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廃墟と春の庭  作者: 石上あさ
7月1日
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終章-4《ホームメイド・ホーム》


  *  *  *


 変なところに凝り性のある建寛は、フォルテ邸建設に先駆けて、地鎮祭をやると言い出した。

 剣道用の胴衣と袴を身につけ、即席の大幣をふりふり。建設予定地の四隅に青竹をぽんぽん設置。それから祝詞?のような変な言葉を節をつけながら歌い出したかと思うと、世にも珍奇な舞をやりだす。呆気にとられる全員に何食わぬ顔で御神酒がわりの甘酒を振る舞い、それから建設が着工された。

 設計をやってくれた龍造寺現場監督の指揮のもと制作が始まる。ノコギリを扱う仕事は危険が大きいため年長組が行うことになっていたけれど、学がどうしてもやりたいと言い出す。するとリビングでソファに寝転がっていた若竹がのっそり起き出して、「小さい内こそなんでも経験させなきゃな」と傍で見守ることを申し出てくれたためこの問題は解決された。それから隼人も「なんだか楽しそう」と参加してかなり賑やかな布陣となった。


 それぞれ個性的な面子が手作りで思い思いに制作に打ち込んだため、当然素人らしい粗のようなものも目立つ。釘の歪みやら、やすりがけの甘さやら至らないところも多々ある。

 それを見ていた郷村の頭にはある懸念が湧く。

(一口分のご飯を噛む回数や湯船に浸かる時間まできっちり数え、教科書に線を引くときは必ず定規を使っていそうな建寛に、これはなかなかしんどいんじゃなかろうか)

 それは潔癖症の人間が自分の部屋の中をスリッパなしで歩き回られ、あちこちベタベタ触りまくられるくらいの苦痛を伴うような気がした。ちらちら建寛のほうを窺ってみると――

(やっぱりすごい気にしてる!)

 もう、わかりやすく顔色が悪い。下水道を歩かされる羽目になり、呼吸したいのは山々だけれど息を吸うだけでも気分が悪くなるので無理に息を我慢している、といった状況を彷彿とさせるくらい息苦しそうだ。かなりのダメージだぞあれは。どんどん顔色が悪くなる。シソとブドウと紫キャベツを煮詰めて出汁を取ったような色をしている。ああもうマズイんじゃないかなかなり。お次にとうとう目が回り出す。発汗、目眩、吐き気などの症状を訴えたそうにベロがだらんと垂れている。しまいに白目まで剥いてふらつきだす。もうダメだ。虫の息だ。ひとまず、すべての物が所定の位置に整理整頓された几帳面空間、もとい建寛の自室に放り込んで体調を回復させないと――。

 郷村がドクターストップをかけようとすると、

(・・・・・・?)

 建寛がなにかに気づいたらしい。ひどく腑に落ちた顔をして、納得がいったとばかりにうむうむ頷いている。郷村も気になって視線の先を追ってみるけれど、みんなが楽しそうに工作しているのが見えるだけだ。先ほどとなにも変わらない。しかし、建寛の表情の上では晴れ間が広がり、高気圧に恵まれたように清々しい様相を呈している。

(まあ、いいか。元気になったみたいだし)

 いったいどんな心境の変化かは分からないが、自力で窮地を抜け出したようなので問題もなさそうだ。郷村は気を取り直して作業に戻る。

 

 *  *  *


 大河は建寛の顔がサイレント映画のようにめまぐるしく変化するのを見ていた。同じ変化に気づいていた郷村は、その度に驚いたり、気を揉んだり、ほっとしたりと表情をコロコロ変えていたが最終的にはなにか納得したらしい顔で作業に戻っていった。

 ところが大河はやはり気になった。直接聞かずにはいられなかった。

「なあ棟梁。偏見だったら悪いけどよ、あんた、ああいうの気になるタイプじゃねえのか」 

 完成しつつあるフォルテ邸を見ながら話しかける。犬用の快適機能として、通気性なり湿度なりを調整するための仕掛けが施されているらしく、外からは見えにくいが内側はやたらごちゃごちゃしている。

「ああ、大河か。いやはや見抜かれていたとは」

「傍目でもビビるくらいに青い顔してたぜ」

「それは心配をかけたな」

「んなこたあ、ねえけど」

「・・・まあ、そうだな。確かに最初は気になっていた。長話になるが付き合ってくれるか?」

「かまやしねえよ」

 そうして建寛はさっきの短時間に嵐のようにもたらされ、過ぎ去っていった胸中の変化について語ってくれた。

「お察しの通り、なんでもキチっとしているのが好きでな。実際、住居の建築でも正確な寸法は重要ではあるのだが。それはそれとして、あまりにも色んな物事に対してこうあるべきだと完璧を求めてしまいがちだった」

 自分にも他人にも。あるいは完璧に近づかなければならないと焦っていたのかもな、と男は述懐する。

「欠点を叩き潰し、直ていくことでもっと良くなると考えていたんだ。凹凸のない球体の美しさを人格の理想的なありかただとおれは考えていた。だから自分の至らなさも、大河の不良行為も許せなかった。けれど純平の心のありかたを見ていて気づいたんだ。それは、正義だとか欠点だとかいうことではなく、長所も短所も含むその人全体を、その人らしさとして受け止めようとするあり方だった」

 驚天動地だったが胸を打たれた。しばらく受け入れるのに時間がかかった。これまでの自分を否定されたような気分に勝手になった。けれどもそれを恐れている自分の欠点がまた目について、けれどそのとき、純平の顔が目に浮かんだ。あいつならばきっと、こんな迷いも笑ってくれるのだろうと。

「おれはそれを綺麗だと感じた。誰にでも欠点はある、でこぼこはある。おれはその画一的でない、ばらばらの人間のありかたを、初めて美しいと感じることができた。青い鳥を見つけた気分だった。なんだ最初からここにあったのかと、ようやく分かった気がした。そのとき初めて今までの自分が杓子定規だったんだと分かった。

 とはいえ、人間一朝一夕では変われないものだ。やはり気になるところがあって、さっきまではもやもやもしてたんだがな」

「どうやってそっから立ち直ったんだよ」

「ふふふ。まあ焦るな。あれを見てくれ」

 建寛の見つめる先には、自分を受け入れてくれたホームの面々の笑顔がある。仕事には完璧ではない点もあるけれど、みな楽しそうに活き活きとしている。そしてその手作りの家は、ハンドメイドらしいなんとも言えないぬくもりを感じさせた。

「楽しそうだろう?あの顔。あの笑顔こそおれが建築を通して実現しようとしていたものだった。おれの目指す物は、別におれの方法論にこだらわずとも辿り着くことができたのだ。そのことに気づいたとき『だったらそれで良い』心から自然とそう思えた」

 学には突拍子もないアイデアがあって、大河には持ち前の腕力やガッツがあって、恵里菜には丁寧で細やかなところと、純平にはものごとを受け入れる器と周りを見れる柔軟性がある。この、でこぼこだらけの球体になんだか愛着を持ったという。

「あんなに楽しそうに作っているのだから、できあがるのはきっと素敵な家だ。思い出のいっぱいつまった、かけがえのない家になる。建築を志す人間として、これほど幸せなことはない」



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