どうなってしまうのだろうな
姉の携帯電話には誰の電話番号もメールアドレスも登録されていなかった。
入っているのは、ブックマークに登録されている掲示板のアドレスだけ。それ以外は一切のメールも、着信履歴も消去されてしまっている。
僕はただなんとなくその掲示板へとアクセスしてみた。本当になんとなく。特に深い意味など持たずに、半分死んでしまった意識の中、僕は決定ボタンを押していた。
この掲示板は、俗に言う学校裏サイト。姉の通っている高校の在学生達が毎日飽きもせずに「匿名」という名の下に書き込みをおこなっていた。
その中で、異様なほどのレス数を有するスレッドがあった。そのスレッドのタイトル欄に、姉の名前が使われていた。
僕は、そのまましばらく固まってしまった。
「ああ……あ……あ……」
スレッドの最初の一文。『長谷川さとみって絶対ヤリマンだよな』
続いて『セックスフレンドが二十人突破したらしいぜ。俺も一回ヤッた事あるし』
さらに『担任の植原とも寝たらしい』
あとも延々、姉の、悪口。弁護する書き込みは一切無い。延々姉の悪口がつづいている。
最近の書き込みはさらに酷い。僕の名まで出てきている。弟とヤッただとか、弟を調教しているだとか。
書き込みからリンクされているブログもあり、そのブログのタイトルは『長谷川さとみのヤリマン日記』と書かれていた。内容は、やはり酷いものだ。
……信頼できる人が学校のどこにも居ないのだから、最後の最後、藁をも掴む思いで、恥をしのんで、家族という最後の希望に頼ってきた。それなのに僕は……僕はなんて事を言ったんだ……姉には居なかったんだよ、信頼できる人間なんて。姉の周りはおろか、学校にも、どこにも。僕以上に、孤独だったんだ。
なのに僕は、言ってしまった。「甘えるな」と。「そんな勇気もないくせに」と。
しかも姉の死体を目の当たりにし怒り狂い「迷惑だ」とか、良くは覚えてないけど、かなりの暴言を……
「あ……あ……あ……」
僕は……僕は……
僕は……どうすればいい?
彩子さん……僕は一体どうすれば……
会いたいよ……会いたいよ……彩子さん……会いたい……
「ちょっと啓二! どこにいくの!?」
僕は無意識のうちにフラフラと外出していた。本当に、いつの間にか僕は外に居た。
後ろから慌てて母が僕の名を呼び引き止める。だけど構っていられない。僕には行かなければならない場所がある。無意識だったけどそれだけは解っていた。
行かなきゃ……彩子さんに会わなきゃ……僕はどうすればいいのか、彩子さんに会うだけで解るような気がする。
面会謝絶だろうと、彩子さんの意識が無かろうと、関係ない。顔を見るだけでいいんだ。それだけで僕は落ち着くはず。何をすべきか解るはず。
僕は追いかけてくる母を振り切るように、全速力で病院の方へと走っていった。後ろから聞こえてきていた声は徐々に遠くなり、すぐさま聞こえなくなっていった。
「はぁ……はぁ……」
家から病院まで、一切の休憩も取らずに全速力で走ってきたので息が乱れている。だが僕はそんな事に構っていられず、病院のドアノブに手をそえ、一気に開こうとした。
しかしどうやらまだこの病院は営業時間を迎えてはおらず鍵がかかっている。この病院のドアは二重構造になっており、内側は自動ドア、外側は手動開閉のガラスのドア。僕は必死にそのガラスのドアをバンバンと叩き、大きなジェスチャーで中に居る人間へアピールした。
「あけてください!! お願いしますあけて!! あけて!!」
僕は両腕をぶんぶんと振り回す。そして誰も気付いてくれていない事が解ると再びドアをバンバンと叩く。
それらを何度か繰り返していたら医者らしき女性が迷惑そうな表情を作り中から僕の様子をうかがいに出てきた。僕はここぞとばかりに大声をあげる。
「お願いします!! あけてください!! 彩子さんに会いたいんです!! お願いします!!」
その医者は一瞬驚いた表情を作り、急いで自動ドアのスイッチを入れ、次に僕が叩いていたドアの鍵を開けてくれた。僕は鍵の開いたドアを乱暴に引き開け、大きな声で「ありがとうございます!!」と叫んだ後に走り出そうとする。
「ちょっと待って!」
女性の医者は僕の服を掴み、引っ張り、引き止める。思った以上の力に僕の首は服の襟に引っ張られ、息が切れていたのも重なり、むせた。
「がはっ……ごほっ……ごほっ……な……何するんですか……」
「あら……ごめん。でもちょっと私の話を聞いて」
「ごほっ……ごほごほっ……僕ちょっと急いで……るんですけど」
「彩子さんに会いに来たって言ってたけどさ」
女性の医者は、少し言葉をつまらせた。
「言いましたけど」
「ん〜……」
「何ですか?」
「彩子さん危篤状態で、もしかしたら……」
「関係ないです」
「……関係ないって」
「顔見に来ただけですから」
「……あはは。あんたらさぁ、本当に狂ってる人間の集まりだね」
「なんとでも言ってください。それじゃあ」
僕は女医さんの目を一度も見る事をせず、ただただ前を見ていた。
早く行かなきゃ……それだけが僕の頭の中を占拠する。だから、僕はもう止まってはいられない。「それじゃあ」と言い捨てた瞬間、無意識のうちに足を前へと突き動かしていた。
部屋の場所は、どこだ?
彩子さんは、どこに居る?
見つけ出せたなら、僕は……
僕は……
どうなってしまうのだろうな。
「はは」
どうなってしまうのだろうな。




