2、強制理解
それは1歳を過ぎ、早々に母乳離れをしたある日のこと。
私は信じられない光景を目にし、それと同時にここが本当に前世とは全く違う異世界であることを否応にも理解させられた。
「アメリアー!お昼寝の時間よー」
「うー!」
子供らしい言動や行動というものには悩まされまくったけど、なんとかまだ怪しまれずにここでこうして愛情を受けている。ここがどんな場所でどんな国なのか、情報を集めようと思ったが、本棚にある本の背表紙には見慣れない文字が踊っていて本からの情報収集は望めないことがわかった。しかし両親に何か聞こうにもまだうまく喋ることはできない。ようやく感情の表現はうまくできるようになったし、たどたどしいながらも立って歩くことはできるようになった今、おそらく喋ることができるようになるのもそう遠い話ではないだろうが・・・何もしないでいると、前世のことがどうしても頭をよぎって、気が滅入ってしまう。だから母を困らせることはわかっていながらもちょこちょこと動き回って、少し開いた扉から外に出て見たりと、じっとしていることがないようにしていた。・・・あとは、自分の足で歩けるようになったのが嬉しいというのもちょこっとあったりする。
外を見たときは驚いた。一面の緑で、いわゆるお隣さんというのもなく。一応道らしきものはあったが、それもコンクリートなどではなく茶色い土でなんとなく整備された程度の道だった。なんか馬車でも通りそうだ。
つまり、私が住んでいるのはおそらくど田舎だということ。同い年の友達ができないのは寂しい気もする、けど1歳そこらの子と友達になれる気もしないのでむしろよかったと思っておこう。
お昼寝の時間だということで母に呼ばれた私はアメリアと名付けられ、私は今、アメリア・バルヒェットとして生きていた。たどたどしい足取りで母の元へ向かうと、私の格好を見て母は困ったように笑った。
「あらあら、外に出る扉は閉めていたはずだけれど、今日はどこにもぐりこんだのかしら」
なんとなくベッドの下とかクローゼットとかに入り込んだらボソボソに服やら何やらが汚れてしまったんです、ごめんなさいお母さん。・・・という気持ちを込めて「あー」と言っておいた。おそらく申し訳なさそうな表情にはなっているはず。
「仕方ないわねぇ、少し綺麗にしてからお昼寝にしましょうか。さ、お洋服を脱いで!」
母に手伝われながら・・・というか、母が脱がすのを私が手伝いながら洋服を脱ぐと、母はそれを持ち、私を連れて庭に出た。ふわふわの芝生に裸足の足をつけるのはなんとなく気持ちが良くて、上機嫌に母の前に立つ。家の近くには湖があるのでそこで水浴びでもするのかなと思ったが、目の前の母は汚れた服を両手のひらの上に置き、囁いた。
「水よ––––」
えっ
どこからともなく水が現れ、それは母の手のひらの上、空中で球体になった。母はなんでもないようにそこに汚れた私の服を入れて、さらに「渦巻け」と一言。すると球体の水はその言葉に呼応するかのようにぐるぐると渦を巻き、それこそ前世の洗濯機の中のような動きを始めた。その水の球体はそのまま宙に浮かせ、今度は私に近寄り同じ方法で出現させた水を私に纏わせた。
いや、うん、そりゃ1歳の子に水浴びさせるよりもはるかに素早いと思うよ!
でもこれ、これってもしかして、魔法?魔法ってやつなの?初めて見たんだけど!?これ、これじゃやっぱり本当に私は転生しちゃったの?異世界に?
まだもしかしたら私の知らない国なだけで、探せば日本もあるのかもしれない、なんて実は期待していた私にとって、この出来事はワクワクというよりも異世界転生という現実を突きつけられてしまったと、泣きたいようなそんな気持ちになるものだった。
私が目を見開いたまま固まるのを見て、母は私の頭を優しく撫でた。その暖かい感触に、なぜだかわからないがハラハラと涙が出てきた。固まったまま涙をただ流すなんて明らかに1歳の子供ではないだろう反応に対しても、母は不信感を抱くどころかそっと抱きしめた。
「あぁ、そうよね、確かアメリアに魔法を見せるのは初めてだったものね・・・ごめんね、びっくりしちゃったのかしら」
この1年間、色々と考えてきたが、今ようやく私がこの世界にひとりぼっちなのだと気付いた。この世界のイレギュラーなのだと、本来あるはずのない前世の記憶を有したいるべきではない存在なのだと。ひとりぼっちというだけでも耐え難いのに、私に私が望まないもう一度の生を与えたこの世界にすら拒絶されているようで、自分ではもう感情のコントロールなどできようもなかった。
ボロボロと止まらない涙を見た母は少し困った表情をして、「風邪を引くわ、中に入りましょう」と私の手を引いたのだった。




