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廃墟と春の庭  作者: 石上あさ
7月1日
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終章-5《廃墟と春の庭》


 こいつ、あんだけふざけた恰好して人に迫ってきやがったくせに、色々考えてやがったのか。

 やたらと部長やら生徒会長に選ばれるのは、馬鹿だから面倒事を押しつけられていい気になっているだけなんだと思っていた。けれど、もしかしたらそれだけではないのかもしれない。こいつを選んだ人間も、選ばれたこいつ自身も。

「人間には至らないところがある。この不格好な小屋みたいに。けど量産された出来合の商品にはない良さがある。愛着だってある。一緒に作り上げた手間暇がおれたちの心をひとつにしたんだ」

 そうして、現場監督・龍造寺建寛は胸を張る。

「いい家じゃないか。おれたちが、おれたちの手で作り上げた、新しい家族のための家だ。ほんとうに、誇らしい」

 大河が今まで見てきた人間の中に、これほど充実した満足感のある表情をした者はひとりもいなかった。

「そうか、そうかもしんねえな。・・・ありがとよ、現場監督」

 無意識に大河はお礼を口にしていた。それがなにに対するものなのかは自分でもよくわからなかったが、なんとなく、感謝を伝えたい気持があった。

「いやいや、皆の協力あってこそだ。どうだ、大河も楽しめたか」

「へっ、まあ、そうさな・・・」

 広く、青い空の下で大河はうんと大きな伸びをする。

「たまにゃこういうのも悪かねえ。そう思えるくらいには楽しませてもらったぜ」

 なんでもない日曜日の昼下がり。完成間近の木造建築を取り巻いて。かつてばらばらだった住人たちが、同じように輝く笑顔でひとつになっていた。


  *  *  *


「完成ー!!」

「いぇーい!」

「どんどんぱふぱふー」

 できたてほやほやのフォルテ邸を取り囲んで歓声と拍手が起こる。

「よし、じゃあまずは居心地のよさを確に――」

「やめなさい。こっからだとご近所さんにも見えるから」

 ごく自然な動作で四つん這いになり犬小屋に入ろうとした建寛を引き留める。

「わ、分かっているとも。ほら、これをつけようとしだだけだ」

 そう言って取り出したのは、カマボコ板で作った表札だった。美しく流れるような字で『フォルテ』としたためられている。それを入り口に釘で固定する。

「相変わらずうまい字だなあ」

「タツヒロのことだから、漢字で『歩生流手』とか書くのかなと思ってたけど、案外まともなのね」

 郷村兄妹が口々に感想を述べる。

「ねーねー、早くフォルテにも見せようよ」

 学に急かされて〈旦那さん〉が家の中からフォルテを連れてくる。この邸宅の主は、一目見るだけでこれが自分の居場所だと気づいたらしい。なんのためらいもなく小屋の中に足を踏み入れた。

「すごいもんだな。最初は餌とかで誘導しなきゃって書いてあったが」

 若竹が作業で凝った首や肩をならしながら感心する。

「気にいってくれるかなー」

 学をはじめ一同が見守る中、フォルテは小屋の中をぐるっと一回りした後、出てきてから嬉しそうに彼らを見上げて「ワン!」と一声吠えた。嬉しそうに尻尾をぶんぶん振りながら。

「おお、好評みたいだな」

 郷村がそう呟くと、フォルテが勢いよく飛びついてきた。

 たまらず尻餅をつくと、さらに乗っかってきたフォルテが顔中をべろべろ舐めまわす。

「こら、やめろって。フォルテ、くすぐったいから」

 郷村は嬉しい悲鳴をあげながら、応戦するようにフォルテのことを撫でくりまわす。心の赴くままにもふもふする。気づかない内にまた一回り大きくなったんじゃないか。また体重が増えた気がする。でも、それもそうか。誰だって生きてりゃ成長するもんな。

 そうして郷村は、かれこれもう数ヶ月ぶりに、あの「口癖」を呟くのだった。

「まったく・・・やれやれ、だ」

 日曜のある晴れた日のことだった。

 木材のさわやかな香りと初夏の日差しに恵まれた庭先。

 そこで見上げる涙色の空が笑っているように郷村には見えた。そういえば、例年より早い梅雨明けが来週辺りにやってくると気象予報士が言っていた。

 それもあくまでも予報であり、先のことなんてそのときが来るまで分からない。けれど、そのときのことは、そのときにちゃんと取り組めばいいだろう。今はただ、この瞬間の幸せに身を任せてもいいような気がした。

 せっかく、こんなにも空が青く澄んだ日に、うじうじと考え事をするのはあまりにもったいない。

「それにしても、草むしりをして小屋が建つだけで全然雰囲気が変わってくるんだね。せっかくだから家庭菜園とかやってみようかな」

 隼人が庭を見渡しながら呟く。

「土いじりなら手伝いますよ」

 郷村が前のめりに賛成すると、

「ご主人、スイカ作ってください。とびきり大きいやつ」

 若竹もリクエストを提出する。ところが、

「若竹さん、いっつも食べ物のことばかりですね」

「そうですかね。自分では気がつきませんが」

 そう言ったそばからお腹が鳴る。一同に笑いが起こる。

「これはあれですよ、朝から働きづめだからですよ。自然なことです」

「そういえば、ちょうどもうお昼ですね」

 郷村もそろそろご飯を食べたそうな顔をしている。

「そう言うと思って、みんなが買い物に行ってる間にたんまり用意しておきましたよ」

 郷村、建寛という才能を育て上げた料理の達人が得意顔をしている。これは期待できるに違いない。

「やったーご飯だー!」

「ちょっと、学。縁側からじゃなくて玄関から入りなよ」

 待ちきれずに早速部屋に入る学を恵里菜がたしなめる。

 それから部屋の中で起こる楽しげな声は、開け放した窓を通って、住宅街まで聞こえてきそうなほどだった。


 日曜日の、ある晴れた昼下がりのことだった。

 かつて荒れ果てていた〈そよ風の庭〉の庭先に、新しい家がひとつ建てられた。


 

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