終章-1《覚醒する変態と賑やかな日々》
◇ ◇ ◇
お天道様も上機嫌な日曜日、郷村たちはホームセンターの駐車場にいた。
「ほれ。これが予算な。俺はここに残るからお前たちで行ってこい」
運転席の〈補助員〉が助手席の郷村に封筒を渡す。
「分かってるとは思うが、木材なりなんなりの分はちゃんとレシートもらってきてくれよ。それと会計を別にさえしてくれりゃ、余った金で好きなもん買ってもいい」
「ありがとうございます」
受け取って大事に財布にしまう。
学や建寛はさっそく車の外に出てこちらを手招きしている。郷村も車から降りようとすると、〈補助員〉がぽつりと呟いた。
「今日、晴れてよかったな」
待ち時間で仕事を進めるつもりなのだろう。パソコンをなにやら操作している。郷村の方を向いているわけでもないし、その表情が笑っているわけでもないけれど、その不器用な思いやりは自然と伝わってくるのだった。
「・・・はい!」
郷村も小さく頷く。本当にそうだ。こんなに天候に恵まれたのは本当に運がいい。ドアを開けて外に降りると、思わずうんと伸びをして深呼吸したくなるほど、いい気分だった。
* * *
――話は数日前に遡る。
郷村はバイトを終えて、買い物袋を提げて帰ってきたところだった。
玄関からでもリビングがなにやら賑やかなのが分かる。大河と仲直りしてからというもの、気まずさに押さえ込まれるような閉塞感から解放され、ホーム全体がぐっと明るくなった気がする。伸び伸びとした活気があって、おまけに変態としての頭角を露出しはじめた建寛の暴走も加わり、わりとドタバタした毎日が繰り広げられている。
(現金な話、こうも賑やかだとやっぱり平穏で静かな日常が恋しくなったりもするもんだな。でもまあ、今みたいにみんな楽しそうな日々が何よりだけど)
そんな嬉しい悲鳴のような感慨を抱きつつ郷村がドアを開くと――
「おお、純平!よくぞ帰ってきた!」
上裸でメガネと犬耳、首輪をつけた変態がリビングにいた。
「・・・・・・」
そっとドアを閉じる。すぅーーーー・・・・っと深呼吸をする。あれ?おかしいな。なにか変なものが見えたぞ?ちょっと疲れてるのかな。
「・・・・・・」
再びゆっくりとドアを開く。すると誰もいない。ああよかった。やっぱり何もいないじゃないか。今のはただの見間違いだ。なにやら段ボールが至る所に転がっているのが気にならないではないけれど、また学が散らかしたんだろう。そうだそうに違いない。あんなお茶の間に流すにはモザイクが必要となるような代物が俺たちの住む場所があるはずが――
「おかえりっ!純平ぇっっい!」
ヴァッ!!っと段ボールの中から勢いよく取扱危険の不審物が飛び出してくる。びっくり箱というより、がっかり箱だった。脳の処理限界をオーバーしてしまう現実を前に、放心した郷村はうっかり手に提げていたスーパーの袋を床に落とした。
「ふふふ、純平か。いいタイミングで返ってきてくれた」
「なんかものすごい具合悪くなってきたんだけど」
「実は見せたいものがあってな」
「いや、全然よくないんだけど。ねえ、タイミングも具合もよくないんだけど、きいてる?」
まさかその恰好で近所を徘徊したりとかしてないよね?
「・・・・・・それで?なんでそんな恰好してるのさ」
軽い解離症状から立ち直った郷村が、手を額にあてながら尋ねる。
「うむ。さっきも説明したが、以前からフォルテの家を作ると言っていただろう?新しい家族を迎えたはいいものの、いつまでも外で野ざらしにするのも気の毒だからな。ところが今までのおれはスランプ状態でなかなか作り上げるべき家のヴィジィョウンが見えなかった。それで散々悩んだのだが、この間の食卓でついに天啓を得たのでこうして段ボールで完成予想の模型を試作してだな――」
「いや、そこまではわかってる。そこまでは分かってるんだけど、一番大きい、気になってしかたない疑問が残ってる」
半裸に犬耳、首輪、そしてなぜかネクタイを新しく装着した変態紳士に向き直る。いや、なんかこうして改めてみると真面目に質問してる俺まですごい滑稽な気がしてきた。
「建寛はなんで、その・・・猫耳?」
「これは犬耳だ」
なんでそこだけ即答なのか。
「あ、そうなの・・・ごめん。なんで犬耳つけてるの。文化祭の出し物とかで踊るにしても早すぎるだろ」
すると傍で聞いていた恵里菜が悲痛な声を上げる。
「やめてよお兄ちゃん!体育館のステージで踊るタツヒロ想像しちゃったじゃない!」
「わ、悪い・・・」
ああ~悪夢だ~今夜は悪夢を見るに違いないわ~とうなだれる恵里菜に謝罪する。たぶん、あの恰好でセンターに陣取り、無駄に洗練された無駄のない無駄なスタイリッシュダンスをしていたんだろうなあ。きっとものすごい活き活きした満面の笑みで。
「はあ・・・。やっこさん犬の気持ちとやらになりたいんだと」
自室からリビングにやってきた大河がため息交じりに助け船を出してくれた。郷村は心の中で全力で大河に感謝した。今じゃお前がここで一番の常識人だよ。そして大河のアシストを受けて、ようやく建寛が犯行の動機について供述し始めた。
「うむ。そういうことなのだ。今までのおれにヴィジィョウンが見えなかったのは、いつも家とはかくあるべきという固定概念に縛られていたからなんだ。しかし、実際は逆だろう?住む人がいて、その人たちが願う生活があって、それを叶えるために家が建てられる。そんな当たり前のことに気づいたとき、しかしおれは衝撃を受けた。そうか、やっと分かったぞ!理想の犬小屋を建てたいならば、おれ自身が犬になればいい!」
「いや、ちょっと待って。最後よくわからない」
レフェリーがいたら今すぐにでもタイムを請求したいくらいだった。
「途中まではよかった。すごくいい話だった。俺も感動した。けどなんで着地の瞬間、発想がK点超えちゃったのさ」
「ん?まだ分からないのか。うーむこうなったら純平も犬になってもらった方が早いか」
「遠慮させてもらう」
全力で辞退した。




