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安奈  作者: はにゃにゃき
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最後の日 二

 私は、償いきれぬ罪を償いながら、生きている。


「えいちゃん……っ!! 私……何か出来る事ないの……!? えいちゃんがえいちゃんで居られるんなら……私なんでもするから……!!」

 私は泣きじゃくりながらえいちゃんの胸を抱きしめ、大きな声でそう叫んだ。泣くという行為につきまとうシャックリに負けないように、精一杯大きな声で叫んだ。

「……彩子……お前は精一杯頑張ってくれたじゃねぇか。だから、もういいよ」

 えいちゃんは私の頭をポンポンと優しく叩く。そしてとても優しい声で「今まで、ありがとうな」と言ってくれた。

「あああぁぁぁっ……!! うわぁぁぁぁんっっ!!」

 ああぁ……駄目だよ……私は許されちゃいけないんだから……もっともっと償っていかなければいけないんだから。だからそんな言葉を投げかけないで欲しい……優しい言葉を投げかけないで欲しい……決意が歪むじゃないか……開放された気分になってしまうじゃないか……

そんなのは、駄目じゃないか……

「俺の世話をするためにお前大学やめただろ……毎日俺の病室に来て話し相手になってくれただろ……自分も重傷で辛いっつーのに、歩けない俺に肩を貸してくれただろ……お前が退院してからも毎日お見舞いに来てくれただろ……本当は泣きたかっただろうに、ずっと笑顔で接してくれただろ……もう、いいよ。もういいから」

「うぁぁぁっっ……!! わぁぁぁぁぁっっ……!!」

 えいちゃんはなおも泣き続ける私の頭をまたポンポンと叩いた。

「高校時代のお前からは、想像も出来なかった事だからな……うれしかったよ、本当に。今まで、ありがとう」

「うあああぁぁぁっっ……!! 駄目だよぉっっ!! そんな事ぉぉぉっっ!!」

 そんな事言ったら駄目だよ……

 満たされるよ……心が……体が……私が。私の存在が。

 満たされちゃいけないんだ。開放されちゃいけないんだ。私の罪は、私の中で処理しなくちゃいけないんだ。まだまだ償いきれていない。えいちゃんに対しても、けいちゃんに対しても、そして、安奈ちゃんに対しても。全然、まだまだ、足りていない。

 それなのに。それなのに。

 満たされて、しまうじゃないか……

「ああああぁぁぁぁっっっ……!! うわぁぁぁぁぁっっっ!!」

「それに、お前にはやる事がいっぱいあるじゃないか。俺にばかり構っていられないはずだ。お腹の子供、幸せにしてやれよ」

「あぁぁっっ……!! うぅぅぅっっっ……!!」

「だから、俺の事はもういい……もう気にやむな。お前は」

 えいちゃんは私の肩を掴み、優しく、引き離す。

 えいちゃん自身も少し後ずさり、私の顔を見ながら「開放されたんだ」と、強く、言い放ってくれた。


「松本君、霞が取れて感激している所悪いんだけど、今のうちに聞いておかないといけない事があるんだよね」

 美香さんはボールペンとメモ帳を取り出してえいちゃんの顔を冷たく睨んだ。今までのえいちゃんへの態度から一変、本当に、冷たいと感じる視線をえいちゃんに向けていた。

 急に……どうしたのだろう。

「え〜と、貴方の言う所の自分が自分だった時の記憶の最後、それっていつなの?」

「……そうだな、今色々と混乱しているけど……はっきりとした記憶っていうのは……今思い出せる限りでは、啓二君と二人で話した時が最後かな……」

 美香さんは「ふ〜ん」と何の感情も篭っていないような印象をうける言葉を呟きながらメモ帳になにやら書き込んでいた。続けて「その時の会話の内容は覚えてる?」と質問し、えいちゃんが答えるとまた「ふ〜ん」と言いながらメモを取る。

 ……美香さんって、こんな人だったかな……と、思ってしまった。

 この美香さんという人は、精神科医でもないのに忙しい中私の相談に乗ってくれたり、えいちゃんの看病を手伝ってくれたりしてくれた、いわば私にとっての頼りになるお姉さんのような存在であった。確かに今までも少々機械的な印象をうける場面があったが……だがしかし、ここまで感情の篭っていない言葉を発せられる人だとは思っても見なかった。

「左手の薬指の事は覚えてる?」

 ……あ……そういえば私、その話知らない。えいちゃんは教えてくれなかったし、美香さんも決して教えてはくれなかった。

 その時丁度私は生死の境をさ迷っていた時だったから……私には知る術が無かった。

 確かに、その質問は気になる。どうして指が無くなってしまったのか、私も知りたい。

「……あぁ。覚えてるよ」

「安奈ちゃんが切って食べちゃった事も?」

「え……」

 思わず私は声を出していた。

「……あぁ。覚えてる」

 ……何を言っているんだ?

「その時、射精してた事は?」

「……先生、そんな話どうでもいいじゃないか」

「どうでも良くない。貴方が異常か異常じゃないか。それを計るための質問なのよ。もし異常なのだとしたら、貴方は退院しても施設にいかなきゃいけない」

 美香さんは一切えいちゃんの眼を見ず「さぁ、どうなの?」と詰め寄った。その様子を見てえいちゃんは小さく「チッ」と舌打ちをし、目をキョロキョロとさせながら少し考え込んでいる。

「覚えていないならそれでも別に構わないわよ。そのまま書いておくから」

「……待てよ。解った……」

 えいちゃんは左手をじっと見つめた。いや、正確には左手ではない。左手の薬指のあった場所を、だ。

 なんだかとても、愛しいものを見つめるような、そんな視線を、送っている。

「覚えているし、この傷を愛しくさえ感じている」

「うわ……」

 私は再び思わず声を出した。考えていた単語をそのまま口に出されて、ギョッとしたというか、ビックリしたというか……

「ふぅん……きっちり異常って事だ。というか、自分がマトモに見られるように嘘をつくって事、しないの?」

「……それは、安奈に対して失礼になるだろ。言わない事は出来ても、嘘はつけない」

「狂わされて、惑わされて、あげく指をちょんぎられて、失礼になる……か」

 美香さんはメモ帳をパタンと閉め、持っていたハンドポケットに入れた。ノック式のボールペンはそのまま右手に握られており、何度も何度もカチカチとノックし続ける。

「やっぱあんたら、最高に狂ってるね」

 なんとも棘のある言葉という印象を受けてしまう。

 一体、どうしたと言うのだろうか……こんな人では無かったはず……


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