毒と、自分
眼が覚めると、松本さんが隣に座りながら私の顔をじっと見つめていた。
「ん〜……あれ……松本さん」
起きたばかりのボーっとした頭のまま、なんとなく時計を見てみる。
だけどその時計を見てびっくりしてガバッと飛び起きた。もう午前一○時を回っている。
「あ……ちょっと松本さん? 何やってるの早く学校いかなきゃ!」
松本さんは今日からまた大学へと通うと言っていたのだ。たしか今日は午前中から授業のある日。もう遅刻は確定である。
それでもやっぱりせっかく入った大学、単位が足りなくて留年や中退は私もして欲しくない。今からでも出席して欲しい。
「もぉ……着替えて準備できてるのに、なんで行かなかったの? 今からでも向かってください」
「嫌」
「い……嫌とかじゃなくて……えっと」
松本さんの眼はすごく穏やかな目をしていて、私はつい言葉を詰まらせた。
こんな松本さんの眼は、見たことが無い・
「なんだ?」
松本さんは少し首をかしげてうっすらと笑みをこぼす。
私は次に言おうと思っていた言葉がうまく口から出てこず、モニョモニョゴニョゴニョになってしまっていた。
「あ〜……う〜……そ、そんな眼しないでよぅ」
「ん……? 今の俺はどんな眼をしているんだ?」
「う〜……」
凛とした態度の松本さんを見ているとなんだか私のほうが浮いているような感じがしてきて 急に恥ずかしくなり、うつむきながら枕をギュッと抱きしめた。
その行為を見て松本さんは小さく「はは」と笑っている。
「なんで行かなかったんですか……?」
「なんでって言われてもな」
松本さんは腕を頭の後ろで組み、壁へともたれかかった。
それでもけっして、視線は私をはずしはしない。
「正直に言ったら、お前はきっと笑う」
「え〜……? じゃあ笑わせてくださいよ」
私は冗談を言う松本さんを見た事が無い。おそらくは本当に笑える理由なんだろう。
着替えてから二度寝してしまったとか、もしくは一回は学校に行ったが休講になっている事に着いてから解っただとか。
松本さんは「はは……」と小さく笑った後、咳払いをひとつした。
「お前に、見惚れていた……って所かな」
「……ん?」
「お前って、美しいよな」
「え?」
「お前は、俺の知るモノの中で一番美しいよ」
「あははははっ」
私は笑った。
というか、笑う事しか出来なかった。
だけど多分顔は笑っていなかったと思う。
「ほら笑った」
「何を急に言うんですか松本さん。どうかしちゃったんですか?」
松本さんは今日始めて私から目線をそらし、布団の上にゴロンと転がった。
「いいよ別に信じなくても。信じてほしいなんて思ってない」
松本さんは笑顔のまま眼を閉じ、自分の腕を枕にしながら黙り込んだ。
こんな松本さんは、一年間同じ屋根の下で暮らしているのに初めてみる。
「別に信じないって訳じゃなくて……なんていうかその、信じないんじゃなくて、信じられないっていうのかな」
「冗談に聞こえるか?」
「ん〜……冗談っていうか」
なんだかものすごくやりにくい。私はこれまで松本さんに褒められた事なんて、一度も無い。
それなのに松本さんは、急に私をベタ褒めしてきた。
冗談っぽく言ってくれればまだ良かったのに、松本さんは真顔で私を『美しい』と。
意図がわからない。松本さんは本当にそんな理由で大学をサボったのだろうか。
「ねぇ松本さん、なんで、私なんかに見惚れてたの……?」
「なんでって……さっきも言っただろ」
私が美しいから、らしい。
「……なんで、私が美しいの?」
「俺とは正反対だから」
「正反対……?」
松本さんはいつの間にか、涙を両目から流している。
私はそれを見て、ものすごくビックリした。
「ま……松本さん?」
松本さんは「はは」と笑い、続けた。
「俺は、醜いよ。ろくに生きてなかったし、怠惰の塊だし、腐ってた」
「え……? あ、いや、そんな事無いよ」
「……お前の評価はそうかも知れないけど、自分で自分を見つめなおした結果、そう思ったんだ」
「う〜……」
私はこれ以上言葉を発せられなかった。
自分の中で自己完結されたら、もう他人は何も言う事が出来ない。
「それに比べてお前は、偉いよ。生きるために、必死になって……あ、違うか。死なないために必死になってた……だったな」
松本さんは続ける。
「それに比べて俺は別に……いつ死んでもかまわないとさえ思ってた……だから無頼に振舞って好き勝手やってきた……あまつさえ、お前をどれだけ汚そうとも……かまわないと思ってた」
それは、薄々感じていた。
感じていたが、今は、そうじゃないだろう。
凄く凄く、大切にされているのを、感じる。
「こんなに……うっ……美しい…のに……俺は」
松本さんは、泣いている。
「俺には……もう……お前を汚せないよ……」
よごしてなんか、いない。
なんで、口に出ないんだろう。




