業式の日からさぼっちゃうのは余裕ありすぎるする気もするけど」

「へへ。もともと余るって漢字なのに余裕を余らせるってだいぶすげえや」

「言われてみればたしかに」

「ま。花の青春時代くらい、自分がやりたいようにやらなくっちゃ」

 と白い歯を見せながら笑う。

「助かりついでに聞いちゃうけど、さっきから何調べてるの?」

 と、小柄な〈イケメン〉が彼の操作しているスマホを覗き込んでくる。

「ああ、これか。大したことじゃないよ」

 嘘だった。彼にとってはかなり深刻で重要な情報を調べている。

「いいっていいって、YOU見せちゃいなよ」

「俺はいつのまにアイドル事務所に所属したんだよ」

「あ、事務所といえばこの間もまた『どこの事務所の方ですか』って声かけられちゃって。いやー、二枚目に生まれると困っちゃうぜ」

 と、困ってもなさそうな顔で言う。

 実際、彼はかなり華やかなルックスを誇っており、本人曰く読者モデルを務めたことも多々あるのだとか。そういった黄色い声をほしいままにする美貌と、クラスの空気に迎合しないことを悪く解釈した男子からは、ときどき幼稚ないたずらの標的になることのある〈イケメン〉である。

 やたらとこの校内の注目の的になるのは、そのルックスのためばかりではないということだ。その自由にして奔放な態度は教師陣や生徒を問わず、人の神経をさかなでするらしい。

 その反面なんといっても女子にはダントツの人気であり、隣町からファンが出待ちしているところを見かけることもしばしば。そのためなのか、いろいろな悪い噂を男子に流されまくっているこのチャラい男だけれど、彼は〈イケメン〉が人を欺いて陥れたり、おのれの身勝手のために誰かを傷つけたりしているところは一度も見たことがない。

 とはいえ、そんなに深い付き合いでもないのだけれど。

「だろうなあ。じゃあ、高校卒業した後にどの事務所に入るか今から調べときなよ」

「そうしたいのはやまやまなんだけど。いかんせん引く手あまたでね」

 と、ここでもまたウインクを送ってくる。

「やれやれ、男を魅了してどうするつもりだよ」

「でた、お決まりの『やれやれ』!それが聞けりゃ大丈夫だな」

 何かが彼の腑に落ちたらしく、この件から彼はあっさりと手を引いた。ノートを丁寧に鞄にしまい、肩にかける。もういつでも帰れますという感じに。

「それじゃ、こいつはありがたく借りてくよ。〈罪人〉にゃかなりツケがたまってるんだ。手が欲しかったらいつでも気兼ねなく言ってくれよ」

 そう高らかに宣言してから爽やかに教室を出ていく。

「ちょ、一ノ瀬、まだ三限だぞ」

 はーっはっはっはっはーと笑いながら去っていく〈イケメン〉。本気で引き留めようともしていない彼。〈イケメン〉がいなくなった瞬間始まる、陰湿な男子たちの会話。

 もしかしたら、ここで本当は腹を立てるべきなのかもしれないと彼もかつては考えていた。友人として、〈イケメン〉の陰口をたたくクラスメイトを非難すべきなんじゃなかろうかと。

 そういう風に考えたことだってたしかにあった。けれどもそういう世間知らずな情熱は現実の前に少しずつ冷めていった。そうしてかつては正義感のような青臭い情熱が占めていた場所は、いつのまにか無関心にとってかわられた。彼はそうして、自分自身の生活の平穏さを優先するようになっていった。

 なにもいちいち腹を立てたりするほどのことじゃない。

 こんなことは、たぶんいつの時代もどんな場所でも当たり前に繰り返されている。気の遠くなるほど果てしなく続いていくであろう、退屈な日常の一コマにすぎなかった。

 そして彼はこの学校での日常に、避けようのない通過点という認識以外を持たないようにしていた。そう思いながらも自分を優先する心の弱さや卑劣さを自意識によって絶えず責め立てられている後ろめたさもあった。

 そうはいっても、生活を続けて行くにはどうしても優先順位というものをつけざるを得ない。彼にとって最も必要なのは高校を卒業と同時に〈そよ風の庭〉を出るときにちゃんと社会人として暮らしていけるようになり、やがてはあの人を迎えに行けるようになるこであり、そのために必要なことをここで身につけておくことだった。

 そういうわけで〈イケメン〉がいなくなるや否や、彼のことはそれきり忘れることにした。

 頭を切り替えて、今まさに自分が抱えている懸念について考えなおす。

「……ただの考えすぎならいいんだけどな」

 けれども、こういう状況においては常に細心の注意を払わなければならない。何度も何度も、文字を打ち込んでは検索を繰り返したせいで、検索履歴にはやたらと物騒な文字がいくつも並んでしまった。それらはおよそ平穏で退屈な学校生活とは似ても似つかない物騒なものばかりだった。

 『○○高校 行方不明者』

 『○○市 行方不明者』

 『○○高校 女子生徒 行方不明』

(こんなものを誰かに見られたらたまったもんじゃないな)

 ふーむ、と腕組みをして、椅子の背にもたれかかる。昨晩の出来事をもう一度思い返してみる。あの流れから、自分にとっていちばん不都合な展開になりうる可能性は、どの程度あるだろう?それに備えて、どんな対処をすることができるだろう?

 もう一度、昨晩の出来事をひとつひとつ追ってみることにした。



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