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廃墟と春の庭  作者: 石上あさ
7月1日
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終章-2《仲直りと竜と虎の友情》


 けれども確かに犬視点、というのは犬と暮らす者にとっては不可欠だろう。食べ物のこともそうだし、これからの季節、靴をはいている人間と違い犬は直接熱されたアスファルトに触れるため散歩の際は注意が必要になってくるだろう。人間本意であった己を反省し犬にとって住みやすい小屋を建築しようと思い至ったのも「建築の力を借りて住む者の幸福を手助けしたい」という建寛の信念あってのことだろう。

(言ってることや目指してるものはすごくカッコいいんだけどなあ)

 半裸で犬耳と首輪をつけて、四つん這いになった挙げ句3歳児に首紐を持たせていなければ、の話だけれど。

「お手!」

「ワン!」

 学が差し出した手に勢いよくお手をする。

「おかわり!」

「ワンワン!」

 あいつ、あれでも高校一年生なんだよなあ。

「おち〇ちん!」

「――――!!?」

 爆弾発言にさすがの建寛も硬直した。やめてくれよ、それだけは。本当に。

「ワ・・・ワワン?」

 冷や汗を流しながら建寛が必死に目で抗議する。蟻を潰して殺すのを純粋に楽しんでいるような無垢な笑顔を浮かべたまま学が追い打ちをかける。

「あれ~今わんちゃんじゃないのかなあ~」

「ワワ、ワ、ワフゥ~ン・・・?」

 追い詰められ、極度の緊張状態に陥る建寛。冷や汗を流しながら、ハアハア荒い息づかいでガチャガチャと震える手をベルトに手を掛け――

「やめなさい。恵里菜が見てるだろうが」

 スパンと頭の上に平手を見舞う。さすがに兄として死守しなければならない一線というものがあった。ほら見ろよ。恵里菜が顔真っ赤にしてあんなに怯えて・・・ん?なんか顔を覆う指の隙間からチラチラこっちを見てるような。いや、ないな。うん、ない。気のせいだ。ちょっと建寛のせいでみんな頭が変になっているだけだ。

「なあ。学もそろそろ勘弁してや――」

「じゃあ、次はドッグフード食べてみて」

「こら、言ってるそばから。はいはい、そこまで。これくらいでヒロ兄ちゃんのことは大目に見てやって」

「いいや、挑戦させてくれ!おれはまだ人間の傲慢さを捨て切れていなかったのだ!ドッグフードくらい、ドッグフードくらい・・・!」

「建寛もいい加減にしろ。どこでスイッチ入ってるんだ」

 ヒュパンと、もう一撃見舞う。

「ご、ごほん。まったく、とんだ災難だったわ」

 まだちょっと頬の赤い恵里菜が隣に来て、咳払いをする。

「でもタツヒロも変わったよね。今まであんなにタイガといがみあってたのに」

 そう言う恵里菜の眼差しには龍造寺建寛という愚直な男への敬意が込められていた。

「バカだけど、一生懸命な真面目さがあるというかさ。そういうのは、タツヒロのいいところかもしんないよね」

 感心したようなことを言っていると、

「しいぃぃ~~~」

 建寛が四つん這いのまま片足をあげて犬の小便の真似をしはじめたので、

「ごめん、やっぱ今のなし」

 真顔に戻る恵里菜なのであった。

「は、はは・・・ははは。あいつも何か考えがあるのだろう」

 苦笑いをしながらも一応はフォローを入れる。なにより郷村自身がそういう風に信じたかった。そうこう話をしていると、建寛、今度はやおら大河のほうへ近寄っていく。

「どうだ、大河?よかったらお前もやってみないか。あ、そうだ。大河は犬耳よりかは猫耳のほうが似合いそうだな。それじゃあこれを――」

「・・・いいよ、オレは」

「・・・・・・」

 沈黙。

「えーー!!」

 それを見た恵里菜が素っ頓狂な声を上げる。

「タイガなら『近寄ってくんじゃねえ!』とか『気持ちわりいんだよ!』とかそういうキツめのツッコミをするんじゃないの!?そしてタツヒロが気持ち悪く笑って嬉しそうな顔するんじゃないの!?」

「恵里菜よ・・・そんな風におれを見てたのか」

「あ、いや、それは」

 けれど実際、郷村の目から見ても大河は真面目すぎるほど大人しく断った。

 そしてそれは今に始まったことでもない。建寛はむむう、と唸った。

「建寛、お前まだ今までの諍いを引きずっているのか?気にせずとも良いと言っているだろう。仲直りとてしたではないか。なにを遠慮することがある」

 いや、猫耳はさすがに遠慮したいだろ、とかいう空気ではない。建寛が言わんとしていることの中心も別のところにあるような気がした。

「色々思うところはあるだろう。お前だけではない。おれだってまだまだ精進せねばならないと多くのことを反省した。だがな、大河よ。なにがどう変わろうがお前はお前だ。周りのお前を見る目が変わろうと、お前自身の物の見方が変わろうと、お前はいつでも武井大河なのだ。おれは今回のことでそれを学んだ」

 そうして優しく大河の肩に手を置いて語りかける。

「だからな、何も恥じることはないのだ」

「いや、てめえは少しは恥を覚えろよ」

 つい反射的に素でツッコミを入れてしまった大河。言い終わってから相手のボケの術中にはまったと気づく。

「――あ」

「ふふふ。ようやく本調子に戻ってきたな。いいぞそうでなくてはな。切磋琢磨しあう我がライバルが不調だとこちらの調子まで狂う」

「ちっ。調子が狂うのはこっちの方だぜ」

 少し照れくさそうに大河がその場を去る。その背中へ建寛が声を掛ける。

「おれは諦めんぞ。何度も信じる道を見失うのなら、何度でも見つけ出すまでだ。お前だってそうだろう、大河」

 呼ばれた大河は一度だけ足を止め、

「たりめえだろうが。てめえに説教されるまでもねえ。・・・風呂洗ってくらあ」

 そう言い残して颯爽と去って行った。

 後ろ姿だから表情までは見えなかった。けれどその声は、心なしか明るく弾んでいるように聞こえた。



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