たまらなく、感じている
熱い。熱いのに、寒い。
お腹が燃えるように熱い。熱い。熱い……だけど体は寒い。凍えそうなほどに、寒い……
気を抜いたら意識が飛んでしまいそうだ。いや、間違いなく、飛んでしまうだろう。体は「だるい」を通り越して、やばい。体が体の動かし方を忘れてしまったかのように、動かない。
こんな所で寝ている場合じゃないのに……私にはまだやる事が山ほど残っているというのに……
私は、もっと、もっと、清算していかなければならないんだ。最初のひとつでこれじゃあ先が思いやられるではないか。
根性を出して、腕に力を込めろ。そうだ、ベッドから起き上がるなんて毎日やっている事じゃないか。力を込めて、体を動かせ。それだけで、いいんだ。
「彩子さん無理しては駄目ですよ」
ぼやけた視界なので良くは見えないが、白衣をまとった看護師らしき人物が私の肩に手をあててベッドへと押し戻そうとする。
何故だ、起き上がる事を手助けするのなら解るが、何故私を再び寝かしつけようとするのか……
「貴方は大怪我をしているんです。意識が戻ったのだって不思議なほどなのですよ。ですから今は安静にしていてください」
「……関係ない」
「え?」
「そんな事は、関係ない」
ここが病院だというのなら好都合だ。えいちゃんの病室ならわかっている。とりあえずそこに行かないと。
えいちゃんに、話さなければならない。えいちゃんは脳挫傷だと。伝えたうえで、謝罪しなければならない。一生を賭けて、見守らなければ。
そしてそこで安奈ちゃんが訪れるのを待ち、同じ事を伝えなければ。そして隠していた事をちゃんと謝らなければ。
これで、ようやく四分の一くらいなんだ。私の業は、これでようやく四分の一くらい……
けいちゃんも、有香さんも、無関係なのに巻き込んでしまった……この人達にはどう償っていけば良いのかすらまだ解らない。解らないが……償わなければならない。私の業なんだから。私が、なんとかしないと。
再び腕に力を込める。ベッドがギシギシという音を立てて軋んでいる。その音が私の腕に力が込められている事をあらわしてくれているようで、なんだか嬉しい。
私はまだ、大丈夫。私はまだ、頑張れる。生きて清算しなければ。生きて全て償わなければ。
そう、生きて、生きて。えいちゃんに、安奈ちゃんに、有香さんに、そして、けいちゃんに。借りを、返していかなければならない。
……生きて……
「生きて」借りを返す?
「生きて」清算する?
……あはは。
「はは……あはは……」
私は笑った。笑わずには居られなかった。
罪なのに……業なのに……私を今動かしているのは、そういったもの。私を今生かしているのも、きっとそういった意識。
罪なのに……業なのに……私にとっては生きる意味。行動する動機。
「あははっ……はははっ……」
笑うたびにお腹の傷がズキズキと痛む。一回笑うと痛みが頭にまで響いてくる。だけど、笑いが止まらない。笑いがこみ上げてくる。
だって、おかしいもの。こんなの、普通じゃない。
矛盾。矛盾の渦だ。何故罪が、業が、生きる意味にあたるのか。行動する動機に繋がるのか。
「ははは……ははは……」
不思議だ……不思議な感覚だ。行くも絶望、戻るも、絶望。そんな板挟みの状態なのに、私は、なんだか……なんだか……生きてるという実感を、たまらなく、感じている。
「……生きるんだ」
大丈夫、生きるんだから。
腕に力を込めろ。そしてベッドから這い上がれ。
腰を浮かすんだ。地に足をつけて、歩き出せ。
行くも、戻るも。生きるも、死ぬも。
どちらも地獄なら、せめて生きて、清算しよう。
そのほうが、私らしい。岩本彩子らしい。
「ざいねぇ……だめだよねでなきゃ」
視界がぼやけていて良くは見えないが、どうやらここに安奈ちゃんが居る。安奈ちゃんの声が小さく、私に聞こえてきた。
何故だろう……突然現れた安奈ちゃんに違和感を感じない。そこに居ることが、まるで当然のように感じる。
「……寝てなんかいられないよ。私は彩子だから」
「……ざいねぇ……」
「……ごめんね安奈ちゃん、私隠してた。松本君の事について、言ってない事があった」
「……ざいねぇ……」
「松本君は、頭を強く打っている。脳挫傷……しかも、脳内出血の疑いすらあるの」
私は全身に力を込めてベッドから起き上がり、地面に足をつけた。
「……」
「もしかしたら障害が残るかも知れない。おかしくなるかも知れない。でも安心して安奈ちゃん、私、絶対に清算してみせる」
ぼやけた視界のまま、私は安奈ちゃんの眼を見た。いや、正確に言うと、安奈ちゃんの眼付近を見た。なにせ視界がぼやけている。焦点が定まらない。まだ立ち上がっていないというのにクラクラする。
怪我をしているのはお腹だと言うのに……何故他の部分までこんなに影響を受けるんだろう。満足に動けない体が、良く見えない目が、本当に、疎ましい。
「青白い顔して、何いっでるんですか」
「……今はね。でも、こんなのすぐに治るから。ちょっと休めばすぐに良くなるから。だから安奈ちゃん」
私は安奈ちゃんを手招きして自分のもとへと呼び寄せた。
安奈ちゃんはどうやら困惑しているらしく、キョロキョロと顔を動かしている。どうやら私に近づいてくる様子は無い。
なら、私から、近づいていくだけ。
足に力を込めろ。いつもやっている通りに。ほんの数歩だ。大丈夫。
これが、私にとっての……
私にとっての……
「安奈ちゃんは、罪の意識なんて……」
私にとっての、生きる意味。
「感じなくて……いい……だ……」
どうやら足は、届かなかった。




